多くの豪族達が集うこの鎌倉にあって頼朝はその統制の方法を定めなくてはならなかった。
鎌倉勢力の実情は「反乱軍」である。
反乱軍ゆえに朝廷の序列とは別のところでの秩序と規則を定めなくてはならない。
その序列に関しては未だに確固たるものが定まってはいないが
自らの身内であるものは他御家人たちよりにも上位に定める。
その他、有力御家人の子弟を自らの側周りに侍る者として
特別な扱いをする。
そのような方針を頼朝は決めているらしい。
江間四郎義時や小山七郎朝光などの数十人が側近として選ばれた。
かれらは、他の武士団の主たちとは異なり
頼朝の直属軍としての性格を有するものである。
身内を他の者と区別して上位に据え、武士団の中から側近を選び取る、
そのように頼朝は序列を定めようとしている。
しかし、露骨にそれを行なうと、その他多くの御家人からの反発を呼ぶ。
頼朝は目立たぬように序列が完成することを目指している。
それでも、試行錯誤の連続である。
注意深く事を行なっても失敗は生じる。
ふとした不注意が大きな反発を呼ぶことになる。
そのような危険を孕んでいる中で頼朝は静かに既成事実を積み上げようとしている。
ことに、範頼が来るまで唯一の在家の弟であり父子の契りを結んでいた義経の扱いには慎重な上にも慎重に扱わなくてはならなかった。
彼を持ち上げすぎると御家人たちの反発を招くが
軽く扱いすぎると、頼朝の弟であること以外に何の後ろ盾も持たない義経は
鎌倉の中で浮きあがった存在となり、身内を御家人の上位に据えるという
頼朝の方針は齟齬をきたすことになる。
そのように頼朝自身が義経の扱いを試行錯誤している時期に
「馬曳き事件」は起きたのである。
「九郎はこの先もどのように振舞えばよいのか困る事が幾つも起こるでしょう。
おそらく蒲の兄上も。
私は出家している故、世俗の序列とは深く関わらずに済みますが、
九郎も蒲の兄上もこれからの身の処し方に注意せねばなりませんな。」
部屋には少し冷たさを含むようになった潮風が入ってくる。
━━ 全成が兄上のことを兄と呼ぶな、鎌倉殿と呼べ、というのもこの複雑な立場を察してのことだったのだ。
前回へ 次回へ
鎌倉勢力の実情は「反乱軍」である。
反乱軍ゆえに朝廷の序列とは別のところでの秩序と規則を定めなくてはならない。
その序列に関しては未だに確固たるものが定まってはいないが
自らの身内であるものは他御家人たちよりにも上位に定める。
その他、有力御家人の子弟を自らの側周りに侍る者として
特別な扱いをする。
そのような方針を頼朝は決めているらしい。
江間四郎義時や小山七郎朝光などの数十人が側近として選ばれた。
かれらは、他の武士団の主たちとは異なり
頼朝の直属軍としての性格を有するものである。
身内を他の者と区別して上位に据え、武士団の中から側近を選び取る、
そのように頼朝は序列を定めようとしている。
しかし、露骨にそれを行なうと、その他多くの御家人からの反発を呼ぶ。
頼朝は目立たぬように序列が完成することを目指している。
それでも、試行錯誤の連続である。
注意深く事を行なっても失敗は生じる。
ふとした不注意が大きな反発を呼ぶことになる。
そのような危険を孕んでいる中で頼朝は静かに既成事実を積み上げようとしている。
ことに、範頼が来るまで唯一の在家の弟であり父子の契りを結んでいた義経の扱いには慎重な上にも慎重に扱わなくてはならなかった。
彼を持ち上げすぎると御家人たちの反発を招くが
軽く扱いすぎると、頼朝の弟であること以外に何の後ろ盾も持たない義経は
鎌倉の中で浮きあがった存在となり、身内を御家人の上位に据えるという
頼朝の方針は齟齬をきたすことになる。
そのように頼朝自身が義経の扱いを試行錯誤している時期に
「馬曳き事件」は起きたのである。
「九郎はこの先もどのように振舞えばよいのか困る事が幾つも起こるでしょう。
おそらく蒲の兄上も。
私は出家している故、世俗の序列とは深く関わらずに済みますが、
九郎も蒲の兄上もこれからの身の処し方に注意せねばなりませんな。」
部屋には少し冷たさを含むようになった潮風が入ってくる。
━━ 全成が兄上のことを兄と呼ぶな、鎌倉殿と呼べ、というのもこの複雑な立場を察してのことだったのだ。
前回へ 次回へ
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます