私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『星の王子さま』 サン=テグジュペリ

2009-06-20 21:56:29 | 小説(海外作家)

砂漠に飛行機で不時着した「僕」が出会った男の子。それは、小さな小さな自分の星を後にして、いくつもの星をめぐってから七番目の星・地球にたどり着いた王子さまだった…。
一度読んだら必ず宝物にしたくなる、この宝石のような物語は、刊行後六十年以上たった今も、世界中でみんなの心をつかんで離さない。最も愛らしく毅然とした王子さまを、優しい日本語でよみがえらせた、新訳。
河野万里子 訳
出版社:新潮社(新潮文庫)



『星の王子さま』は十代のときに、内藤濯訳で読んだことがある。
だからこの作品がすばらしいのは知っていたのだけど、河野訳で再読してみて、こんなにも心をゆさぶられるとは正直思ってもいなかった。

そんな風に心を動かされたのは、年齢のせいもあろうが、訳の違いも大きいだろう。
実際、内藤訳に比べると、こちらの河野訳の方が、雰囲気がやわらかく、全体的に若々しい。
一文の長さが短いためか、文章のリズムが小気味良く、おかげで語り部である「僕」はどこか意志的な若者であるという印象を受けるし、「僕」や「キツネ」やそのほか登場人物たちの年齢も、話し言葉の影響もあってか、内藤訳よりも若いように感じられる。何よりどの登場人物も女性の訳のためか、優しげだ。
そういった要素が上述の印象を生んだのだろう。

そんな文章がもたらす効果は、この物語のテーマに非常にマッチしていると感じられた。
そのテーマとは、一言で片付けるならば、愛なのである。


この物語の登場人物は、何か、あるいは誰かに対して愛情を抱いている場合が多い。
端的なものとしては、王子さまと花の関係があげられるだろう。
王子さまは花を大事に扱っていたのだが、わがままな花の態度に疲れて、星を出てしまう。だが花の元を離れても、王子さまにとって、その花は何者にも変えがたい大事な存在であることは変わりない。
「トゲなんて、なんの役にも立たない」と「僕」に言われた後の王子さまの言葉はそれだけにまっすぐ響く。
そこからは王子さまの愛情が伝わってきて、胸を打つのだ。


その花のシーンでもそうだが、本作は、何かを、あるいは誰かを愛した瞬間、世界が大きく変わるというシンプルな事実を静かに教えてくれる。
キツネが語っていたように、誰かのために費やした時間が、その世界を美しくするのだ。
それは自分以外のもののために行動する、ガス灯の点灯人のような人にしか気づき得ない世界だろう。
自分の時間を費やしたいと思う相手がいるから、星々が美しく見えてくる。
そしてその感情が、自分を潤してくれる。井戸があることを知っているから、砂漠も美しく見える、という言葉があるが、それはひとつの重要なメタファーなのだろう。
それらの言葉に示される事実はシンプルだけど、実に深い真理だ。


個人的には、砂漠で眠ってしまった王子さまを抱き上げて、「僕」が井戸を探すシーンが好きだ。
そのシーンで「僕」は、花に対して抱いている王子さまの愛情について思いを馳せている。
そして、同時にそこからは、王子さまを大事に扱い、慈しみ大切に扱おうとする「僕」の愛情もうかがえるのだ。その「僕」の優しさが、心に響いてならない。
何より優しさだけでなく、そこからは愛情に伴う悲しみすらも感じられ、少し切ないのが印象的だ。


本作は非常に短く、2時間くらいあれば、読破できる。だが短くとも、読み手の心をつかんで離さない。
シンプルな問題を、易しい言葉で語り起こし、読み手の感情を力強く揺さぶる。
本作は紛れもない傑作だ。再読してその事実を強く再認識した次第だ。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)

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