ドイツのノーベル賞作家、トーマス・マンの代表作の一つ。
芸術家の道を目指す主人公トニオ・クレーゲルの芸術と生活の葛藤を描く。若き日のマンの自画像とも言うべき傑作。
個人的に好きで、たまに読み返すのが本作だ。確か今回で読み返すのは4・5回目くらいになる。
最初に読んだのは高校のときだから、約10年前。何回読んでも同じところで挫折しそうになるし、同じところで感動する。そして読み終えた後には何とも言えない満足感に包まれる。
本作は芸術家を目指すトニオ・クレーゲルの葛藤の物語だ。繊細な彼は自分とは違うスポーツマンタイプのハンスにあこがれ、美しいインゲに恋をする。
彼にあるのは、芸術をしている自分は優れているという自意識と、それでも芸術は世間一般には省みられないという思いからくる劣等感だ。それゆえに自分にないものをもつ、二人の姿にあこがれる。そして二人に認められたいと願う。
だがそういった思いは芸術家の側からは決して理解されない。芸術は高尚であるという高慢な意識を持つ彼らからすれば、トニオは異物な俗人でしかないのだ。トニオはハンスやインゲたち世間の側にも、芸術家の側にも、どちらに所属することも許されない。
本作は芸術と生活の間で揺れ動く葛藤を描いているが、このテーマは別のものに置き換えるのは可能だろう。
自分はどこにもいることが許されないという孤独な感情。これは普遍的なものであり、それゆえに居場所を求める姿は色あせることはない。そしてその姿が僕の心を捉えて離さないのである。
ラスト近くになると、僕は必ず毎回感動してしまう。
トニオはそこでハンスとインゲに再会するのだけど、そこでトニオはハンスとインゲの世界の中に入ることはできないことを明確に悟る。人間的なものを愛し、二人の世界に近付きたくても、それに届くことはなく、そこが自分の居場所でないことを知る。そして、自分が芸術という道を求めざるを得ないということもはっきりと悟るに至るのである。
そんな芸術と生活の二つを願う厄介な戦いを選択していくトニオの姿はあまりに清々しくて、美しい。
今の僕には、最初に読んだときのように、トニオのことをわが事の様に受け入れることはできない。
しかしそれでも、トニオの苦悩と最後の選択の美しさは、いくつになっても僕の心を打つ、読むたびに何度でも。そういう作品をこそ、傑作と呼ぶのだろう。
「トニオ・クレエゲル」は僕にとって、一生をかけ、何度でも読み返していきたい、紛れもない傑作なのである。
評価:★★★★★(満点は★★★★★)
そのほかのトーマス・マン作品感想
『トーニオ・クレーガー 他一篇』(河出文庫)
『トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す』(新潮文庫)
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