時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

時政はいったい本当に何していたんでしょうか?

2010-07-12 05:47:01 | 源平時代に関するたわごと
小説もどきにおいて「一ノ谷」まで時政は伊豆にいて甲斐源氏に接近していたという書き方をさせていただきました。
実際には時政はこの頃何をしていたのでしょうか?
実はわからないのです。

「吾妻鏡」寿永元年(1182年)11月14日条において北条時政は「亀の前事件」の影響で伊豆に引き上げました。
その年のその後の記事には時政はもう登場しません。(過去関連記事

翌年の寿永二年(1183年)は「吾妻鏡」の「空白の期間」で一年間記事がまるまる抜け落ちています。

さらにその翌年の寿永三年(1184年)にも三月に時政が手紙を出した記事がありますが、三月に頼朝が「北条」に入ったという記事以外で時政の行動を推測させるものは何もありません。

寿永元年(1184年)のその後の記事も義時は出陣したという記載があるのに時政に関しては何も書かれていません。

その後結局「壇ノ浦」まで時政の名前は出てこずじまいです。

「吾妻鏡」は後世の編纂物で、信用できる記載と疑ってかからなければならない記載が両方ある文献といわれていますが、この時期の坂東の状況を知るには「吾妻鏡」が一番のツールであると思われます。

その吾妻鏡において、寿永三年(1184年)三月に頼朝が北条に立ち寄ったということ以外は時政は何をしていたのか全くわからないということになります。

ですから、「亀の前事件」以降治承寿永の乱が終結するまで時政が鎌倉に戻ったかどうか分からないのです。

ここで考えられることがあります。
この時期、他の御家人たちの名前はよく出てきます。
御家人たちは平家追討に向かったり、守護に任じられていたりします。また、頼朝が幕府としての機構を整えるにあたって色々な文官の名前も出てきます。
つまり平家追討をしてる時期は軍事的にも大変な時期であると同時に幕府の機構を整えるのにも重要な時期だったといえると思います。

その時期に「時政」の名前が全く出てこない。
「吾妻鏡」は北条氏を持ち上げることが特徴ですから、少しでも軍事や政治に時政が関与していたのならば時政を前面に押し出すはずです。
しかし時政の名前が全然出てこない。「手紙をだしました」という記事はありますが・・・

つまり、この平家追討、幕府の機構整備という重要期間において、時政はあまり重要な位置にいなかったのではないかと推理できるのです。
もしかしたら、ある期間伊豆に籠もりっきりだった可能性すらあるのです。

さて、もう一つ「甲斐源氏」との関係ですが、以前書かせていただいた通り「延慶本平家物語」の記載に従うと、北条時政は「石橋山」敗北後、甲斐に逃げ込んでいた可能性があります。(それも頼朝の指示に基づくものではなく自分の意思で)
やはり、北条時政は頼朝の舅であると同時に甲斐源氏にも誼をつないでいた可能性もあります。

小説もどきという自由さから上記の状況をもとに北条時政は「亀の前事件」以降北条時政は伊豆にこもりっきりで甲斐源氏とつながっていたというかきかたをさせていただきました。

それにしても、時政は「治承寿永の乱」の頃本当に何をしていたのでしょうか?

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
500回、おめでとうございます (jasmintea)
2010-07-14 21:28:52
500回もずっと続けるってすごいエネルギーですね。
さがみさんのこの時代への情熱に引かれるように私も楽しませて頂いています。

時政の空白な時期って知りませんでした。
胡散臭い彼のこと(?)だから何か秘密裏にやっていたんじゃない?それも北条にとってあまり書きたくないこと??なんて、ついうがって考えてしまいます。

私は吾妻鏡は「読んだ」と言うより「見た」としか言えませんが日本書紀は「ちょっと読んだ」くらい?
矛盾してたり、唐突だったり、何で後世の人が書いているのに見てきたように細かく書けるの?と思ったり、何でこんな重要事項をあっさり書いているんだろう?とか思ったり。
単純な疑問が何かを考える糸口になることは多いですよね。
記録を読むのは面白いと思っていますが、さがみさんのこの記事も考えることが楽しそうに感じました。

何だかあまり時政に関係ないコメントで申し訳ありません。
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文献 (さがみ)
2010-07-15 05:47:07
おはようございます。
コメントありがとうございます。
おかげさまで500回書くことができました。
「吾妻鏡」も最初は無味乾燥したものとしか感じられなかったのですが、色々と疑問を感じながら読むと本当に面白い文献だなと思うようになりました。
「日本書記」も編纂物ですよね。後世の編纂物ですから、書かれた時代に都合のいいように編纂されていると思います。「どんな意図があってこんな風に書かれているんだろう?」と考えると興味が尽きないですよね。jasiminteaさんの解読を楽しみにしています。
これからもよろしくお願いします。
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