時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(二百五十六)

2008-05-30 05:16:19 | 蒲殿春秋
寿永元年(1182年)の暮、兄頼朝に呼ばれて範頼は鎌倉へとやってきた。
今回の用の趣は婚儀の事であるという。

安達藤九郎盛長の娘瑠璃との縁談が決まったのは前年のことであった。
しかし、平家の東海道遠征の噂による範頼の出陣、
婚儀をとりしきる頼朝の妻政子の懐妊と頼朝政子の夫婦喧嘩の影響で
未だ婚儀の日を迎えていない。

範頼は瑠璃の父親安達盛長と度々書状のやり取りをしてそれなりに支度を進めていたのだが
やはり政子が動かないことには婚儀のしたくは進まない。
鎌倉に着くまでは範頼は婚儀の打ち合わせで呼ばれただけだと思っていた。
しかし、事は彼の予想を打ち破る速さで進んでいたのである。

まず、今回の鎌倉の範頼の居所は大蔵御所の一室が当てらることになった。
前回の居所は安達盛長館であったのであるが。
大蔵御所に到着するとすぐ兄頼朝は範頼に会ってくれた。
会うなり頼朝から「年明けすぐの吉日に婚儀を行なうゆえそのつもりでいるように。」
と申し渡された。
また、新居は安達盛長館の傍らに造営中であるが、婚儀の日まで大蔵御所で過ごすように
とも言われた。

今まであまり進まなかった婚儀の支度がここにきて急に早まった。
あまりのことに範頼は唖然とした。

範頼が到着するのとほぼ日を同じくして一人の男が鎌倉を去った。
頼朝に右筆として仕えていた伏見広綱である。
頼朝の一連の恋愛騒動に一役買っていたこの男も、梶原景時の進言により故郷遠江への帰還を命じられたのである。
広綱に意趣を感じていた政子が溜飲を下げたのは言うまでも無い。

兄の元から戻った範頼はうろたえた顔をしていた。
一方主から話を聞いた当麻太郎は喜色をたたえた。
「年明けにすぐ婚儀を行なうと急にいわれても」
とつぶやく範頼に
「よろしいではございませぬか、ことが進むときはこのように一気に進むものです。それがしも殿の婚儀が進まぬことに気を揉んでおりましたが、これでようやく安堵できまする。」
と当麻太郎はからっと言って返した。

━━ 殿とてうれしくないわけではなかろうに
と心の中でつぶやきながら。

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