私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

サン=テグジュペリ『人間の土地』

2013-05-10 20:07:12 | 小説(海外作家)

“我慢しろ……ぼくらが駆けつけてやる! ……ぼくらのほうから駆けつけてやる! ぼくらこそは救援隊だ! "サハラ砂漠の真っ只中に不時着遭難し、渇きと疲労に打克って、三日後奇蹟的な生還を遂げたサン=テグジュペリの勇気の源泉とは……。職業飛行家としての劇的な体験をふまえながら、人間本然の姿を星々や地球のあいだに探し、現代人に生活と行動の指針を与える世紀の名著。
堀口大学 訳
出版社:新潮社(新潮文庫)




伊坂幸太郎の『砂漠』の中で、『人間の土地』は西嶋に影響を与えた本として登場する。
しかし小説としての評価は作中の人物によると、「面白いのかなあ、どうだろう」というものでしかなかった。

実際僕も以前読んだときは、おもしろいとは思わなかった。

それはまず文章のわかりにくさにある。
具体的なエピソードのときは充分理解できる。だが抽象的な話題になると、詩的で感覚的な表現が目につき、意味をうまくつかめず、理解しづらいのだ。
それにエピソードもバラバラに並べられているようにしか見えず、散漫としか見えない。
それらがすなおに楽しめなかった原因だろう。


今回改めて読み直してみたが、全体的に見て、おもしろいかと問われれば、やっぱり微妙と答えるしかないなと思った。

しかしエピソード単品の力はすさまじく、おもしろい、おもしろくないとか越えて心をゆさぶる。
それはこの作品に出てくるパイロットたちが、命を張って仕事をしているからに他ならない。


二十世紀前半の飛行家たちは常に命の危険と隣り合わせにある。

実際同僚のパイロットが二度と帰ってこないことも当たり前のように起きていたらしい。
レーダーなんて大層なもののない時代だ。山にぶつかったり、海を横断するときに墜落することもあったようだ。
たとえば星の光を空港の灯台とまちがえて飛び続けるなんてエピソードも登場する。そりゃあ遭難だってするだろう。
しかも無事に着地できてもそれが敵地なら虐殺される危険もあるのだ。

しかし文章が淡々としているせいか、絶望と危険の中にあるのに、そういったものに対して麻痺しているようにも見えた。
それが生死を分かつギリギリの場所で戦っている人間の姿を捉えているように見えて興味深い。


作者自身、「ぼくは死を軽んずることをたいしたことだとは思わない」とも言っている。
彼は砂漠に墜落したことがあり、死ぬ寸前までいっているにもかかわらずだ。

だがそれは決して捨て鉢な感情ではないのである。
それは彼が「世界の建設に加担していると感じ」ていることが大きいのだろう。


たとえば本作にはバークという老いた奴隷が登場する。
彼は奴隷という身分から逃れるため、「ぼく」の助けを借り、自分の身を買い戻すに至る。
そうして彼はまちがいなく自由になった。
しかしその結果、待っていたことは、「世界がいかに自分と無関係だ」という事実だった。

バークは「人間たちと関連のある一人の人間になりたい」と願わずにいられなかったのだ。
その欲望を追い続けた挙句、バークは破産してしまう。

そんな彼の姿を見ていると、人は人とのつながりの中に、自分の存在意義を見出すのだということに気づかされる。
そしてそのうながりがあるからこそ、あらゆる困難に立ち向かう勇気が生まれるのかもしれない。

ぼくらが、自分たちの役割を認識したとき、はじめてぼくらは、幸福になりうる、そのときはじめて、ぼくらは平和に生き、平和に死ぬことができる、なぜかというに、生命に意味を与えるものは、また死にも意味を与えるはずだから

作中には上記のような文章が出てくるが、つまりはそういうことなのだろう。
そしてそこから伝わってくるのは、自分が為すべきものへの確信とプライドなのだ。

そのために命をかけて、空に挑み続けるからこそ、彼らの姿は崇高なのだろう。
その気高さが静かに胸に染入るすてきな作品であった。

評価:★★★★(満点は★★★★★)



そのほかのアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ作品感想
 『星の王子さま』

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