サッカー日誌 / 2011年09月25日


地方が育てた女子の若手


なでしこリーグ第10節
INAC神戸 3対0 ジェフ・レディース
(9月23日 千葉市蘇我・フクダ電子アリーナ)

★虫食いリーグ再開
 女子オリンピック予選のために中断していた「なでしこリーグ」が再開されたのを、千葉市のフクアリへ見に行った。この日は首都圏ではJリーグの試合がなかったので、仲間たちが「なでしこを見に行こう」と誘ってくれたのである。
 「なでしこリーグ」は6~7月にはワールドカップのための中断もあった。虫食いのような日程である。運営はたいへんだろう。しかし「なでしこJapan」の活躍のおかげで人気は上々、この日は9274人の観衆でスタンドの半分以上が埋まった。台風15号は北海道沖に去り、曇り空ではあったが秋らしい好天だった。アウェーのINACは主力が「なでしこ Japan」のメンバーである。 スターたちを見ようというお客さんが多かったようだ。
 だが、ぼくのお目当ては、日本代表のレギュラー以外の若手に、どんな素材がいるかを見ることだった。

★高良亮子のすばやさ
 フクアリの記者席はメーンスタンドの右端である。それで前半はINAC神戸の左サイドのディフェンダーが、ぼくの目の前でプレーしていた。高良亮子、21歳である。
 ボールを奪ったあと、あるいは味方からパスを受けたあとの球出しが早い。ボールを持つ前から状況が見えていて、どこへパスを出すべきかを感じているようだ。ボールを受けてから、きょろきょろとパスを出す味方を探しているディフェンダーがいるなかで、そのすばやさが目立った。
 味方がボールを奪ったとき、守備ラインから攻め上がるときのダッシュもすばやかった。スピードが速いだけではない。反応も判断もすばやい。
 沖縄生まれ、鹿児島の神村学園出である。俊敏な素質に恵まれ、小学生のころから、男の子とともにサッカーをし、実戦に揉まれて育ったのではないかと想像した。

★中島依美のスピード
 もう一人、後半13分に交代出場した中盤の中島依美にも注目した。20歳、小学生のとき滋賀県野洲でサッカーを始め、その後、大阪高槻市のクラブで育った。ドリブルにスピードがあり、キックが正確、労働量も多い。レギュラーだが、この日は事情があって先発からはずされたらしい。
 高良にせよ、中島にせよ、素質と技術のある若手が地方から台頭してきていることに感心した。U-19の代表のころから注目されており、中島はワールドカップの前、5月の米国遠征では代表にも選ばれている。こういう素材を伸ばした地方の土壌を大事にしたい。
 試合は、INAC神戸が3対0で勝った。INAC神戸は、東京のベレーザや地方のチームが育てたプレーヤーをかき集めて強力メンバーをそろえ初優勝に向けて独走している。そういうやり方が、いいかどうかは議論のあるところだろう。



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サッカー日誌 / 2011年09月24日


U-22日本の攻めは悪くない


オリンピック男子アジア最終予選
U-22 日本 2対0 マレーシア
(9月21日 佐賀・鳥栖スタジアム:NHK-BS1)

★圧倒しながら2得点だけ
 ロンドン・オリンピック出場権を争う男子サッカーのアジア最終予選が始まった。
 その初戦を佐賀まで見に行こうかと思ったが、相手がマレーシアなら、そう「難しい試合」にはならないだろうと思って取材登録をしなかった。
 当日、台風15号が首都圏を直撃して航空便が停まったりしたから、行かなかったのは良かったかもしれない。現地の天気は悪くなかったようだが、東京では激しい風雨を雨戸の外に聞きながらテレビで観戦した。
 思った通り「難しい試合」にはならなかった。順当にスタートを白星で飾った。勝つことが大事な試合だから、これでいい。
 しかし、シュート数26対2と圧倒的に攻めながら、2点しかあげられなかったので、得点力不足を批判する意見もあるようだ。

