劇場彷徨人・高橋彩子の備忘録

演劇、ダンスなどパフォーミングアーツを中心にフリーランスで編集者・ライターをしている高橋彩子の備忘録的ブログです。

文楽問題がピンと来ない方々へ ~橋下市政下で揺れる文楽~

2012-07-13 04:23:35 | その他
今、文楽が、本拠地である大阪市で、揺れに揺れていることはご存知でしょうか?
文楽は大阪で育まれた歴史をもっていますが、実際には大阪行政の直属機関でも持ち物でもありません。
ただ、補助金を国のほか、大阪からもらっています。
ちょっとそのことを走り書きですが書こうと思います。きちんとした論考ではありませんので、あしからず。

※私は文楽の関係者ではありません。ほとんどは自身が観客として見聞きしてきたこと、
 あとはライターとして手順を踏んで調べたことを書いています。

なお、短いですが、先月、私が書いた『アエラ』の記事もお読みいただけたら嬉しいです。



■文楽を巡る橋下市長の追及

そもそも、文楽公演を支えるのは(1)「文楽協会」、(2)「技芸員」、(3)「日本芸術文化振興会」です。
(1)は技芸員たちに給料を払う立場であり、地方公演などを運営します。大阪から補助金を得ているのはここです。
(2)は実際に文楽の上演をする、太夫・三味線・人形遣い
(3)が、文楽を観ることの出来るメインの劇場である東京の国立劇場と大阪の国立文楽劇場の運営組織です。

この3者が実際にはかかわり合って公演が行われているのに、十分な連携がなかったのは文楽の問題点で、
文楽の技芸員にとっても不便なことだらけのはず。
その辺りの改革を、(1)に対し補助金の一部を出している大阪市長の橋下側から求められていること自体は的外れではないのですが、
一方で当の市長は、この三者を混同し、「文楽側」とひとまとめにし、
当事者との話し合いや調査がきちんとなされぬうちからツイッターや会見で、
「既得権益」と「特権意識」にまみれた団体であると、言葉も様々に攻撃してきました。
それが、文楽の問題を広く周知させることとなりました。ただし、多分に感情的に、そして間違った情報や偏見も一緒に。

橋下市長のコメントの変遷を含めた経緯についてはある程度、
演劇評論家の犬丸治氏のHP「橋下徹と大阪「文楽」問題を憂う」に詳しく書かれていますのでぜひご一読を。

文楽は東京の国立劇場の観客の入りは9割ほどなのですが、大阪では5割強。
大阪の国立文楽劇場は東京よりも劇場サイズが大きいためしかたがない面もあるのですが、
この「客が入っていない」というのが、文楽に対する批判の大きな根拠になっています。

ただ、文楽には、興行としての側面と、文化財としての側面の両方があります。
なにせ300年続いて来た伝統芸能で、ユネスコの世界無形文化遺産なのですから。
しかし、橋下市長は“稼げない文楽は価値がない”といった勢いで糾弾しています。

文楽の価値を考える上では、
1、文楽未見だという小田嶋隆氏の文&イラストの、とっつき易いコラム『人形遣い”の器量は、分からないもので分かる』
2、二匹の猫が対話方式で問題を論じた、バチ当たり舞台評判記「大阪市長・橋下徹の文楽批判は文化の否定そのもの」
がわかりやすく、とても示唆的でしょう。

ちなみに、アエラにも書きましたが、文楽は5億円以上の公演収益をあげています。
それでもなお赤字だという現実については、色々と考えなければならないところなのですが、
決して補助金のみに頼って甘えているわけではありません。

市長は最近も「どれだけ有名な俳優さん、演技上手の俳優さんを集めても、脚本や演出がまったくだめなら、誰も観ない。
文楽に欠けているのここだと思う。文楽がエンターテイメントになっていない」
「文楽は//世界発信もできるであろう。しかし今のままの演出ではダメだろう」と書いたため、
プロデュースはともかく脚本や演出について口を出したことに、ファンから批判の声が上がりました。
文楽の演出や内容に関しては、世界無形文化遺産として、世界各国で賞賛されているものです。
新作の必要性を説くだけならまだしも、従来ある舞台の演出や脚本について、
文楽を一度観ただけで二度と見ないと語った市長に、きちんと語る資格はあるのでしょうか。
実際、文楽の世界発信ということで言えば、国際交流などで行われていますが、
興行として成り立たせるには、運搬や宿泊にかかる費用の問題などを乗り越えなければなりません。
上演した後、使ったものの一部を持ち帰ることができず現地の施設に寄付することもあるほど大変なようです。

