いたずら好きの小ぎつね“ごん”と兵十の心の交流を描いた「ごん狐」、ある日、背中の殻のなかに悲しみがいっぱいに詰まっていることに気づいてしまった「でんでんむしのかなしみ」など、子どもから大人まで愉しめる全20話を収録した、胸がいっぱいになる名作アンソロジー。
出版社:角川春樹事務所(ハルキ文庫)
むかしの作品ということもあってか、いくつかの作品は非常に童話らしい仕上がりとなっている。そしてそれゆえに極めて愛らしい。
たとえば「手袋を買いに」という作品。これは冒頭からやられてしまった。
「あっ」と叫んで眼を抑えながら母さん狐のところへころげて来ました。「母ちゃん、眼に何か刺さった、ぬいて頂戴早く早く」と言いました。(略)雪を知らなかった子供の狐は、あまり強い反射をうけたので、眼に何か刺さったと思ったのでした。
もうこのシーン、むちゃくちゃ、かわいくないでしょうか。
それでもがんばって、これは子どもが無垢だと思い込んでいた時代の産物なんだぞとか、動物の子供って時点でかわいさを狙って書いてるに決まってるだろとか、そもそも俺、ガキ嫌いじゃんとか、いろいろ自分に言い聞かせて読んだのだが、やはり子狐は愛らしい。
「お手々が冷たい、お手々がちんちんする」って、言われちゃ仕様がないだろう。読んでいて思わずにこにこしてしまう。
そんな自分が、心の底から気持ち悪いと思うのだけど。
「こぞうさんのおきょう」や「一年生とひよめ」も非常にかわいらしい作品だ。
特に、谷川俊太郎も誉めている「こぞうさんのおきょう」が、本作中ではもっとも好きである。
うさぎが教えた歌を小僧が読むところも、檀家の主人がおまんじゅうをくれるところも、ラストの見事な一文も含めて、何て嫌味のかけらも、わざとらしさもない、すてきな物語をつくることだろうか。
読んでいて心がほこほこし、自然と笑みがこぼれてくるからたまらない。
そんなかわいらしい世界観をつくり出しているということは、本当にすごいことだ。
だが、むかしの作品ゆえに、説教臭さが鼻につく作品が見られることは否定できない。
「でんでんむしのかなしみ」のように品よくひかえめに、深いことを語るのならそれでも全然よく、すなおにすばらしいと思える。
だが、「牛をつないだ椿の木」や「疣」のように、語りすぎちゃうとかえって引いてしまう部分もある。
特に「疣」は解説では誉めているけれど、あの一文はない方が、僕としてはむちゃくちゃ魅力的に見えるのだが、どうなのだろう。
だが「疣」の悲しみに関する一文は、新美南吉の作品のキーワードになっていることは確かだろう。
「ごん狐」もそうだが(有名すぎるので、あえて触れない)、「狐」なども読んでいて非常に悲しくなってくる。
そこからは、裏切られることは悲しいことだが、人を裏切らないくらいの強い愛情が悲しみを生むこともあるのだ、という事実を感じることができる。その雰囲気に僕は強く胸を打たれた。
それらの作品からは、新美南吉の優しさが感じられるようだ。
何か散漫な感想になってしまったが、素朴さと、悲しさと、愛らしさを兼ね備えた、優れた童話が多い。
使い古された言葉だが、まさに童心に帰った気分になることができる、すてきな作品集だ。
評価:★★★★★(満点は★★★★★)