私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

三浦しをん『舟を編む』

2015-04-24 22:51:41 | 小説(国内女性作家)
 
出版社の営業部員・馬締光也は、言葉への鋭いセンスを買われ、辞書編集部に引き抜かれた。新しい辞書『大渡海』の完成に向け、彼と編集部の面々の長い長い旅が始まる。定年間近のベテラン編集者。日本語研究に人生を捧げる老学者。辞書作りに情熱を持ち始める同僚たち。そして馬締がついに出会った運命の女性。不器用な人々の思いが胸を打つ本屋大賞受賞作!
出版社:光文社(光文社文庫)




『舟を編む』は、まず最初に映画の方で見た。
非常にすばらしい内容の映画だったわけだが、原作も当然、それに劣らぬできばえである。

物語の中身はすでに知っているのだが、それでも飽きることなく、充分に楽しめる。
それもこれも、映画以上に丁寧な描写がなされているからだろう。



本作は辞書編纂の物語である。
そう語ると、一見内容は地味に見えるが、そこには言葉に対するこだわり、そして辞書編纂という仕事に対して、真摯に取り組む人たちの姿が丁寧に描き上げられているのだ。

その丁寧な描写には、作者の愛情すら感じられ、すなおに胸を打ってならない。


たとえば、主人公の馬締。
彼はややオタク気質のある男なのだが、その偏執的な言葉へのこだわりもあって、辞書編纂という根気のいる作業にも力を発揮していく。
とは言え、馬締自体は、そんな自分の能力には、さほどの自覚もあるように見えない。恋に対しても、不器用を通り越して、朴念仁にすぎるところもあり、読んでいると、にやにやさせられ通しである。
それをユーモアたっぷりに読ませてくれるのがいい。
おかげでぐいぐいと胸に沁み込んでくる。愛すべき男である。


それ以外のキャラクターもまた愛すべき人物が多いのだ。

個人的には西岡が一番好きかも知れない。
彼の何かに熱中もできない屈折した心理や、嫉妬などは理解できるだけに、深く共感する。
加えて、チャラそうに見えて真剣に物事を考えているところなどは胸に響いた。

一見ダメ男に見える男を、こうも愛情たっぷりに描出していることに、すなおに感動する他なかった。


もちろん一冊の辞書完成までの物語もまたすばらしい。
一冊の辞書の完成のために、皆が皆、真剣に熱心に、思いを込めてがんばっている。
その姿は、美しいとさえ言ってもいいくらいだった。
それだけにラストの辞書完成の場面は万感の思いを抱くのだろう。

ともあれ、登場人物たちのそれぞれ思いを強く感じる一冊である。
三浦しをんは、『まほろ駅』シリーズしか知らなかったが、こうもすばらしい作家だとは思いもしなかった。
良質な作品に出合えたという思いでいっぱいである。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)



そのほかの三浦しをん作品感想
 『まほろ駅前多田便利軒』
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伊藤計劃、円城塔『屍者の帝国』

2015-04-24 22:50:29 | 小説(国内ミステリ等)
 
屍者復活の技術が全欧に普及した十九世紀末、医学生ワトソンは大英帝国の諜報員となり、アフガニスタンに潜入。その奥地で彼を待ち受けていた屍者の国の王カラマーゾフより渾身の依頼を受け、「ヴィクターの手記」と最初の屍者ザ・ワンを追い求めて世界を駆ける―伊藤計劃の未完の絶筆を円城塔が完成させた奇蹟の超大作。
出版社:河出書房新社(河出文庫)




はっきり言って、すべての内容をちゃんと理解できたか、と言われたら疑わしい。
人物の利害関係や目的はわかりにくいし、ストーリーも幾分混みいっているからだ。

加えて淡々とした文体のため、頭にすんなり沁み込んでこないところもある。
戦闘シーンなんかはあっさりし過ぎて、いまひとつ緊迫感に乏しい。

しかし屍者復活が可能となった世界という設定のおもしろさ、著名な人物がたくさん登場し、それを惜しげもなく物語に投入する様には読んでいてワクワクした。

物語の広がりも豊かで、格の大きさを感じる小説、ってのが本作の率直な感想である。



ホームズの相棒としても有名なジョン・ワトソンは諜報員としてアフガニスタンに潜入する。
本作はそんな出足で始まる。

まず屍者が労働者や戦闘員として使用されている、という設定がおもしろい。
個人の尊厳とかってどうなるのだろう、って気もするけれど、それが当たり前の世界となって、現実の歴史に干渉している様などは興味深く読んだ。
こういう発想ってとってもユニークで、それを味わうだけでも楽しい。


それに登場人物のぶっこみかたもおもしろいのだ。
まず最初の展開で、アレクセイ・カラマーゾフが出てきて、びっくりさせられた。裏表紙のあらすじはあえて読まなかった分、驚きは大きい。
さながら『カラマーゾフの兄弟』の続篇を見せられるような気分になって、ワクワクさせられる。

ほかにも敵が、フランケンシュタインの造形したザ・ワンという設定もおもしろかった。


物語はその後、アフガニスタン、日本、アメリカと舞台を移しながら、活劇調で進んでいく。
日本史が好きなだけに、日本を舞台にしているところは目を引いた。
個人的には、山澤の示現流を思わせる剣術などは魅せられてしまう。



最後の方ほど、話はややこしくなり、頭がパンクしそうになった点は否めない。
しかしザ・ワンと、とある人物との意外な関係や、人格に影響を及ぼす菌株など、様々なアイデアがあまりにユニークで、その発想の豊かさには感服する他ない。
理解しきれない部分は多いけれど、展開を追い、世界を味わうだけでも楽しめた。
ともあれ、才筆二人の豊かな発想世界を堪能できる作品と感じる次第である。

