●○-風吹く街で-○●

簸川平野のど真ん中「風吹く街で...」
恵みに生かされてるクリスチャンぴーちの日記です。

迷子の羊物語Ⅰ

2008年06月23日 | 家族


私は、「まねごザル」と言われています?ので、あるブログで書いてらっしゃるように、私が体験したいろいろな経験を、ゆっくり綴っていきたいと思います。
私なりの特殊な経験もありますし、未だに意味のわからない体験もしましたが、今は主にあって、全てを含めて感謝しています。


私が、聖書に一番始めに出会ったのは、物心ついた頃…小学校低学年頃だったと思います。

母が留守の日だったと思いますが、私はタンスの扉にぶら下がって、ギコギコ遊んでいました。
当然の如く、後に扉は壊れましたが…(笑)

その時、タンスの奥の方に隠してあるように、聖書と十字架がありました。
リアルなイエスさまの処刑された姿の十字架です。

小さい聖書を眺めてみると、意味のわからないカタカナが並んでいたのと(今思えば、マタイによる福音書の1章の系図でしたね)、隠してあったことに、何か神秘的な感じがしたので、母にも尋ねることなく、数年が経ちました。

聖書と十字架には、秘密めいた感じがしたのですが、ちょっとだけ、憧れのような気持ちにもなりました。

後で聞いた話によると、それは母が入院していた時に、隣におられたおばあちゃんがカトリックのクリスチャンで、一緒に行った時にいただいたようです。
当時は、母の病気はすぐに治る病気ではなくて、長期養療が必要でしたし、まだ稀に亡くなる人もいたので、母も何かを求めていたのでしょう。

その後、私は聖書ともイエスさまとも関係の無い世界で、わがまま放題に生きて大きくなりました。


当時の思い出は、父が酒乱で怒なり、母が父をののしって、怖くて怖くて…ご飯が喉を通りませんでした。

私は小学生の低学年で、すでに自殺を考える、と言う内面に暗さを持った子どもでしたが、学校ではしっかり者の明るい子と思われていたと思います。

あまりに両親が仲が悪いので、みせしめのために、私が死のう!と言った生意気な理由でした。

成績表には、いつも「積極的で明るく…」と書いてありましたが、ただの、でしゃばりとも言いますね(^^ゞ
(今と一緒じゃんか!とツッコミを入れないでね)

そして、両親に対する鬱憤を妹にぶつけていると言う、最低な人間でした。
プライドも高く、友達が私よりも成績が良くなって来ると、悔しくて悔しくて涙が出ました。

高学年になると、腹が立った時の制御ができなくて、「私はいつか人殺しになるんじゃないか?」と悩みました。同時に怖い夢もよく見ていて、何かとても…何もかもが不安でした。

「自分はダメだ!」と言う思いと「ダメだ!と思われたくない!」と言う二面の中にいました。

そして、多感な時期…中学生になります。
…つづく。。。


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