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Lang ist Die Zeit, es ereignet sich aber Das Wahre.

Michael J. Mauboussin /「投資の科学」

2007-07-09 03:22:58 | Science
Mtyk


『投資の科学』
(原題:"More Than You Know - Finding Financial Wisdom In Unconventional Places")

著者:Michael J. Mauboussin
初版:2007/02/26
監訳:川口有一郎
翻訳:早稲田大学大学院応用ファイナンス研究会
発行:日経BP社
ISBN978-4-8222-4551-1

投資業界を先導する世界有数のトップ・グループ、"Legg Mason Capital Management, Inc."のチーフ・インベスト・ストラテジスト(=投資戦略立案者)が、複雑系(Chaos/Complexity)、情報理論、生物学や脳科学といった知見から『投資のダイナミクス』について鋭く切り込んだ著書。トレーダー達の間でカルトな支持を得たエッセー集"The Consilience Observer"を拡大再構成したもの。


・投資における『適応度地形』の存在
・「結果」に対して人は「原因」を捏造する(因果関係を見誤る)
 →事象に『真因』というものは存在しない。
・経験則からの分析は役にたたない。
・平均値ではなく、異常値が世界を支配する (→ファットテール)
・行動ファイナンスは地雷である
・「希少性」「非対称性」の高い情報の負荷と価値
・あらゆる企業成長に共通する4つの法則

・多くの投資家の行動が一様化すると(誰かの知識に頼ると)、マーケットは機能しなくなる。(群衆行動における情報のカスケード)

→行動原理・価値体系がバラバラの方が相互活性化(カオスの縁)

・「何もしない」ことの価値・知性(『無為』と『作為』の天秤)
→ 近視眼的な損失回避が導く非効率性
→『非自在性の自覚』=『自覚無き自在性の獲得』

・記憶媒体の進化による爆発的なイノベーションの加速は、問題解決に多様な(予測不可能性のある、意外な)道筋を与える。

→※私見では、この言説の意義にポジティブな指向性を抱くのは疑問を覚えます。携帯電話、インターネットなどのツールが実現したイノベーションは、世界と個人個人の関係性の為す相の変化を齎しはしたが、同時にツールを取り巻くビジネスや世界観が創成され、現実問題に絡みあい、より複雑化せざるを得なくなった。つまり、問題解決の為の手段のはずが、それ自体が新たな問題に成り代わる。物事が単純になるということはありえない。その為に共変位した相の関係性が、一回り高次な構造となって再構成される環の中に世界はある。


・1987年10月の「ブラックマンデー」のような株価暴落は、宇宙が10億回生まれ変わった時間を要しても『計算上、確率的にはありえない』はずだった。


ここ5年間、ファイナンス、マネージメント系の著書には色々手をつけてきましたが、遂に決定的な良書に出会えました。というのも、私自身にとっての命題分野でもある、生物学的複雑系システムの知見(他には脳科学分野の説明も豊富)から投資論を扱った最初の総括的著書だからなんですね~。あのダンカン・ワッツ(非線形動力学のパイオニア)と友人だというのも奇遇というか驚き。 関連して、Steven WolframやSteven H. Strogatzの引用があるのも、最近の自然科学のトレンドを着実に取り込んでいることが窺えて、信頼がおけます。まえがきでは、複雑系研究の最先鋒、サンタフェ研究所への熱烈な謝辞も表明されています。

まだ一通り目を通した他、触りと本命の第四章『科学と複雑系理論』しか本読していないですが、私が昨年あたりにここで展開していた「株価変動の『アノマリー(特異点)』とユニタリー時間系」に結びつくような主張も展開されていて胸のすくような思いです。が、複雑系のパースペクティブではありがちですが、株式市場でうたわれている、いわゆる「定石やテクニック」というものの根拠を否定、あるいは無効にしてしまうような内容も含むので、敵を作ることもあるでしょう。問題作といわれる所以でもあります。


本著は投資論にとっての新風とされているそうですが、複雑系の見地からはまだまだ掘り下げが浅いような気もします。まだ認識が一般化されていないせいでもあるでしょう。でも危険予測の重要性に鑑みるという点では、それに大部分を割いた非常に先鋭的な言説なので、投資のプロにほど、一度は読んで胸に刻んでほしいもの。


また、扉でウィルソンの"Consilience"を引用しているように、著者は現代において細分化、専門化の著しい異分野学術(学際)の知見の統合がもたらす創造的な発見を重要視していて、これも自分が常々考えていることと共鳴しているのですが、それは何故かというと、著者が「結果」よりも「過程」に本質があると説く通り、あらゆる問題に向き合う「手段」というのは、思考のアルゴリズム(及び、振る舞いと関係性の変位)に関わることであり、それは脳科学的には信号の処理方法であって、「信号の処理」と一元視すると、汎用的にあらゆる問題解決に対して有用性を持つ、ということなのだと思います。

ここで何回も取り上げてきた、bio-informaticsにおける情報処理技術の発展と蓄積がもたらした、同技術の他分野への応用(プロトコル解析や電波天文学等)も代表例の一つでしょう。他のことに関する考え事に適用したメソッドが、知らぬ間に無関係な考え事に噛み合う、という経験なら誰もが持っていますよね。複雑系とは、無限に絡み合ったシンプリシティの非可換なセグメントとして捉えられるからです。(このセグメントは、主観者のパースペクティブが属するエネルギー準位系に築く関係性によって、"還元的に"全体性から現出する。)


と、齧っただけで長々とイントロダクションを書いてしまいましたが、読み終わったらまた感想を書くかもしれません。とりあえずオススメ。