評価:★★★(満点は★★★★★)



そのほかの伊藤計劃作品感想
 『虐殺器官』
 『The Indifference Engine』
 『ハーモニー』
 『メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット』

そのほかの円城塔作品感想
 『道化師の蝶』
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「アメリカン・スナイパー」

2015-04-24 22:49:41 | 映画(あ行)
 
2014年度作品。アメリカ映画。
アメリカ軍史上最強の狙撃手と言われた故クリス・カイルの自伝を、ブラッドリー・クーパーを主演に迎え、クリント・イーストウッド監督が映画化した人間ドラマ。過酷な戦場での実情や、故郷に残してきた家族への思いなど、ひとりの兵士の姿を通して、現代のアメリカが直面する問題を浮き彫りにする。
監督はクリント・イーストウッド。
出演はブラッドリー・クーパー、シエナ・ミラーら。




タイトルに「アメリカン」とついているからかもしれないが、アメリカの問題点がにじみ出たような映画だった。
具体的に言うと、正義の押し付けというべき、アメリカの起こした戦争と、それに伴う兵士たちのPTSDの問題である。
その描写が何かと考えさせられる一品だ。


舞台は2003年より始まったイラク戦争だ。
日本人の僕は、アメリカの側にも、イラクの側にもつかない中立的な立場にいる。
だから本作で描かれるイラク戦争は、アメリカの視点に依っているとは言え、双方が愚かしく、まちがっていると感じた。

とは言え、イラクの側には幾分同情せざるをえないというのが本音である。

クリスをはじめとしたアメリカ兵士たちは、イラク人を殺害するとき、何かと言うと、そうしなければ海兵隊がもっと多く死んでいた、と言っては自分の行為を正当化する。
だけども、イラク人の住まう領域に侵攻していったのだから、命を狙われるのは当然だろう、と僕としては思ってしまうのだ。
それだけに彼らの正義に鼻白む気持ちは強い。

本作はその手のアメリカの価値観が存分に出ている。もう臆面もないくらいだ。
それだけに、本作は実のところ、イラク人を無残に殺すことで、婉曲的にアメリカのやり方を皮肉っているのでは、という気分にもなってくるほどだった。


そんなイラク戦争で、クリスはスナイパーとしてたくさんの戦功をあげていく。

だが子供や女を射殺し、戦場で命の危険にさらされていくことで、精神的に苦しんでいることはまちがいない。
クリスは何回かアメリカに帰国してはいるのだけど、平和なアメリカにあっても、物音に敏感になる描写が散見される。
彼はつまり、かなり早い段階から、PTSDの症状を発していたということだろう。
加えて、身重の妻を残して戦場に行くことで、家族の仲もぎくしゃくしてしまっているのだ。

戦争の罪は、戦場での死傷ばかりにあるのではない。
戦争にかかわる人々の、予後の生活にも影響を与えることもまた、戦争の罪の一つだろう。
本作は、そのような事実を伝えていて、痛ましく感じる。


そんな彼だからこそ、帰還兵のケアに当たることになる。
だがそれが原因で、病んだ帰還兵に殺されてしまうのだから、皮肉としか言いようがない。
しかも殺された方法が、彼の得意武器である銃というからやるせない。
主眼は戦争の映画だけど、銃もまた、アメリカの病理の一つなのだな、と、「アメリカン」の名のつく映画なだけに、つくづくと考えてしまう。

そんな社会的な病理と、それに苦しむ個人の姿が印象的である。
イーストウッドらしい骨太な作品であった。

評価:★★★★(満点は★★★★★)
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アレクサンドル・プーシキン『スペードの女王・ベールキン物語』

2015-04-24 22:37:13 | 小説(海外作家)
 
工兵士官ゲルマンは、ペテルブルグの賭場で自分のひき当てたカルタの女王が、にたりと薄笑いしたと幻覚して錯乱する……。幻想と現実の微妙な交錯をえがいた『スペードの女王』について、ドストイェーフスキイは「幻想的芸術の絶頂」だといって絶賛した。あわせて『その一発』『吹雪』など短篇5篇からなる『ベールキン物語』を収める。
神西清 訳
出版社:岩波書店(岩波文庫)




訳者の作品が青空文庫にあるほどだから当然だが、なかなか古風な文体である。
しかしそれが古典的な作風の物語とマッチしていて、興味を引いた。


まずは表題作の『スペードの女王』。
これはいい意味で、古典的な内容の作品だ。言ってしまえば、これはもう因縁話なのである。

伯爵夫人が賭けに勝つための方法を知っていると聞いたゲルマンは、自分の我欲のために、不幸なリザヴェータの心を弄び、伯爵夫人の死の原因にもなった。
ゲルマンの行動ははっきり言って思いやりがない。
そんな彼に最後訪れる呪いのような展開は、まさに勧善懲悪、因果応報ってやつである。

それははっきり言ってベタで、古典的な流れである。
だがそれでもお話としては、そこそこおもしろかった。不満はあるが、これはこれでありである。



『ベールキン物語』の中では、『その一発』がおもしろかった。

侮辱を受けたために、凝った方法で復讐をしようとするシルヴィオ。
その復讐のためなら、勇気が足りないように見えても辞さないらしい。
しかしそれでいて、狼狽した姿だけ見て満足するあたり。どこか悪人でもない、人間臭さもある気がした。


『駅長』は実にひどい話である。
若い士官は確かに娘を大事に扱ったかもしれない。
だけど、父親に対する態度はあまりにもひどすぎる。娘をさらった上、尋ねてきた父親を追い出すなんて、人でなしと言ってもいい。
だけどこの手のことは当時、いろいろあったのかもしれない。
ラストは個人的に、幸福感には程遠い、そこはかとない絶望を感じた。

評価:★★(満点は★★★★★)
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