どんこつの手帖

私の日記であり、エッセイです。

「アンドリュー・ワイエス」展を観る

2009-03-08 19:38:46 | Weblog
3月8日(日)
やっと最終日に、愛知県美術館へ行くことが出来た。行ってよかったと思う。
副題が「創造への道程」となっていたように、制作過程がよく分かる展覧会であった。「幻影」と題する自画像などは、次第に自分の姿が消えていくように描かれていた。青年時代の彼は、自意識が強く自分を消すことに努力したという。この考え方は最高の芸術の到達点を示唆するようで面白い。
そういえば、彼は自然でも建物でも動植物でも、「もの」に強い愛着、こだわりを持っていた。その分自分が消えたかもしれない。「火打ち石」と題する絵は、海岸に巨大な石が一つ光を受けて存在する様子が、これ以上ないというほど丹念に描かれていた。「煮炊き用薪ストーブ」は、室内のストーブを中心に椅子も窓辺の鉢植えの花も開いたドアも、皆かくあらんと思われるほど緻密に描かれていた。
一番気に入ったのは、「昨夜」と題する絵だった。地に落ちた真っ赤なリンゴを食べようとしている鹿の頭部を描いた一枚である。狩猟用のジャックライトを当てられた鹿はそれとは知らずに、一筋のよだれを垂らしてリンゴを食べようとしている、まさにその瞬間を描いたものだった。命の宿る絵だった。
しかし、ワイエスの語るところでは、この鹿は翌日殺されて内臓を抜かれ逆さにつり下げられていたということである。ワイエスは、日常の何気ない風景や物にドラマを見ていたかもしれない。存在そのものに内在するドラマを。
奇しくも先日、ワイエスは91年の生涯を閉じた。黙祷を捧げたい。