内憂外患にあえぐ落日の清朝にあって、ひときわ強い輝きを放った一代の女傑、西太后。わが子同治帝、甥の光緒帝の「帝母」として国政を左右し、死に際してなお、幼い溥儀を皇太子に指名した。その治世は半世紀もの長きにわたる。中級官僚の家に生まれ、十八歳で後宮に入った娘は、いかにしてカリスマ的支配を確立するに至ったか。男性権力者とは異なる、彼女の野望の本質とは何か。「稀代の悪女」のイメージを覆す評伝。
出版社:中央公論新社(中公新書)
特に深い理由もなく本書を読んでみたのだが、想像してた以上におもしろくて、びっくりしてしまった。
読み終えた後は、満足そのものである。
楽しめた理由は3つあるかな、と個人的には思っている。
それは西太后の人生が波乱万丈でそれ自体がおもしろいということ。
そして西太后のキャラが立っているということ。
そして西太后という存在を通して、中国独自の政治手法や、中国という国家が抱え持っている問題点などが透けて見えるということだ。
西太后が生きた時代は、アヘン戦争終了後から帝国主義の侵略を受けるころに当たる。そして彼女の死後、数年で清朝は滅亡している。言うまでもないが、時代の転換期だ。
そういう激動の時代を生きた人だけあり、西太后の人生は下手な小説よりも起伏に富んでいて、読む分には充分楽しい。
俗説ほど華やかではないが、皇帝の后になる過程も平凡なりにおもしろいし、素人同然の方法でクーデターを起こし、27歳にして政治の中枢に近い位置に座る過程も、終始興味を引かれる。
もちろんその後の政治劇や、二人の皇帝をめぐる確執、外圧に対して取った行動など、どの内容も目を引く。
知らなかったことも多く、知的好奇心を満たしてくれるのが良い。
だがそんな起伏の多い人生は、西太后本人のキャラクターがあったからこそ、そこまで派手なものになったのだと思う。
皇帝の后にすぎなかった、西太后はクーデターや東太后の死などにより、国政を完全に掌握することになる。
だが、そんな彼女のやりたかったことが、国の方針を決定していくことではなく、結局のところ自分がいかにぜいたくするかにあった、という点がおもしろい。
この時代だから当然かもしれないけれど、何て身勝手な、とも思ってしまう。
また、開放政策に積極的だった光緒帝を失脚させてからの、西太后の行動は、彼女のキャラクターを象徴していて、苦笑するほかない。
西太后は西洋文化を感情的に毛嫌いしていたはずなのに、、光緒帝を追い落としてからは、それをあっさりと撤回、積極的に西洋文化を受け入れることとなる。文字通りの変節者だ。
そこには彼女なりの深遠な論理があったのかもしれないけれど、この本の著者の主張を読む限り、どう見てもその場の感情で動いているようにしか見えない。
そこには、国家をどうするかという明確なビジョンはないのだ。
そんな西太后を、著者はあとがきで、「わがままで自分勝手で、面子を気にするくせに矛盾した言動をしても平気で、周囲の顰蹙を買いながらもなぜか中心人物になってしまう」という「非常に中国的な」人物と評している。言いえて妙だろう。
言うまでもないが、そんな人が国政の中心にいてはいけない。
だがそんな人物だからこそ、アクが強く、存在感は強烈なのだ。
西太后が行なったいくつかの政治手法は、現代の中国でも使われる面があり、そこから中国という国家が透けて見えるという点もおもしろい。
政敵や有能な部下をいかに追放し、利用するか。権力争いをどのように利用するか。
西太后はその辺りを吟味して、政治運営を行なっていたらしい。
そしてそれは半世紀後に、毛沢東も用いた手法だという点が感心させられる。
西太后という存在がある意味中国的と言える、それは所以かもしれない。
また清という国家体制を維持したまま、西洋の文化だけを吸収しようとする、中体西用の方針に対する指摘もまた刺激的だ。
清においては、そこからシステムの矛盾点が浮き彫りになった。
それは中国共産党が統治する現代においても、何かと共通項を見出せるだろう。
また反日の原点などが西太后の時代に生まれたという事実は、ずいぶん示唆的な意味合いを持っているように僕には見えた。
ともあれ、一皇后の伝記としても充分におもしろいと同時に、社会学的な視点からも興味深い一冊となっている。
知的好奇心を満たしてくれる、非常に刺激的な作品だ。
評価:★★★★★(満点は★★★★★)
やはり最近は、中国が拡大政策をとっているので、反日愛国の中国が怖いというのもあるかもしれません。
まずは敵を知ることが必要とすれば、この本はよい本だと思いました。
この本、おもしろいですよね。学術向きの内容なのに、下手な小説よりもおもしろい。そして中国という国家の一側面がうかがえる点も、読んでいて楽しかったです。
隣国を知るうえで、一つの参考になる一冊でした。