時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(百九十)

2007-10-20 22:03:06 | 蒲殿春秋
範頼が鎌倉に来て半月ほど経った。
あの、対面の日以来頼朝には会っていない。
漠然と日々を過ごす中
「よろしければお越しください」
というすぐ下の弟全成の言葉を思い出した。
範頼は全成の家へと向かうことにした。

大蔵御所からそれほど離れていない場所に全成の館はあった。
出家者らしくつつましい造りをしている館である。

全成の妻は身重の体で侍女たちを差配しているが
その妻はというと姉の御台所政子に比べるとどこかおっとりしており
侍女たちの動きも緩慢である。

「ようこそ、おいでくださいました」
全成は範頼を穏やかに迎えた。
「実は、そなたにいくつか聞きたいことがあってな」
ずっと遠江にいた範頼は現在の鎌倉の情勢を詳しくは知らない。
兄弟の中で真っ先に頼朝の元に来て
しかも、怜悧な瞳を持つ全成に色々と話を聞こうと思ったのである。

範頼は一番気になっている頼朝の上洛の件について全成に尋ねた。
しかし、全成も頼朝は上洛の準備をしているもののその真意は測りかねる
と答えたのみであった。

次に、範頼はついこの前まで鎌倉で噂になっていた一つの事件について
全成に尋ねた。
その事件は、七月に行なわれた鶴岡宝殿の上棟式で起きた。
鶴岡宝殿の造作に関わった大工に馬が引き出物として与えられることとなった。
馬を大工に渡す役を頼朝は突如その場にいた義経に命じた。
義経は一瞬躊躇し、下手を引くものがいないと拒否したが、
下手を引く者は準備していると言い、馬を曳くよう再度命じた。
頼朝に強く言われた義経は馬の上手に回って大工のところまで馬を二度曳いた。

主に命じられて引き出物を運ぶという仕事は本来主の家人のする仕事で
主の身内が行なう仕事ではない。
曳いたのは二回とも馬の上手で他の家人よりは上位に位置しているものの
鎌倉殿の弟でなおかつ鎌倉殿の子という扱いを受けている義経がその役割を命じられた。
この事件は、ついこの前まで鎌倉でもっぱらの噂となっていた。

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