★見事なコンビによる先取点
 しかし、日本の若手の攻めは悪くなかった。テレビ中継を見た限りでは、そう思った。
 前半10分の1点目は見事だった。引いて守っている相手を正面からワンツーで突破したものだ。東慶悟からパスを受けた清武弘嗣が正面へドリブルで突っ込む。マレーシアの守りが正面に引きつけられる。パスを出した東は、内側への動きを見せてマークしている相手を誘ってから外側に出る。清武は攻めこみながら、東の動きを見ていてラストパスを出した。走り込みながらの2人の瞬間の「ひらめき」がぴたりと合った。
 関塚隆監督は、マレーシアの厚い守りを崩すためにサイドからの攻めを指示していたらしい。そういう攻めも何度も試みていた。ミドルシュートもあった。いろいろな攻め方を試みるのはいい。どういう場面で、どういう攻め方をするかは、選手たちのその場その場での判断である。若い選手たちがすぐれた判断力を持っているのは頼もしい。

★マレーシアも進歩している
 ボールを67.8%も支配し、シュートを26本も放ちながら、2点しか取れなかったのは、もちろん問題点だろう。しかし、ゴールはなかなか決まらないものである。
 ゴール枠へのシュートが入らなかったのは、マレーシアの守備を評価すべきではないだろうか。とくにゴールキーパーのチェマトは再三の好守を見せた。 
 マレーシアが守りで粘り強く90分間を戦い抜いたのは予想以上だった。足技はうまいが守りは弱く、スタミナがないのが、かつての東南アジアのサッカーのイメージだったが、東南アジアも変わってきている。
 マレーシアを0に押さえたので、日本の守備を評価する向きもあるようだ。しかし、相手が守りに重点を置き、積極的に攻めに出てこなかったので、日本の守りが試されることはなかった。U-22日本の守りは、依然として課題である。




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サッカー日誌 / 2011年09月23日


「なでしこJapan」の評価と課題


ビバ!サッカー研究会9月例会
(9月16日 東京・東中野テラハウス)

★女子ワールドカップ・ドイツ大会報告
 ビバ!サッカーの9月例会では、ぼくが女子ワールドカップ・ドイツ大会の取材報告をした。7月の例会で話す予定にしていたのだが、女子サッカー専門のジャーナリスト、砂坂美紀さんの報告に熱が入って時間が足りなくなり、発表を延期した内容である。8月のビバ月例会は夏休みにしたので2ヵ月遅れになった。
 「なでしこJapan」のすばらしい成功は、語りつくされた感もあるが、ぼくには、まだ、よく分からないことがある。その一つは、グループリーグ第3戦のイングランドとの試合のことである。
 日本はすでに2勝してベスト8進出が決まったあとの試合だった。だから手を抜いて主力を休ませる手もあったのだが、佐々木則夫監督は不動のメンバーで戦った。その結果は0対2の完敗だった。

★イングランド戦のあとの立ち直り
 イングランド戦で主力を休ませなかった理由は、砂坂さんなどの説明を受けて、ある程度は理解していた。手を抜くと勝ち進んできた勢いが止まる心配がある。イングランドにも勝って3戦全勝、グループ1位で準々決勝に進みたい。そういうことだったようだ。
 しかし、イングランド戦で「なでしこ」たちは明らかにくたびれていた。それで、佐々木監督の目論見は外れた。
 イングランドは中盤から厳しく守って圧力をかけてきた。イングランド側からみれば、それが勝因だった。「疲労と圧力」が日本の敗因だったように思う。
 9月に中国の済南で行われたオリンピック・アジア予選で、日本は第4戦の北朝鮮との試合で苦戦した。結果は1対1の引き分けだったが、この試合も「疲労と圧力」に苦しめられていたように思った。

