時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(八)

2006-04-23 13:48:02 | 蒲殿春秋
その後も吐いたり熱を出したりと大変な思いをして範頼は伊豆に到着した。

港に来ると大勢の人々が出迎えに来ていた。
甲冑に身を固めたもの、水干に身を包んだもの、そして大勢の人足。
伊豆守様ご手配の船そしてご使者の到着ということで
伊豆の有力者の多くが船の出迎えにかりだされたらしい。
船が下りる人々はみな丁重に出迎えられた。
そして、落ち着かないほどの物々しい行列を付けられて
範頼たち一行は伊豆の国府の政庁へと送られた。

範季に引き取られるまで寺の中で過ごしていた範頼にとって
鄙の地における国守の威光というものを知ることは無かったが
たった今その片鱗を見たような気がした。

国府政庁につくと暫く休息所で待たされた後
範頼一行は伊豆の目代に呼ばれた。
30代半ばくらいの頭が良さそうだかどこか弱々しい男だった。
そして、その脇に40代くらいの髭を蓄えた大男がどっしりと座っていた。
目代は
「伊豆守様からお話は伺っております」
とどこか都の風を感じさせる言い方で語った。
「後のことはここにいる狩野介に申し渡しておりますので、どうぞ」
それだけ言うと目代はそそくさと立ち去った。
そんな目代からはどこか怯えというものが感じられた。

狩野介は上野に向かう一行を客間に通して歓待した。
美酒、海山の珍味が出された。
都で生活して新鮮な魚介類を食たことのない一行は
伊豆の海の恵みに感嘆した。

まだ十四歳の範頼は今までそんなに酒を飲んだことも無いし
飲んでも美味しいとは思ったことはない。
しかし、食べても食べてもまだ食べたいこの年頃
範頼の箸はついつい進む。
箸がすすむとついつい手元にある酒に手が伸びる。
そんなこんなしているうちに酒がまわり範頼はいい気持ちになってきてしまった。
日が沈み宴もたけなわになった頃、雑色が一人範頼の脇に現れた。
「上野介様のご養子様でいらっしゃいますね。」
「ふぁい、そうれすが」
本人は気が付いていないが、ろれつの回らない返事をしている。
それを聞くと雑色は、ほろ酔いでいい気持ちに浸っていた範頼を無理やり外に連れ出した。
範頼は今食べようとしていた魚に未練を残しながら、よたよたと連れて行かれた。

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