時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(五百七十五)

2011-08-20 22:01:51 | 蒲殿春秋
異変に最初に気が付いたのは吉見次郎である。
「殿、今日もご内室さまは昨日と同じ打着をお召しになっておられますな。」
とふと言った。
「ん?」
範頼はそのことに気が付いていなかった。
「そうなのか?」と範頼は聞く。
自分の着るものに無頓着な範頼は妻の着ているものにも全く気が回らなかった。
「はい、ご内室さまはここ何日も同じものをお召しになっておられまする。」
吉見次郎はそう答える。

次に異変に気が付いたのは新太郎だった。
「蒲殿、ご内室さまの几帳が減りましたね。」という。
新太郎は時折瑠璃の居間にもぐりこんでその部屋の調度品に隠れたりしている。
隠れ場所が減った新太郎の言である。

次の異変は下人の会話から聞き取った。
「昨日の市はどうだったか?」
「いやあ、けっこう厳しくてご内室さまのご希望のものと交換できなかった・・・」
「それにしてもいつまでもつのかな・・・・」
「いやあ、もう限界だろう。もう市にもっていけそうなものなどこの邸には残っていないさ。」

ー市?-
この言葉に範頼は不審に思う。

当時はまだ貨幣経済が浸透していない。
欲しいものがあったならば、自分が持つ米、布などの物品を持って市で欲しいものと交換してこなければならない。
そしてその交換をするのを差配するのがその家の主婦ー主の正室なのであるー

だが、下人たちの言葉は不穏である。
ーもう市にもっていけるものは何もないー

その日の客人たちが帰った後、範頼は妻の瑠璃に言って蔵の鍵を開けさせた。

薄暗い蔵の中には殆ど何も入っていなかった・・・
次にいやがる妻に頼み込んで妻の居間のつづらの中身を見せてもらう。
つづらの中には小袖などの肌着がいくつかある他は一切衣類はなかった。
表着は現在妻が着している一着しかなかった・・・・

「新三河守殿」の財産はこのとき殆どないに等しい状況になっていた。

蔵とつづらが空になったのを知った三河守家の主は妻に状況説明を願った。

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