rosemary days

アロマテラピー、ハーブを中心にフィトテラピーあれこれ。自然療法全域とフィットネスについて。

『戦争と平和』~道端のヨモギ

2017-02-19 19:20:18 | 物語の中の植物と香り
レフ・トルストイの『戦争と平和』は表題の通り壮大なテーマを扱った大長編小説です。この作品はどの出版社でもたいてい4、5巻に分かれていて長いのですが、岩波文庫は最も長い全6巻です。しかし新訳は比較的読み易いので時間はかかりますが割と楽しく読み進めています。

この話はナポレオン戦争の時代を生きた3人の若者を中心に描かれています。ストーリーの最も中心となるピエールはたまたま莫大な遺産を手に入れてしまった貴族ですが、意思が弱く俗っぽいところのある凡庸な若者です。対して親友のアンドレイは生来頭脳明晰で、戦場へ行っても行政の場でも有能さを発揮します。しかし自身が大変ストイックで且つ理想も高すぎるために、常にやりきれない思いと戦わなければなりません。

ここで紹介するのは、アンドレイが戦場で指揮官として部隊を移動させている場面です。

彼の内面の力はすべて、どの兵隊とも同じように、自分たちの状態の恐ろしさを見つめるのを避けることに、無意識に向けられていた。彼は足を引きずり、草をざわざわ鳴らし、自分の長靴にふりかかる埃を見まもりながら、草場を歩いていた。(略)時には畦に生えているヨモギの花をむしってその花を手のひらで揉み、こころよくて苦い、強い香りをかぐのだった。[岩波文庫『戦争と平和4』P519 藤沼貴:訳]

この後アンドレイの連隊は敵の榴弾を受けるのです。

「伏せろ!」地面に身を伏せた副官の声が叫んだ。アンドレイはためらって立っていた。榴弾が独楽のように、煙を吐きながら、彼と伏せた副官のあいだの、畑と草場の端の、ヨモギの茂みの近くでくるくる回っていた。
≪これが死なのか?≫アンドレイはまったく新しい、羨ましさのこもった目で草と、ヨモギと、回っている黒い球から渦巻いている煙の流れを見ながら思った。
≪おれは死ぬことはできない、おれは死にたくない。おれは人生を愛している、この草、空気、大地を愛している・・・≫かれはそう思った。[同P520]


アンドレイは恐ろしい気持ちと同時にエリートらしい体面を気にするところがあって、部下が榴弾を恐れて伏せているような時でも、カッコつけて一人立っています。そして副官の行動を恥ずかしいことだと叱責します。この物語は人間の決して一方方向ではない心の動きが明瞭に描かれていて、やはり名作だと思います。
その直後、アンドレイは榴弾に当たり瀕死の重傷を負うのです。ここでは、ヨモギが小さいながら確実に生きている生命の象徴とした描かれています。

ヨモギは日本では草餅にしたり灸につかうもぐさになったりと非常になじみの深い植物です。ただ、ここに登場するのは日本や中国に生息するヨモギArtemisia vulgarisではなく、ニガヨモギArtemisia absintheiumではないかと思われます。ヨモギは月経時や更年期の緊張をゆるめ、不妊の治療などにも用いられる東洋を代表するハーブです。一方ニガヨモギはアブサンの原料として有名です。酒には毒性が認められるために現在では製造されていませんが、ハーブティーには毒性はありませんので安心して飲むことができます。このハーブは肝臓や腎臓のうっ血を取り除く働きをし、乗り物酔いや消化不良の改善にも効果があるようです。

花の画像が手に入らなかったのですが、ヨモギもニガヨモギもキク科特有の小さな黄色い花をつけているようです。道端の小さなヨモギの香りに生命を感じる、香りは生きている証でもあるのです。





戦争と平和 (四) (岩波文庫)
クリエーター情報なし
岩波書店

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