時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(四十五)

2006-09-14 23:46:15 | 蒲殿春秋
一度言い出したらいくら常盤が止めても牛若は聞かなかった。
彼にとっては、未知なる地は魅力に満ち溢れたものであった。
行く手に待ち受けているであろう危険や、知る人のいない心細さなど問題ではなかった。
いやむしろ先にあるものが困難であればある程、それを迎え撃つことに喜びを見出せる若者であるのかも知れない。
牛若の決心の強さを知った常盤は息子の旅立ちを認めるしかなかった。
洛中からさほど離れていない鞍馬にさえ送り出すのが辛かった。
今度は、行けば死ぬまで二度と会うこともないかもしれないところへの出立である。
辛い心を抑えて常盤を息子を旅立たせた。

牛若は奥州に向かう院の馬寮の御使いの一行に加えてもらった。
院の馬寮の人々は名馬を求めて京と奥州を頻繁に往来する。
その院の御使いの一行を見送る人がいた。
一条長成、常盤、そして牛若の異母姉である一条能保室である。
能保室━━範頼が慕って止まないその姉は、隣に立つ身内らしい男にそっと目配せをした。
そして、その男は院の御使いの男に文を持たせた。


院の御使い一行が尾張について暫くすると
まだ、日は十分に高いのにここから目と鼻の先にある熱田に
今晩の宿を求めるといった。
その翌朝牛若は早くにたたき起こされた。
そして、これに着替えろといわれた。
差し出された衣装は今まで着てきた童用の水干とは明らかに異なった
成人向けのものであった。
「これより熱田の社に向かい、そなたの元服の儀を執り行う。
この後の名をそれまでに決めるように」
と、院御使いのうちの一人吉次と名乗るの者が牛若に告げた。

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