サッカー日誌 / 2016年10月19日


日本と豪州のサッカー


W杯アジア最終予選
豪州1対1日本
(10月11日、メルボルン=NHKテレビBS1)

★60年来のライバル
 ワールドカップ予選の豪州対日本の試合を見て思った。
 日本と豪州(オーストラリア)とのサッカーの付き合いは、60年にわたっている。
 ぼく(牛木)のサッカー記者生活と同じである。
 新聞社のスポーツ記者になったのは1956年である。
 豪州のメルボルンでオリンピックが行われた年だった。
 日本のサッカーは、アジア予選を経て出場権を得たが、欧米のチームを相手に勝利を狙えるレベルではなかった。
 組み合わせ抽選で、1回戦の相手が豪州に決まったとき、当時の日本のサッカー協会の役員が、次のように解説してくれた。
 「豪州ではサッカーは、ほとんど行われていない。地元として予選なしで出場するが、日本が勝つチャンスは十分だ」。

★大衆のスポーツ
 この解説は間違いだった。
 「豪州ではサッカーは、ほとんど行われていない」というのが、そもそも、間違った「思い込み」である。
 豪州は「ラグビーの国」だと思っていたのだろう。
 当時、豪州はイギリスの植民地だった。
 国民の多くは、イギリスからの移民である。
 イギリスで大衆のスポーツであるサッカーを、豪州の人びとがやっていないはずはない。
 また、本国のイギリスで、プロのサッカー選手だった人たちも、移り住んでいた。
 豪州でも、サッカーは大衆のスポーツだった。
 当時の日本よりも、サッカーは普及していただろう。
 そういう事情を、当時の日本のサッカー関係者は知らなかった。
 
★「身長の差」が敗因?
 1956年、メルボルン・オリンピックのサッカー1回戦で、日本は豪州に0対2で敗れた。
 豪州は、開催国だから強化に特に力を入れていた。
 イギリスの植民地だったから、サッカー人口は日本より厚く、レベルも高かった。
 当時の日本のサッカーは、国際試合の経験がほとんどなく、国際的なサッカー事情についても無知だった。
 それが、敗因の「根っこ」である。
 しかし、負けたあとになって「身長の差のハンデが敗因」とされた。
 豪州のゴール前への「放り込み」を、背の低い日本の選手が守るのは難しかったというのである。
 しかし「放り込み」から、ゴールが生まれる確率は高くはない。ゴール前はゴールキーパーが守っているからである。
 メルボルン・オリンピックで豪州に負けたときの「反省」が「言い訳」にすぎなかったことは、その後の日本サッカーの行く道を誤らせたと思う。


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