Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

ビジネスデザイナーの時代@東大i.school

2011-08-27 22:55:07 | Weblog
東京大学 i.school のシンポジウムを聴講した。まずトロント大学ビジネススクールの学部長 Roger Martin 教授による「ビジネスデザイナーの時代:デザイン思考をどう実践するか」と題する講演。同スクールは「デザイン思考」をビジネス教育に導入する先駆的な取り組みをしているとのこと。

Martin 氏はまず分析的思考と直観的思考の二分法を提示する。前者では信頼性(reliability),後者では有効性(validity)が追求される。現在のビジネスではあらゆることが定量化され,演繹的・帰納的な分析的思考が支配している。そしてそのことはしばしばイノベーションを阻害するという。

なぜなら,分析的思考のもとでは成果の予測が要請される。正確にそれを行うには,いくつもの事例を分析する必要があるが,前例がある時点でそれは新しいアイデアとはいえない。企業が成果の予測や証明を求めることはイノベーションをつぶしてしまうと Martin 教授は強調する。かなり共感できる。

もう一つ,教授が提示するのが謎(Mystery)→経験則(Heuristics)→アルゴリズム(Algorithm)というビジネスの発展段階だ。最後の段階では分析的思考が優勢になるが,そこに没頭して次の謎に挑まないと,企業として成長しない。謎に挑む役割を担うのがビジネスデザイナーなのである。

ビジネスデザイナーには,分析的思考を形作る演繹と帰納に加え,パースが唱えた仮説的論理(abduction)が欠かせないという。直観で得たアイデアの正しさを「証明」することはできない。しかし,ビジネスとして展開するために別の形で「論理的に」語ることができるし,そうする必要がある。

イノベーションのためには直観的思考と分析的思考の能力がいずれも必要となる。信頼性と有効性の双方を理解できなくてはならない。そうしたビジネスパーソンの典型例として挙げられたのが Apple の Steve Jobs,P&G の A.G. Lafley,Miramax の Herbie Weinestein といった人物だ。

以上の講演に続き,ポートランドのデザイン会社 Ziba に勤める濱口秀司氏,i.school を主宰する東京大学の堀井秀之氏,i.school ディレクターで博報堂の田村大氏を加えたパネル・ディスカッションが行われる。ビジネス・デザイナーの定義から i.school の意義まで熱気溢れる議論が続いた。

なお,東京大学 i.school の設立趣旨や活動については,このウェブページの他,以下の書籍が参考になる:

東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた
東京大学i.school
早川書房

最後に感想を。マーケティング研究者の端くれとして革新や創造について真剣に考えるには,分析的思考の枠内に閉じこもっているわけにはいかないと最近強く感じている。たまたま同じ目にした,Steve Jobs が29歳のときのインタビュー記事が今日の講演と符合しており,大変面白い。

当時(1987年)Macintosh コンピュータが市場に出たばかりで,それがどれだけ売れるのか,まして未来をどう変えるのかは全くわかっていなかった。今後どうなるかというしつこい質問に,若き日の Jobs はこう答えている:
・・・今我々が取り組んでいることの難しいところは、具体的に聞かれても答えられないということです。100年前、もし誰かがグラハム・ベルに「電話で何ができるんだ?」と聞いたとしても、ベルは電話が現在の世界に及ぼした影響までは答えられなかったでしょう。彼はみんなが電話を使って今夜上映している映画を問い合わせたり、買い物をしたり、地球の反対側にいる親戚と話したりするようになるとは知らなかったはずです。
まさにその通り。Mac はもちろん,パーソナルコンピュータ自体に(あえて?)懐疑的な見解を Jobs にぶつけている記者をいまは嗤うことができる。しかし当時,かなりの人々はその見解に共感していたに違いない。もう1つ,彼のしびれるような回答をここに記しておこう:
僕が思うにMacはものすごく売れると思いますが、僕らはMacを他の人のために作ったわけではありません。自分たちのために作ったのです。だから僕ら自身が、それが偉大かどうかを判断できたのです。だからマーケットリサーチも必要ありません。僕らはただ自分たちの出来る最高のものを作りたかったんです。

もし自分が大工で、美しいチェストを作ろうとしているなら、背面には合板なんて使いません。それが壁に面していて、誰も見ない場所でも、です。それがそこにあると知っているのですから、背面にも美しい木材を使います。夜にぐっすり眠るためには、美しさや品質を貫いていく必要があるんです。
それを直観的思考と呼ぶのは,やや多義的すぎるように思える。直観的思考ということばには,経験のなかで培われた暗黙知という響きもある。直観や暗黙知だけでは必ずしも創造的な革新は生まれない。それを考えさせるのは,やはり Jobs の次のエピソードである。

Google でモバイルアプリの責任者をしている Gundotra 氏によれば,ある日いきなり Jobs から電話がかかって来て,次のようにいわれたという:
「iPhone で Google のロゴを見ているのだけど、アイコンが気に食わない。Google のロゴの二つ目のOの黄色のグラデーションがおかしいんだ。とにかく間違っていて、明日グレッグに修正させようと思うのだけど、それでいいかな?」
細部に至るまで,異常なほど美に対する情熱が支配している,こうした志向は分析と直観の二分法だけでは捉えられないように思う。とはいえ,それをどう扱うかについて,ぼくにいま適当なアイデアがあるわけではない。こういう宿題をもらえることが,このシンポジウムが刺激的であった証拠である。
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