★コンディション作りの環境整備を
 ワールドカップでは、決勝トーナメントに入ったあとは立ち直って、決勝戦までの3試合をみごとに戦い抜いた。
 どのようにして体力的な疲労から回復したのだろうか? どのようにして、完敗の精神的ショックから立ち直ったのだろうか? そのあたりを、具体的に知りたいと思う。
 済南のオリンピック予選は明らかに疲労に苦しみながらの戦いだったが、どうにか無敗で切り抜けた。それはそれで、たいしたものだが、ロンドンの本番では、同じようにはいかないだろう。相手は「なでしこ」を研究し尽くして「圧力」をかけた戦いを挑んでくるに違いない。
 そういう相手に対して「疲労」のない状況で戦えるようにコンディション作りの環境を整えてやりたい。
「疲労と圧力」への対策が、とりあえず「なでしこ」の課題だろうと思った。




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サッカー日誌 / 2011年09月19日


クラマーさんを招いて公開研究会


日本サッカー史研究会9月例会
(9月13日 東京・JFAハウス会議室)

★日独修好史とクラマー革命
 日本サッカー協会が、創立90周年記念パーティーに、ドイツからデットマール・クラマーさんを招いた。それに便乗させてもらって、パーティーの翌日、クラマーさんを招いてサッカー史研究会を開いた。毎月1度の割合で開いている月例研究会を公開の形にしたのである。
 クラマーさんが日本のサッカーを指導し始めたのは1960年である。2011年は50周年になる。日本サッカー協会が創立されてから現在までの歴史のうち、クラマーさんによる改革以後が半分以上になるわけである。
 また、2011年は日独修好150周年になる。その間に日本とドイツの交流に貢献した人は、医学や音楽など、いろいろな分野にたくさんいる。そのなかでも、スポーツの分野でのクラマーさんの貢献は屈指のものではないだろうか?

★成功のあとにこそ、未来を考えよう
 今回は、クラマーさんに質問をする会にしたいと思って準備していたのだが、クラマーさんの方は話したいことをいろいろ持っていて、話し始めたら止まらない。1時間半の予定を40分も延ばしてもらったが、結局、クラマーさんの独演会に近い形になった。
 いろいろな話が出たが、クラマーさんがもっとも言いたかったのは「成功したあとにこそ、未来を考えよう」ということだった。
 ドイツで開かれた女子ワールドカップで「なでしこJapan」が優勝したのを、クラマーさんも評価し、喜んでいる。しかし、そこで停まっていては、たちまち世界に置いていかれる。Jリーグが成功しているからと言って、現在のやり方を続けて行けば衰退は免れない。
 「試合終了の笛は、次の試合への準備の合図だ」というのは、有名なクラマー語録の一つである。成功は次の発展のための基礎でなければならない。

★次の計画をわれわれの手で
 1964年の東京オリンピック閉会式の翌日、クラマーさんは日本を去るにあたって、日本のサッカーの未来のための「5つの提言」を残した。それが現在の発展への指針となった。
 それにならって「なでしこJapan」の成功のあとに何をすべきかを、クラマーさんに聞いて欲しいという声があった。しかし、司会のぼくは、あえて取り上げなかった。
 46年前の提言は、クラマーさんが5年にわたって日本のサッカーを指導したあと、その体験を踏まえて、自分の指導を今後に生かしてもらうためにアドバイスしたものである。
 「私は日本の女子サッカーについては知らないし、責任を持つべき立場にもない。日本のサッカーの今後の計画は、日本の皆さんが自分で考えるべきだろう」
 かりに、ぼくが質問を取り次いだら、クラマーさんは、こう答えるのではないかと推測した。日本の未来への計画は、われわれの手で立てることにしよう。







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サッカー日誌 / 2011年09月18日


高円宮妃殿下、異例のご挨拶


サッカー協会90周年記念パーティー
(9月12日 東京・ホテル・グランドパレス)

★「教え込んでも、育たない」
 日本サッカー協会の創立90周年の記念パーティーが、9月12日の午後、東京のホテル・グランドパレスで開かれた。約700人が会場を埋めつくした盛大なパーティーだった。
 協会名誉総裁の高円宮妃殿下が最初に挨拶をされた。
 ふつう、高い身分の方のスピーチは儀礼的な当たり障りのない内容であることが多い。ところが、この日の妃殿下のお話は、いつもより長く、内容も個人としての意見を述べた異例なものだった。
 お話の中に「教育は教えて育てるという言葉だが、上から教え込んでも子どもたちは育たない。子どもたちは、自分から学ぼう、教えてもらおうという気持ちになって、育って行くものだ」という趣旨のお言葉があった。
 「すばらしい、その通りだ」と、ぼくは心の中で大きくうなずいた。

