時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(四十六)

2006-09-15 00:04:03 | 蒲殿春秋
呆気にとられている牛若に向かって吉次は続けた。
「そなたの姉上、一条大宮権亮殿(能保)の北の方が是非熱田で元服なさるようにと勧めておられるのじゃ」
「姉上が?」
確かに奥州に旅立つ自分の見送りにきてくれた姉である。けれどもいままで数えるほどしか顔をあわせたことのない縁の薄いと思われた姉である。それに・・・
「ご承知の通り、一条殿の北の方の外祖父はこの熱田の社の前大宮司であられ
ただいまは北の方の伯父上が大宮司をされておられる。その縁で是非に、と」
「でも私は・・・」
答えようとする牛若をさえぎり吉次は続ける。
「姉上はこうもおっしゃられた。八幡殿(義家)以来、河内源氏の男子の多くは神前で元服される例も多い。八幡殿は石清水、その弟君も、加茂、新羅で元服された。
近い例では、右兵衛佐殿(頼朝)も烏帽子親の衛門督殿(藤原信頼)に石清水においでいただいて元服を遂げられた。
父上があのような死に方をなされ、謀反の一族になってしまった現在では力ある方には烏帽子親をお願いできないでしょう。せめて、我が縁の熱田の社で元服なされよ、と。」

その日の暁覚めやらぬうちに、熱田の社神前において牛若は元服の儀を烏帽子親梨で執り行い、名を源九郎義経と改めた。

「吉次殿よろしいでしょうか」
その夜、次にとまった宿で義経は吉次の寝所を訪れた。
「私などが、熱田で元服してよろしかったのでしょうか。
熱田ご出身の父の北の方は我が母をたいそう憎んでいたと聞いておりますが」
義経は元服を聞かされたときから心の底に引っかかっていたことを吉次に尋ねた。

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