私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『乙女の密告』 赤染晶子

2010-09-04 02:14:09 | 小説(国内女性作家)

京都の大学で、『アンネの日記』を教材にドイツ語を学ぶ乙女たち。日本式の努力と根性を愛するバッハマン教授のもと、スピーチコンテストに向け、「一九四四年四月九日、日曜日の夜」の暗記に励んでいる。ところがある日、教授と女学生の間に黒い噂が流れ……。
言葉とアイデンティティの問題をユーモア交えて描く芥川賞受賞作。
出版社:新潮社




工業大学という、理系単科大を卒業した僕は、総合大の雰囲気ですら、まともにわかってない。
理系的思考法に走りがちな人しか集まらない工業大と総合大では、多少雰囲気もちがうのだろうか、という気もしなくはない。そうでもないかもしれないが、それすら僕にはわからない。
まして外語大のような文系単科大など、僕にとっては、まったく知らない別世界の話だ。


だからここに描かれる、外語大の雰囲気はずいぶん新鮮に映る。

もちろんコメディタッチゆえに、デフォルメされている部分はあろう。
それでもスピーチコンテストで『アンネの日記』こと、『ヘト アハテルハイス』を暗唱する様子や、外語大に属する女子集団の心理などは、知らない世界のため、非常に楽しく読み進めることができる。


楽しく読めるのは、先に触れたコメディタッチの面も大きいと思う。
アンゲリカ人形とか、ひよこのキッチンタイマーとか、細かいアイテムが非常におもしろい。
しかもそれにまつわる短いエピソードにも笑ってしまう。
「あたくし、実家に帰らせて頂きます!」のバッハマン教授のセリフの部分はベタだけど笑ってしまった。

これだけ笑えるネタをいくつも書けるのは、書き手に抜群のセンスがある証拠だ。
おかげで途中までは楽しく読むことができる。


だが、ラストの部分がどうしても腑に落ちず、もやもやした気分を抱いてしまった。

ユダヤ人でありながらオランダ人になることを夢見る、アンネ・フランクのアイデンティティの問題。
そして、乙女たちの中で孤立するみか子の問題。
この二つが呼応し合って、物語が進むという構成は、よくわかる。

だが、カタルシスに満ちたラストの文章のわりに、読み終わった後は、何かがすっきりしない。


多分それは「乙女」なるものを、僕が感覚的に理解できていないからだろう、と思う。

タイトルにも使われているわりに、ここで描かれる「乙女」なるものの定義はあいまいだ。
「乙女」は潔癖で、不潔なものを嫌い、真実ではなく、噂を根拠に、他者を排除する。
それは頭では理解できるけれど、男の僕には感覚的に理解できない。

「わたしは乙女である」と言う、みか子の「乙女」としての認識。
「アンネ・フランクはユダヤ人」という言葉がアンネを追いつめたという事実。
この二つが共鳴しているのはわかる。

そして、アンネ・フランクは「ユダヤ人であって一人の人間だった」という結論と、みか子の現状とが、ラストに至り重なりあう、という構成も理解できる。それが知的であることも認める。

けれど「乙女」を理解しない僕は、「乙女」であることと、「乙女」でないことの差異が、どうもつかめない。
おかげで感覚的に、物語の結末を受け入れることは難しかった。


理系単科大卒の男にとって、文系単科大女子の世界は別世界の話だ。
そこに暮らす人たちの感性も、僕にとっては、完全に理解しきれない次元の話なのかもしれない。

おもしろかっただけに、そういう結論に至ってしまったのがいささか残念である。

評価:★★★(満点は★★★★★)



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