★自ら伸びていける環境づくりを
 「なでしこJapan」がワールドカップで優勝し、オリンピック・アジア予選にも勝った。
 その活躍を見て「サッカー協会が女子サッカー育成につとめた成果だ」という人がいる。
 「協会がしっかりした指導方法を地方に徹底させているから、これからも、いい女子選手が、どんどん出てくるだろう」と女子代表チームの佐々木則夫監督も言っていた。
 「そうだろうか?」と、ぼくは思う。協会が「育成」に努力していることは間違いないだろうが、それによって「第二の澤穂希、第二の宮間あや」が育ってくるだろうか?
 創造性に富む個性豊かなプレーヤーは、技術と戦術を教え込んで作り出すことはできない。自ら考え、自ら学ぼうとする子どもたちに、自ら伸びて行くための「いい環境」を与えることのほうが、マニュアルを押しつけるよりも大事である。
 高円宮妃殿下の異例のお話は、それを指摘したものだと思った。

★「ベレーザ」が育てた「なでしこ」
 今回の「なでしこJapan」のメンバーの中に「ベレーザ」でプレーした選手が10人いる。
 1980年代の読売サッカークラブ、1990年代以降の「ヴェルディ」の女子チームが「ベレーザ」である。
 読売サッカークラブ以来の伝統は「教え込まないこと」だった。よみうりランドのフィールドで、5対1やミニゲームや紅白試合ばかりをしていた。そういう中から男子も女子も個性的なプレーヤーが生まれた。
 「なでしこJapan」の選手のなかの多くは、よみうりランドに縁のあるプレーヤーか、その周辺育ちである。かつて「清水第八」を生んだ静岡育ちは一人もいない。なぜだろうか?
 日本の女子サッカーの「これから」のために、こういう例をきちんと調べて、「育成」とは何かを考えてほしい。




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サッカー日誌 / 2011年09月17日


マクドナルドさんの功績


サッカー殿堂表彰式
(9月12日 東京・JFA ハウス)

★サッカーマガジンの編集者
 サッカー殿堂掲額者の表彰式に協会にお願いして「サッカーマガジン」の2代目編集者の堀内征一さんを特に招待してもらった。というのは、今回、ぼくが表彰されたのは、主として1960年代~70年代に「サッカーマガジン」に書いた記事によるものであり、実際には、それを掲載してくれた編集者の功績だからである。
 そのころ、ぼくが主張したアマチュアリズム批判やクラブ組織重視などは、日本では少数意見だった。日本体育協会や日本サッカー協会にとっては好ましくない記事もあった。それをあえて掲載してくれたのがサッカーマガジンだった。スポーツを専門としている出版社にとって、スポーツ団体にとって都合の悪い記事を載せるのは、ジャーナリズムとしては当然であっても、ビジネスとしては簡単ではない。そういうわけで、当時の編集者だった堀内さんに感謝の意を表したいと思ったわけである。

★関屋勇さんとの関係
 その堀内さんから聞いた話である。
 今回、殿堂に掲額された3人のなかに、ロジャー・マクドナルドさんがいる。マクドナルドさんは、サッカーマガジンの初代編集長だった関屋勇さんを、とくに大事にしていたということである。
 ぼくは、マクドナルドさんと個人的には特別なお付き合いはない。1960年代~70年代に英国のチームが来日したとき、いろいろ面倒を見ていたことは見聞していたし、サッカーマガジンに執筆していたことも知っているが、関屋さんに特別に協力していたことは知らなかった。
 これは、マクドナルドさんの人柄によるだけではなく、関屋さんの編集者としての力量と人柄によるものだろう。

