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夏のはじめのある日、ブラフマンが僕の元にやってきた。サンスクリット語で「謎」を意味する生き物と僕との短い交流を描く。
小川洋子の泉鏡花文学賞受賞作。
出版社:講談社(講談社文庫)
小川洋子は個人的には好きな作家である。その理由は人間の悪意やエロティックな感覚を、静謐な文章で描き上げていることで、その独特な雰囲気が個人的には好みであった。
そういった傾向は初期の作品によく見られたものだが、本作「ブラフマンの埋葬」の中にはそのような初期作品にあった面はさほど感じられない。
どちらかと言うと、『博士の愛した数式』に通じるものがあり、物語世界そのものが基本的には優しさに包まれている。
当然それは僕の好きな小川洋子の世界とは違うため、どこか物足りないものがあった。
しかし彼女の文章は相変わらず静かで美しくて惚れ惚れする。それに物語自体、けっしてつまらないわけではないので、特にむちゃくちゃ不満を感じることはなかった。
物語は、恐らくは日本ではない、別の国が舞台で、ブラフマンと名づけられた不思議な生物との交流が描かれている。
すべての世界を説明しすぎないようにしているために、具体的にブラフマンがどのような生物かはわからない。しかしそのすべてを説明しようとしないスタイルは、死のにおいが漂い、現実からやや浮遊しているような、この世界に合っている。
具体性を省かれている分、個々の関係性だけが浮かび上がるように感じられた。
「僕」と「ブラフマン」の交流は穏やかなものである。そこには過度の愛情も感じられないし、決して押し付けがましいものがあるとも思わなかった。しかしそこにある関係性の描き方も、人間の描き方もとにかく丁寧である。
その丁寧さゆえに、どこか浮遊したような舞台設定ながら、普遍性を強く感じさせるものがあったのが個人的には印象深い。
特にラストの「ブラフマンの埋葬」の描写は見事だ。事実だけを丁寧に描きながら、そこにある「僕」の悲しみを強く感じさせられる。さすがにそこは小川洋子だと思った。
基本的にスケッチのような物語だが、小川洋子らしさの出た作品である。
小川洋子のベストとは思わないし、他にもいい作品はいくつもあるが、これはこれで好きな人もいるんだろうな、と感じさせられた。
評価:★★★(満点は★★★★★)
そのほかの小川洋子作品感想
『完璧な病室』
『博士の愛した数式』
『ホテル・アイリス』
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