私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

吉屋信子『わすれなぐさ』

2013-09-10 05:21:13 | 小説(国内女性作家)

美しく我侭なお嬢様・陽子、人造人間とあだ名される優等生・一枝、無口で風変わりな個人主義者・牧子。一枝と心を通わそうとする牧子だったが、華やかな魅力に溢れる陽子の操る糸に絡めとられていく…。夏休みの水泳合宿、学校帰りの横浜ドライブ―少女小説の女王が描く、昭和ロマン漂う少女たちの愛と友情の物語。
出版社:河出書房新社(河出文庫)




吉屋信子と言うと、少女小説というイメージがあるのだが、『わすれなぐさ』はまさにそのイメージにぴったり合う小説である。
少女たちの交流と友情とちょっとした反発など、幾分甘い結末も含め、少女小説らしい味わいが出ている。

だが内容自体は、少女小説と言うジャンルと無関係に、純粋におもしろい作品であった。


物語は、三人の少女によって展開される。

主人公はおとなしめで普通の少女(作者的には個人主義の雄なる者らしいが)の牧子になるのだろう。
だが物語をけん引するのはブルジョアのお嬢様然とした陽子である。

陽子は上流階級の娘のテンプレって感じの少女だ。
高飛車でパワフルで、その押しの強さで周囲を巻き込んでいく。人の心に頓着せず、自分の欲求を押し付けるって感じが強い。
あまり性格がいいようには見えず、一枝に半巾を投げつけるところを始め、身勝手でわがままだな、と感じる面はいくつかあった。

しかしその押しの強さは個性的で、人を引き付ける力もあるのだ。
牧子と仲良くなろうとして、彼女と親しくなるために、行動するところなどは典型だ。
誕生日に牧子を招待した彼女は、牧子を美しく化粧させたり、ダンスを仕込んだりと、さながら愛玩する人形を扱うように、牧子を翻弄していく。

いやいや強引だな、と感じる面もあるのだが、陽子に押されて牧子もされるがままになっている。
その陽子の魔術にかかったかのようになっているところがおもしろい。
意味合いは違うが、ファム・ファタールって言葉を思い浮かべる。

ともあれ、主従とも、ペットとご主人とも見えかねない、二人の関係性が心に残る。



そんな牧子の家庭は父権主義の色合いの強い家庭だ。
父は子どもたちの運命を決定し、それを強要してくる。

牧子もそれに反発を覚えているが、時代が時代だけに心の中だけで思っているだけの感は強い。
そして同じように父親に縛られているという点では、真面目一辺倒な一枝も同じである。

共に弟という家督を継ぐ者を大切にし、家のために尽くすよう求められる。
当時の少女たちを取り巻く環境が目に見えるようで、何とも苦い。
父権主義は今考える以上に抑圧的だったのだろう。

そんな抑圧ゆえに、陽子に振り回されることで牧子も解放されたような気分になっていたのかもしれない。そんなことを考えてしまう。



そんなあるとき、弟がプチ失踪状況となる。そこから父娘間で会話がされるようになり、、、、、という風にラストへ向け、物語は進んでいく。
結論から言えば、物語は大団円といったところだろうか。
実際、封建主義的な抑圧から、牧子も一枝も解放され、陽子とは一人の人間として向き合うこととなる。

正直そんなラストは甘いな、という感じもしなくはない。
父の転向を始め、一枝たち一家の救いなど、都合が良すぎる気もする。

しかしそれゆえに後味が良く、読後も爽やかであることは否定できまい。
何より物語としては充分におもしろい点が良い。

昭和初期の風俗や、当時の少女を取り巻く状況などを知ることができる点も良かった。
時代を経ても色あせない、本作はそんな良質な作品である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)

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2 コメント

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こんばんは (タカヤン)
2014-08-28 23:23:25
こんばんは
「わすれなぐさ」ですが、「花物語」も好きだけど
こちらもキャラが生きいきしてるんで良いな~と思います(^-^)
甘すぎないレモンが効いた冷えたサイダーを飲んだ気分になります
ーと拙い例えで、すみません
返信する
コメントありがとうございます (qwer0987)
2014-09-02 20:11:04
「わすれなぐさ」はキャラがいいですよね。陽子なんかいいキャラです。
「甘すぎないレモンが効いた冷えたサイダー」ってのは何となく伝わりますよ。爽やかで読後感が良い作品と思っているんで、タカヤンさんのその言葉には共感します。
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