★編集者の役割
 関屋さんは、もともとは野球雑誌の編集者だった。ベースボール・マガジン社を創業した池田恒雄社長のパートナーの一人で、日本で初のサッカー専門誌を発刊する仕事を任された。堀内さんは、その愛弟子である。
 編集者の仕事は自分で原稿を書くことではない。大切なのは原稿を書く人間を育てることである。ぼくは池田恒雄さん、関屋さん、堀内さんのおかげで執筆者として育てられ、いささかでもサッカー界に役立つ機会を与えられた。マクドナルドさんもそうだったのだろう。池田さんと関屋さんは亡くなられているので、堀内さんだけに来ていただいたが、マクドナルドさんのためにもなったと思う。
 マクドナルドさんは、体調を崩されていて表彰式には出席されなかったが、堀内さんはマクドナルドさんのご家族と親しく話をしていた。



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サッカー日誌 / 2011年09月15日


無敗なでしこ、1位で五輪切符飾る


女子五輪アジア最終予選テレビ観戦記(5)
日本 1-0中国
北朝鮮5-0タイ
豪州 2-1韓国 
(9月11日 中国・済南)

★控え組プラス宮間の布陣
 「なでしこJapan」は、第4戦までに2位以内を確定し、ロンドン・オリンピック出場権を獲得済みである。日本にとっては最終戦の対中国はいわゆる「お花見」。勝敗にそれほどこだわる必要のない試合だった。レギュラーのほとんどを休ませ、それまで控えだったメンバーを出したのは当然だった。
 出番の少なかったプレーヤーに「代表試合出場記録」を加えてベンチでの労に報いる意味もある。今後、主要な選手がケガや出場停止になる場合に備えて新しいコンビネーションを試してみる意味もある。若いメンバーに国際試合の経験を積ませる機会でもある。
 初戦のタイとの試合では、その後の試合に備えて主力を温存した。そのときと先発メンバーを比べると、中盤サイドの宮間を先発させたのが大きな違いである。タイとの試合で前半もたつき、後半、宮間を出して、がらりと形勢が変わった教訓を生かしたのだろう。

★控えメンバーも悪くない
 テレビ中継を見ていて、ぼくは「控えメンバーも悪くないな」と思った。
 守備ラインは必ずしも「控えメンバー」だけとは言えないが、センターバックの岩清水と宇津木瑠美のコンビは、しばしばピンチをしのいでいた。
 中盤では、速いパスがスムーズにつながる場面が何度もあった。宮間が先発から加わっていたせいもあるだろうが、狙い通りの組み立てができるテクニックと戦術能力を田中明日菜と上尾野辺めぐみが持っている。
 ゴールキーパーの福元は、もうベテランと言っていいと思うが、しばしば好守を見せた。このポジションに信頼できる控えがいることは、国際大会を戦いぬくために非常に重要である。
 「オリンピック予選最終戦の戦いはよかった」。ぼくはそう思った。

★北朝鮮が2位で五輪出場権
 しかし、ぼくの仲間の何人かの意見は違う。
 前半は何度かあったチャンスに得点できず、中国に何度も攻め込まれて危うい場面があって0対0に終わった。後半12分にコーナーキックからのこぼれ球を決めた1点を守っての辛勝だった。そのため「控えの選手がレギュラーを脅かす力を持っていない」という評価である。
 その通りではあるが、相手の中国は地元で、なんとか世界チャンピオンを倒して、面目を保ちたい立場である。日本に思い通りの試合をさせてくれるはずはない。若手にとっては、いい経験であり、結果も良かったと思う。
 北朝鮮は順当にタイに勝ち、2位でオリンピック出場権を決めた。最終的には、ぼくの「想定通り」の結果だった。




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サッカー日誌 / 2011年09月14日


北朝鮮と引き分け、でも五輪出場決定


女子五輪アジア最終予選テレビ観戦記(4)

日本 1-1 北朝鮮
中国 1-0 豪州
韓国 3-0 タイ
(9月5日 中国・済南)

