書状を読んだあと範頼はしばし黙り込んだ。
様々な感情が体の中を駆け巡り言葉にならない。
「姉上は、姉上はご無事なのですね?」
「そのようじゃ」
「一条殿も?」
「無事じゃ」
範頼は書状を隣に置くとしばし嗚咽した。
「何を泣く」
と頼朝は声をかけた。
「わかりませぬ、わかりませぬが泣きたいのです。
お願いです泣かせて下さい。」
「六郎」そう声をかける頼朝の声も湿っている。
「兄上」
二人は、しばし涙を流し続けた。
涙が落ち着くとしばし兄弟二人は取り留めの無いことを談義して
やがて範頼は退出した。
その後姿を見送りながら頼朝は心の中でほくそえんでいた。
縁談のことはうまく行くだろう。
安達家の娘の母小百合から二人の様子は既に聞いている。
小百合は頼朝の乳母子であり、長年仕えてくれていた女性であるから全ては筒抜けとなっている。
範頼と瑠璃、お互いに憎からず思っているらしいということは聞いている。
範頼からこの縁談の理由を聞かれることも予測はしていた。
だが、縁談の真の理由を悟られずに話を勧めることができた。
範頼に語った藤九郎夫妻や比企尼に対する信頼は勿論嘘ではないし
範頼と安達家の娘の幸せを願う心に偽りはない。
けれども、縁談の真の狙いは政略にあった。
範頼が影響力を強めつつある三河。
その三河を範頼ごと自分の手中に取り込む。
そして、三河に縁の深い側近安達盛長と範頼が縁を結ぶことによって
自らの力をより一層三河に浸透させる。
それにより三河から安田義定、源行家の影響力を薄くしていく。
そして最大の狙い、それは範頼を安田義定から引き離し、
安田義定の盟友としてより自分の弟としての
立場を優先させる、それがこの縁談の最大の理由であった。
結婚という縁で異母弟を安達家とひいては頼朝に強く結びつかせる。
そのため、頼朝が最も信頼する男安達盛長の娘を嫁がせるのである。
安達盛長の娘瑠璃に課せられた任務は重い。
瑠璃━━
自分の流人屋敷の傍らの産屋で生まれたその娘を赤子の頃から知っている。
流人である自分に両親が仕えていたため、散々不自由な思いをさせた。
幼い心が傷ついた日があったかもしれない。
その瑠璃にまた荷を背負わせることに頼朝はためらいを感じる。
けれども、瑠璃がご一門である範頼の室となることで、今まで他の御家人たちから軽く見られていた藤九郎一家の格は上がることになるし
瑠璃は御門葉の内室としてそれなりの扱いを受けることになる。
重荷だけではない、と思いつつも瑠璃に対する引け目を頼朝は感じてはいた。
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様々な感情が体の中を駆け巡り言葉にならない。
「姉上は、姉上はご無事なのですね?」
「そのようじゃ」
「一条殿も?」
「無事じゃ」
範頼は書状を隣に置くとしばし嗚咽した。
「何を泣く」
と頼朝は声をかけた。
「わかりませぬ、わかりませぬが泣きたいのです。
お願いです泣かせて下さい。」
「六郎」そう声をかける頼朝の声も湿っている。
「兄上」
二人は、しばし涙を流し続けた。
涙が落ち着くとしばし兄弟二人は取り留めの無いことを談義して
やがて範頼は退出した。
その後姿を見送りながら頼朝は心の中でほくそえんでいた。
縁談のことはうまく行くだろう。
安達家の娘の母小百合から二人の様子は既に聞いている。
小百合は頼朝の乳母子であり、長年仕えてくれていた女性であるから全ては筒抜けとなっている。
範頼と瑠璃、お互いに憎からず思っているらしいということは聞いている。
範頼からこの縁談の理由を聞かれることも予測はしていた。
だが、縁談の真の理由を悟られずに話を勧めることができた。
範頼に語った藤九郎夫妻や比企尼に対する信頼は勿論嘘ではないし
範頼と安達家の娘の幸せを願う心に偽りはない。
けれども、縁談の真の狙いは政略にあった。
範頼が影響力を強めつつある三河。
その三河を範頼ごと自分の手中に取り込む。
そして、三河に縁の深い側近安達盛長と範頼が縁を結ぶことによって
自らの力をより一層三河に浸透させる。
それにより三河から安田義定、源行家の影響力を薄くしていく。
そして最大の狙い、それは範頼を安田義定から引き離し、
安田義定の盟友としてより自分の弟としての
立場を優先させる、それがこの縁談の最大の理由であった。
結婚という縁で異母弟を安達家とひいては頼朝に強く結びつかせる。
そのため、頼朝が最も信頼する男安達盛長の娘を嫁がせるのである。
安達盛長の娘瑠璃に課せられた任務は重い。
瑠璃━━
自分の流人屋敷の傍らの産屋で生まれたその娘を赤子の頃から知っている。
流人である自分に両親が仕えていたため、散々不自由な思いをさせた。
幼い心が傷ついた日があったかもしれない。
その瑠璃にまた荷を背負わせることに頼朝はためらいを感じる。
けれども、瑠璃がご一門である範頼の室となることで、今まで他の御家人たちから軽く見られていた藤九郎一家の格は上がることになるし
瑠璃は御門葉の内室としてそれなりの扱いを受けることになる。
重荷だけではない、と思いつつも瑠璃に対する引け目を頼朝は感じてはいた。
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