私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『名もなき孤児たちの墓』 中原昌也

2006-11-29 21:00:59 | 小説(国内男性作家)


もし自分が本当に書きたいと思える小説を、才能という限界を超えて書けるのだとしたら、僕なら迷わず「誰の欲望を満たすことの絶対にない」小説を書いてみたいと思う。
書き手の本音をぶちまけた鬼才の短編集。本年度、野間文芸新人賞受賞作。
出版社:新潮社


伊藤たかみ『八月の路上に捨てる』が芥川賞を受賞したとき、中原昌也の「点滅……」が大きな話題を集めていた。ネット上やメッタ斬りコンビはその作品に高評価を与えていたのを覚えている。しかしふたを開けてみれば、選考委員は「点滅……」を完全に黙殺するという結果に終わった。
それで個人的に「点滅……」および中原昌也に興味を持つに至った。「点滅……」所収の本作を手に取ったのはそういう経緯がある。

中原昌也作品が初読ということもあり、最初はその作風をどう捕らえていいかわからなかった。
本書の最初の方には短めの作品が揃っている。その中には文学に対する憂慮、大衆文化の軽薄さへの怒り、暴力やエロスへの傾倒などが感じられて、それなりにはおもしろい。短編ではあるが、優れているなという部分もいくつか見られた。
しかし正直言うと、だから何だ、という気もした。それを書いたからどうだというのだろう、何を読み取れというのだろう。そんな風に感じ、いくつもの短編を読むうちに、段々読むのがめんどくさいとすら感じるようになってしまった。

しかし表題作でもある、「名もなき孤児たちの墓」にたどり着いたとき、それまでの印象ががらりと変わってしまった。ラスト近くの、本音としか思えない告白を読むに至り、不覚にも感動してしまったのである。
「もうこれ以上書く気が起きない」だとか、「誰の欲望を満たすことのない小説を書きたい」だとか、「人を感動させる小説を書くことなど興味がない」だとか、あまりにリアルで切実過ぎる。
この人は文学は嫌いではないはずだ。それは所収のいくつも作品を読んでいれば伝わってくる。
しかし書く側に回ったときに生じる、書くという意味や、それに伴う絶望が、痛いくらいにその告白の中にあふれているのだ。それが僕の心に深く深くしみこんでくる。

「点滅……」も普通に優れた作品である。
落ちがあるのかすらわからなかった短編集と違い、こちらはわかりやすいくらい小説の形を取っていて、しかも構成等も充分に考えられている。やはり登場するラスト近くの心情吐露を読んで、僕は思い切り笑ってしまった。

しかし芥川賞の選考委員はなぜこの作品を黙殺したのだろう。
この作品は、作者の心情吐露になっていると同時に、読み手に自分の書く意味は何かを、問うているような気もする。選考委員は少なくとも、自身のスタンスを説明するためにも、この作品について、言及すべきではなかったのではないだろうか。僕は少なくともそう思う。

まあ何はともあれ、世の中にはこんなスタンスの作家もいるのか、と素直に驚くばかりだ。この世にはいろんなタイプの作品が溢れている、そんなことを改めて思い知らされた次第だ。

評価:★★★★(満点は★★★★★)

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