★苦戦の原因は疲れ
 「北朝鮮が日本の難敵」というぼくの予想は、ぴったりだった。
 90分余の試合時間のうち、3分の2の60分ほどは北朝鮮のペース、残りの3分の1は互角というところだった。引き分けに終わったのはラッキーだったと言っていい。
 苦戦の原因は「疲れ」である。1日おきの連戦を経て中2日での試合。動きの量も少なかったし、スピードもにぶかった。肉体的疲労だけでなく精神的疲労も大きかった。そのために判断が遅く、ミスも多かった。
 キックオフから間もなく、前半5分に中盤のきれいなパス回しから、いいボールが右サイドの大野忍に出た。大野はフリーでのシュートを大きく外した。「かなり堅くなっているな」と思った。そのあとにも、パスやトラップのミスがあった。
 北朝鮮のプレッシャーを巧くかわせなかったのは、精神的疲労のせいだと思う。

★若手が元気な北朝鮮
 北朝鮮はドイツ・ワールドカップのときのドーピング発覚で、ゴールキーパーを含む守備の5人が出場禁止になっている。にもかかわらず、ここまで2勝1分けできたのは「意外だ」という見方があった。しかし、ぼくの考えでは、これは「想定内」である。
 北朝鮮は、素質のありそうな子どもたちを集めて「英才教育」で代表選手を育てている。だから数人の選手が欠けても、似たようなレベルの、似たようなタイプの選手を補充できる。アジアのレベルであれば、それで十分に通用する。
 ただし、このような旧共産国系の「集中育成」では、とびぬけた個性的なスーパースターは出てこない。だから世界のトップレベルで勝ち抜くのは難しい。
 日本がベスト・コンディションであれば、そう苦労することはなかっただろう。しかし、今回は、若い北朝鮮選手の元気なプレーに押されっぱなしだった。

★中国の敗戦で五輪切符
 ぼくにとって「意外」だったのは、北朝鮮の10歳台の若いプレーヤーの判断力が「なかなかいい」ことである。北朝鮮の「集中教育」の中身がいいのではないかと思った。
 日本は後半も押されていたが37分に相手のオウンゴールでリードした。残り10分ほどである。ここで日本が消極的な逃げ切り策をとったのはよくない。ベンチの指示によるものだったらしいが、せっかく盛り返した選手たちの意欲をそぐ結果になった。
 追加時間に入ってから北朝鮮の総反撃に守りのミスが出て同点。引き分けに終わった。勝っていれば、ここで日本のロンドン・オリンピック出場が決まるところだった .
 この試合は、現地時間夕方3時30分からの試合だった。夜7時からの試合で豪州が中国に勝ったので、最終戦の対中国を待たずに、日本の2位以内がきまり、オリンピックへの切符が手に入った。




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サッカー日誌 / 2011年09月13日


アウェー戦に見るザックの戦略


ワールドカップ・アジア3次予選C組
ウズベキスタン 1-1(1-0) 日本
(9月7日 タシケント:NHKテレビ)

★長谷部をトップ下に起用
 ワールドカップ予選第2戦、ウズベキスタンとの試合で、トップ下に誰を起用するだろうか? そこに興味を持って、テレビのチャンネルをまわした。
 発表された先発メンバーにはベテランの阿部勇樹が入っていた。阿部はもともと守備のプレーヤーである。トップ下は考えられないので、NHKの中継では、キックオフの前には阿部をボランチ(中盤の守備的位置)に置き、遠藤と長谷部を並べて中盤の前方に並べる布陣を予想して図示していた。
 実際には遠藤と阿部のダブルボランチで、長谷部がトップ下だった。
 もともと、トップ下は本田圭佑のはずだった。右ひざの半月板を痛めてチームを離れたので、その代役にザッケローニ監督が苦心したのである。アウェーの試合だから阿部の守備力を買っての「守りの布陣」だろう。

★ウズベキスタンが先制点
 4日前、埼玉スタジアムでの北朝鮮との試合では、柏木をトップ下に起用したが出来はいま一つ。後半に退けられて、サイドにいた香川がトップ下に入った。
 この北朝鮮の試合の後半と同じ布陣で、ウズベキスタン戦の布陣は香川のトップ下だろうと、ぼくは予想していた。しかし、そうするとサイドに21歳の清武を入れて攻撃的な布陣になる。ザッケローニ監督は、アウェーの重圧のなかで若い清武を先発させるのを避け、ベテランの起用で守備的にいこうと考えたのだろう。
 この前半の布陣はうまくいかなかった。阿部がザッケローニ監督のもとでは初の起用でなじんでいなかったこと、長谷部がトップ下にいきなり使われてとまどったこと。この2つが原因だった。
 前半8分にウズベキスタンが先制点をあげる。

