穏やかに暮らしているはずの実家の父と母。しかし、その父に愛人がいるとわかり、四姉妹は急に色めきたった。未亡人でお花の先生をする長女綱子、主婦の次女巻子、独身の図書館員三女滝子、ボクサーと同棲する四女咲子。母のために女性との関係を清算させようと相談をするが、表向きの顔とは別に、姉妹それぞれがのっぴきならない男と女の問題を抱えている。猜疑心強い阿修羅になぞらえ女の姿を軽妙に描いた、向田作品の真骨頂。
出版社:岩波書店(岩波現代文庫)
これはとんでもない傑作なのではないか。
そんなことを『虞美人草』までを読んでいるときは、何度も思った。テレビで言えば、パートⅠの部分である。
個人的な趣味で言うと、パートⅡである『花いくさ』以降は失速してしまった感は強いのだが、前半部の勢いは鮮やかで、胸に響く面が多い。
特に目を引くのが、キャラのつくりがべらぼうに上手いことだ。
一話の『女正月』などは本当にすばらしい。
何気ない行動や、セリフで、その人物の性格を的確に表現する手腕に、心の底からしびれてしまう。
三女の滝子はわかりやすいくらいマジメであることがよくわかるし、次女の巻子はいやなことから目をそむけていたいという性格が伝わってくる。また四女の咲子は派手好きで一言よけいだということが、少ないやり取りの中からきっちり浮かび上がっている。
その技術はいま読んでも古びず色褪せていない。これは本当に見事なことだ。
キャラだけでなく、場面の緩急のつけ方も本当にすばらしい。
やはり『女正月』を例に挙げるが、この中で、父親が浮気しているかもしれないということを、四姉妹で話し合う場面がある。
その場面は、内容だけ聞けば、まちがいなくシリアスだ。自分の父親の浮気のことを、実の娘たちが話し合う。重くならないわけがない。
なのに、向田邦子はここでコメディに持っていくのだ。これには読んでいて、本当にびっくりしてしまった。
これは場面を重たくしすぎないための、向田邦子の計算であり、サービス精神なのだろう。
この緩急のつけ方は、はっきり言って神がかっている。
とんでもない書き手がいたものだ、と読みながらほとほと感心した。
キャラ設定、緩急のつけ方。どれもきれいに描かれているが、それをもっとも象徴するのが、母親であるふじだろう。
さっきから『女正月』ばかり例に挙げているが、この中でふじは、「でんでん虫」を歌いながら、夫の服を整理する場面がある。
そこでふじは夫の服からミニカーを見つける。それは夫の浮気の証拠でもあるものだ。
それを見つけた途端、ふじをミニカーをふすまに投げつけている。さながら阿修羅のような形相で。
そしてそれから、ふじは何ごともなかったかのように、再び「でんでん虫」を歌い始めるのである。
このシーンが本当に読んでいてこわかった。
そこからは夫に浮気された妻の激しい嫉妬がうかがえ、印象的だ。
それに「でんでん虫」のようなのんびりした歌から、ミニカーを投げつける展開の緩急も鮮やかである。
だが、ふじは夫の浮気を知っていても、表面上はそ知らぬ顔を続けている。恐ろしいほどの嫉妬を抱えているにもかかわらずだ。
そこにはふじのキャラクターと、複雑な感情もうかがえて、忘れがたい。
ふじに限らず、この四姉妹と父母にはそれぞれ複雑な感情が絡み合っている。
そして、それは家族だから、という理由が大きいように思える。
家族とはいえ、知らない部分はあるし、知りたくもない部分も出てくる。家族だから激しい感情をぶつけてしまうこともあるものだ。
だけど家族だから無視できない部分もまたあるのだろう。
滝子はある場面でこんなことを言っている。
きょうだいって、へんなものね。
ねたみ、そねみも、すごく強いの。そのくせ、きょうだいが不幸になると、やっぱり、たまんない――
これは別に姉妹に限らず、夫婦に置き換えてもいいのだろう。
家族は、距離が近い分厄介なのかもしれない。しかし家族だから、相手を大事に思う部分もあるのだ。
その一筋縄でいかない感情を描いていて忘れがたい。
向田邦子という作家のすごさを知ることができる一品である。
評価:★★★★★(満点は★★★★★)
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