時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(四百十四)

2009-09-19 23:11:42 | 蒲殿春秋
大柄で見事な装束を着ている範頼を見て郎党はひるんだ。
だが、郎党は範頼に向かって言い分を述べた。
「知れたこと。われらが渡河しようとしたところをこいつらが邪魔をしているから
わしらは応戦したまでのことじゃ。」
するととたんに
「何を言うか。真っ先に渡河するのは我等と軍議では決まっていたではないか。」
と、河匂次郎は郎党に言い返した。
その言葉に一条の郎党が応じようとしたその時
「お手数だが、そなたに願いがある。一条殿を呼んで下さらぬか。」
範頼の穏やかな物言いに郎党は不服そうな顔をしながらも主を呼びに言った。

やがてこれもまた不服そうな顔をして一条忠頼が現れる。
「これはこれは、蒲殿わざわざご足労痛み入る。」
とわざと慇懃に挨拶をする。
「一条殿、なにゆえに河匂次郎殿より先に渡河されようとなさりまするか?」
と範頼は静かに問いかけた。
「確かに河匂次郎が鎌倉殿の軍勢の中で真っ先に河を渡るというのは軍議で決したことである。
だが、われら甲斐源氏は鎌倉殿の手勢ではない。
われらはわれらのやり方で河を渡る。」
と一条忠頼は答える。

「確かに、一条殿は友軍でございまする。
しかし、このような渡河の順序で味方同士で会い争うなど無益なことではございませぬか。
ここはわれら鎌倉勢に渡河の先陣をお譲りいただけませぬか?」
と範頼は静かに話をする。

「いや、このような名誉な先陣を人に譲ってなるものか。わしらが先に河を渡る。」
一条忠頼は譲らない。

その時土肥実平が話しに割って入る。
「一条殿、此度の軍は院のご救出が目的の一つですぞ。
無事院をお救い申しあげたときには院より我等に恩賞が与えられましょう。
しかし、その時陣中で諍いがあったと院が聞かれましたら院はどのように思し召すでしょうかな。」
実平は忠頼に強い視線を送った。

「ここにおわす蒲殿のご養父は院の近臣高倉殿(藤原範季)ですぞ。
高倉殿のご猶子に、そしてそのご猶子が率いる兵にこのような振る舞いをなされたならば高倉殿はどのようにお思いになられることやら。その高倉殿が院にどのような奏上をなさるかそれがしは保証いたしかねまする。」
と土肥実平は声に力を込めて一条忠頼に詰め寄った。
範頼やその軍勢に無礼があったならば、範頼の養父藤原範季を通じて院に一条忠頼に対する悪い印象を持たせることも可能であると土肥実平は暗に言っている。

それを聞いた一条忠頼は
「ご勝手になされよ。」
と言って憤怒の表情で全軍をまとめて後方に撤退させた。

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