蓮華の咲き乱れる野原で生まれ

いままで継続して日記を書くことのなかった「わたし」が、また継続できないことを予感しつつはじめる日記です。

ゆるければよいというのか

2009-08-21 01:04:02 | diary
この2~3日、いろいろとゆるいネタが舞い込んできて。

http://kagonekoshiro.blog86.fc2.com/
これはmixiだかyahoo!だかで紹介されてたんだっけな?
決算とかヒートアップしたときに助けられそう。

http://ameblo.jp/panda-sensei
これは内容がとても充実している。
さすが先生。

↓戸塚に住む上司に教えてもらったのだけれど、こいつはひどい。ゆるキャラの枠をはみ出してる。
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20081111_totsuka/
http://www.city.yokohama.jp/me/totsuka/koho/pdf/p0906/0906hyo.pdf#search='戸塚 ウナシー'
「紹介しているところ」ではすでに梨を放ってしまっているじゃないか。
笑みを禁じえない。
名前はウナシー。牛と梨から。
なぜ牛なのか。
戸塚区が横浜市内でいちばん牛が多いから。
なぜ市内で区ごとの牛の数を比較する必要があるのか?
それは誰も教えてくれない。

戸塚には「とつか再開発くん」というマスコットもいるという。
デザインが好みでないのでここには載せないけれど、顔の面積が4.3ヘクタールというつわものだ。
横浜市戸塚区、ポテンシャル高し。

無事ですよ。静岡の地より。

2009-08-11 23:44:14 | diary
震度6弱ってのは初めて経験する揺れだった。
阪神大震災のときは八王子にいたし。
7時すぎ、心配してやいないかと実家に電話したところ、「あー、地震か。こっちもあったみたいやわ。まだ寝てたわー…むにゃむにゃ」と。
14年前とは立場の逆転したやりとりに“これでちょっとは親孝行できたかな”と思った。


 度々度々怒怒怒弩弩ッ度度々ーーーーッ

ジェットコースターで急降下するような衝撃と揺れにゃ驚いた。
でも、時間が短かったからか。揺れかたの問題か。
昼過ぎにはまったく変わらぬ街の様子。車はフツーに走ってるし、道行く人は雨を鬱陶しそうにしながら傘さして歩いている。

馴染みのバーのマスターが大切にしているボトルたちは無事だったろうか。見舞いにいく。
グラスがいくつか割れたくらいで済んだらしい。よかったよかった。
しかも、グラス代も地震保険がきくらしい。なかなかちゃっかりしとるやないか。

ああ、霧雨の降る。煙るように。
ラフロイグのアマンティラードカスクに揺れる頭で、とりあえずの無事を知己に伝えたく、なんとなく日記を書いてみる。

キウリ跨りかえってこい

2009-08-05 21:08:25 | diary
今朝、会社の夢をみていた。
職業柄、不規則な生活と深夜残業がつづいており、「こんなことしてたら寿命も縮まるわ」といった愚痴を仲間内とこぼしている。
ふと見ると、そのなかに3年前の夏に亡くなった所長がにこにこ笑っている。
“あ、オレのこと言ってる?”というような照れ笑い。
「おまえは。ほんまに死んでまいよって」と私は毒づく。
中途採用であったにもかかわらず、現場所長という責任職を与えられるようになったことを誇りにしていたあの男。
面倒見がよく、世話になった。
くさったなすびみたいな顔をくしゃくしゃにして笑っていた。

榛原の田舎家に遊びにいき、筍掘りやバーベキューなんかをした。
奥さんの手作りレモンパンが美味かった。
そのとき、4人の子どもを持つこの男は語った。
「お母ちゃんのアレはなぁ、オレでもまだわからん。ほんとに不思議だぞ~」
そいつが死に、私の心に残した言葉はそういうものだ。

一年後、お母ちゃんが逝った。若々しくて美人だった。
葬儀は田舎の大きな家だった。みんなポロポロポロポロ涙しながら、「あいつが呼んだんだな。ほんと、母ちゃんがいないとダメな寂しがり屋だったから」と言っていた。
哀しくて、哀しくて、それでも心安らかな葬式だった。
向こうで二人、また子作りでもしてるのだろうか。現世の子どもたちが見たら泣くぞ。

線香あげにいかなくちゃな。
3年が過ぎ、ようやく私もあの男のことを書くことができた。
時が経つというのはそういうことなのだろう。