市長はまた、文楽を実際にやる技芸員には現時点で何の決定権もないのに、文楽協会のプロデュースほかを叩くのみでなく、
「技芸員は身分保障の公務員」「何故文楽が衰退したのか。それは技芸の意識である~」と書きました。
実際には若い技芸員は薄給なので、公務員に例えるのは妥当ではないのです。
それがわかると今度は市長側は「技芸員は全員、人間国宝含め、給料を公開せよ」と要求し始めました。
くどいようですが、文楽は市のものでもなんでもなく、補助金の一部を出しているだけなのですから、
補助金がちゃんと行き渡っているか、おおまかな配分を確認する以上のことは、越権行為です。

ところで、市長はツイッターで文楽協会への助成金を「1億」と書き続けています。
私は市と府と併せても「7270万2000円(大阪府20702000円、大阪市52000000円)」ではないかと、
市長にもツイッターで問い合わせましたが、数字が修正される気配はありません(大阪市発表の文書は私の言う数字です)。
また、大阪の文楽劇場の入りが平均3割としていますが、これもどの数字でも公式なものは「5割強」です。
影響力ある市長のツイッターでこの二つの数字が、
インパクトのある誤ったものに置き換えられていることには驚きを禁じ得ません。


■突然の「面談拒否」事件、そして、今

文楽協会の実態が不透明だから、補助金を出すならそこをクリアに…というのが、
橋下市長の要求のうち、私も的を射たものだと感じることの一つだったのですが、
既述の通り、 市長は技芸員や、演出などの内容にも、批判をし始めました。

6月27日には市長は、ツイッターで文楽側から「ヒアリングを拒否された」と怒りをぶちまけましたが、
翌28日に市のHPで補助金を暫定的に出すとし、翌29日に会見で2日前にツイートした件とおぼしき話を持ち出して、
「人間国宝(竹本住大夫さんのことと思われる)が面会を拒否したから補助金全額カット」と補助金についての前日の決定を覆し…と、
1日単位で事態がころころ変わる(しかもなんだか奇妙な時系列で)出来事もありました。
なぜ解決を模索する前に、世間にセンセーショナルに広めるのだろうとも不思議でなりません。
対する文楽協会は、まともな反論すらできる組織ではないので、新聞は市長の発言をそのまま報じるばかりです。
そもそも住大夫と橋下市長は市長の府知事時代も含め、2回会っています。
「敷居が高い」との市長の言葉に住大夫が「敷居削っとくから予算削らんといておくれやす」と答えた時には話題となりました。

どうやらこの面談拒否の真相とは文楽協会のほうが、
既に何度か、技芸員の一部と協会の人間とで市のヒアリング(市長とではない)に応じてきたことから、
最長老とはいえ実際的な運営や金の流れのことを知るわけではない人間国宝の技芸員を今出す必要はないと判断し、
勝手に(?)断ったらしいのですが、これは住大夫にとって寝耳に水の話で、
住大夫は「わたしは聞いていない。かねて言っている通り、話したい」と答え、
住大夫を含め技芸員複数で市長との話し合いに臨もうといった方向でまとまりつつあったようです。
しかし、ディベートに慣れた市長と文楽の技芸員が討論できるのか……?という心配からか(もっともな危惧です)、
技芸員側が非公開でと申し入れたところ、市長が、「完全公開でないとやらない」「公開か非公開かは市民を代表する僕が決める」と拒絶。
というのが、表に出ている、今回の騒動のあらましです。

この話し合いが結局どうなるのだろうかと心配していたところへ、
昨日(12日)、住大夫が急病で、7月下旬からの公演を降板されました。
軽い脳梗塞の可能性があるとのこと。2~3週間は入院なさるようです。
住大夫は87歳ですが、ずっと皆勤賞をもらってこられたのを誇りにしておられる方で、
この時期の降板はさぞやご無念であることと推察します。

ともあれ問題の解決と、住大夫の一日も早い快癒を望んでやみません。

長くなりましたが、少しでも何が問題でどうこじれているか、関心を寄せていただけたら幸いです。
文楽の問題とは、文化とは何か、それをどう残して行くか、その試金石でもあると思うのです。
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