★戦いながら戦力を蓄える
 前半も日本が劣勢だったわけではなく、チャンスの数は互角以上にあった。
 後半、日本は阿部に代えて清武を出し、北朝鮮戦の後半と同じ布陣に戻した。遠藤と長谷部が並ぶことで中盤のパス回しがスムーズになり、後半20分に岡崎慎司のヘディングで同点とした。
 こういう用兵を見て「ザッケローニはしたたかだな」と思う。
 勝たなければならないワールドカップ予選の試合でも、若い新戦力を起用し、新しい布陣を試みる。そのなかでアウェーでの戦い方を考えている。チャンスを与えられた選手は経験を積み、監督は今後の試合のための選択肢が増える。予選を戦いながら戦力を蓄えて行く戦略である。
 結果は引き分け。アウェーでの勝ち点1は悪くはない。




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サッカー日誌 / 2011年09月12日


豪州を圧倒しながら1点だけ


女子五輪アジア最終予選テレビ観戦記(3) 

日本  1-0 豪州
北朝鮮 3-2 韓国
中国  2-0 タイ
(9月5日 中国・済南)

★五輪出場権へあと一歩
 五輪アジア最終予選が始まる前から「日本の最大の強敵は豪州」「第3戦の豪州との対戦がヤマ場」と、マスコミは言い立ててきた。
 しかし「なでしこJapan」のメンバーは、必ずしもそう思ってはいなかっただろう。豪州をよく知っているから自分たちの力が上だと信じていただろう。また、勝つのが難しいのは、どの試合も同じだと思っていただろう。
 実際に試合は、そのとおりの展開になった。「なでしこ」がテクニックでも、戦術能力でも上回っていて、形勢は一方的だった。しかし前半は4~5度の絶好期を逃して無得点、後半17分の1ゴールでやっと勝った。力に差はあっても勝つのは難しいのである。
 しかし、辛勝でも勝ちは勝ちである。勝ち点3を積み上げて、日本はオリンピック出場に大きく近づいた。

★決勝点は放り込みから
 先発をほぼドイツ・ワールドカップのときのメンバーに戻して、韓国との対戦のときより試合ぶりは良くなった。体力的には完調でないにしても一つ一つのプレーを選択する判断力は戻ってきていた。判断力を生かした組み立てが豪州よりはるかに優っている点である。数多くのチャンスを作り出せたのは当然だった。
 それでも1点しか取れなかったのは、なぜだろうか?
 豪州の守りが頑張ったことも挙げなければならない。前半16分、豪州のゴールキーパーは川澄奈穂美のシュートを足に当てて防いだ。そのほかにもゴールキーパーの好守があり、守備ラインの頑張りがあった。
 日本は、いろいろ手の込んだ攻めをみせながら、決勝点は後方からの放り込みからだった。それを永里-川澄とつないで決めた。

★豪州は難敵だったか?
 試合前にマスコミが「豪州は難敵」と騒ぎ立てたのは、体力的に豪州が優っているからだろう。しかし、体格や走力はサッカーの決定的要因ではない。
 豪州は守りを固め、縦にボールを出して逆襲を試みた。守りを固めたのは、テクニックや戦術能力で劣ると考えたからだろう。
 単発的に縦にボールを出してくるのは、それほど怖くはない。4人の守備ラインのバランスが崩れなければ大丈夫である。長身を生かしての放り込みもあるが、放り込みだけで2点以上をとるのは難しい。
 豪州は、もともと、それほど怖い相手ではなかった。「難敵」と呼ぶのはマスコミの過大評価である。
 次の第4戦の相手は北朝鮮。これこそ「難敵」である。




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