私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『アイヌ神謡集』 知里幸恵 編訳

2006-11-24 20:35:34 | NF・エッセイ・詩歌等


その美しい詩の才能を惜しまれつつ、19歳で世を去ったアイヌの少女、知里幸恵。彼女が死の間際まで手がけた本書には、アイヌ民族の間で口承されていた神謡カムイユカラが13編収録されている。
出版社:岩波書店(岩波文庫)


僕が中学校のとき、国語の教科書に知里幸恵の伝記が載っていた。詳しい内容は忘れてしまったのだけど、若くして亡くなった彼女が死ぬ間際まで気にかけていたという本について、僕は興味をそそられたのを覚えている。
それから十数年経ってしまった。なぜもっと早く読んでおかなかったのだろう、と読み終えた今となっては強く思う。
ここに納められたユーカラはあまりに美しい詩篇だったからだ。

本書に収録されているのは、アイヌ民族の神謡である。そういうこともあり、そこにはアイヌ民族の宗教観や文化などが垣間見える。
僕はアイヌに関する知識はほとんどない。だが、そのアニミズム的な世界は実に興味深いものがあった。

たとえば、語り手の特殊さはどうだろう。この神謡の中で語られるのは神といっても梟だったり、狐だったりする。狩猟民族である彼らと密接に関連するものばかりだ。
そして語られている風景や内容もアイヌ民族独自のもので実におもしろい。たとえば海辺に上がった鯨を海幸と捉える考え方や、鳥は人間の矢を取るために射落とされるという独自の思考法。それは現代人である僕の感覚にとっては新鮮なものばかりで、新しい世界を教えられる思いだ。
その他にも神オキリキリムイの話など、狩猟に関するものもあるし、教訓めいた話もあって、ひとつの民族の豊かなイマジネーションに触れることができる。実に楽しい体験だ。

もちろんそう素直に感じさせた理由は、文章自体のすばらしさも大きいだろう。
有名な「銀のしずく降る振るまわりに」や「石の中ちゃらちゃら 木片の中ちゃらちゃら」といったリズム感や文章の味わいが読んでいてもしっくり馴染むものがあった。

しかしこのユーカラの訳者がこれだけしか残せなかったのは本当に惜しい限りだ。これだけの才能ならば、もっとすばらしい作品を残せただろうに。運命ってのは理不尽としか言いようがない。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)

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