Hei!(「ヘイ」って読んで「やあ」って意味)~義務教育世界一の秘密

義務教育世界一の国の教師養成の実態を探る旅。フィンランドの魅力もリポート!その他,教育のこと気にとめた風景など徒然に。

なぜ大学生は卒業論文を書くのか

2007年03月14日 | Weblog
3月10日に県立美術館講堂を使って卒業・修了論文の発表会が行われた。今年度は,全ての学生の発表が終わった後に講評を行う役目になった。そこで,「なぜ大学(院)生は卒業(修了)論文を書くのか」について話すことにした。話したことをここに,備忘として書き留めておきたい。テープを元に書き起こしたわけではないので一言一句正確ではないが,記憶を元に再現すれば,だいたいこんなことだった。
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最初に,この発表会にご臨席賜りました保護者の皆様,市民の皆様,また先輩・後輩の皆様,ご多忙の時季にご臨席賜り,心よりお礼申し上げます。

今日発表をした卒業生・修了生の皆さん,大変お疲れ様でした。研究を行い,論文を執筆するという作業は,これまで経験したことのない,大変な作業だったと思います。1万字を超える文章を書くというだけでなく,何よりその文章に論理的な一貫性を持たせるということ,根拠のない思い込みを排除し事実を元に判断するという手続きは,予想以上にしんどいことだったのではないでしょうか。そんなしんどさを教員の一人として知りつつ,また,後からは何とでも言えるとも同時に思いつつ,やはりここでは,研究を行うということや論文を執筆するということについて手短に話してみたいと思います。

さて,すでに卒業・修了作品の展示室をご覧になったでしょう。実は私,その展示室で研究や論文を考える上で示唆に富む面白い作品を見つけました。増田君の作品『錯視を利用したデザインの提案1』(写真)です。何が面白いかってこの作品,引き出しの上辺と下辺との間隔が,右に広がっていたり左に広がっていたりするのです。こんな複雑な形,つくるの大変だったろうなぁなんて思いながらずっと,そしてじっと見ていると,普通の引き出しのように上下左右が平行対のように見えてきたりもする・・・あれ?なんだこれは?と思ってしまいます。

実はこれ,普通の引き出しと同じように上下左右の平行対でできているのです。なのに,そうは見えない。この不思議はどうも,引き出しの表面に錯視をもたらす白黒のペイントを纏ったことによるもののようです。

全く平行には見えないのに実は平行である。このように,眼に見える現象の裏に潜む意外な真実を明らかにするためには,立証という作業が必要になることはよく知られています。この場合で言うと,引き出しの上下間の長さつまり高さを測定することは,一つの方法でしょうか。そのことによって,眼に見える事実が真実でないことを証明することができる。

翻って考えると,我々の周囲には,まるでこの引き出しのように「こうだと思いこんでいるけれども,真実はそうではない」こと,「現象的にはこう見えるんだけれども,真実はそうではない」ことが少なからず存在します。また,その他全くあるいは一部分かっていないことにも多数囲まれています。

これらのことを感覚的になんとなく分かったつもりになって安心しているのではなく,論理的に明らかにし真実を見抜くこと,そのために事実を元に判断すること,これが研究という作業です。また,その筋道・論理を明らかにした文章が論文です。

さっき述べた「立証」という作業は,ある意味裁判に似ていると言った方がわかりやすいのかもしれません。今回皆さんが論文執筆の中で行った判断が,裁判で一人の人間を有罪にしたり無罪にしたりすることと同様の重みを持ったものであったとすれば,皆さんが今回示した判断の根拠には十分な力があったかどうか。そんなふうに論文を見直してみると,更なる課題が見つかってくるのかもしれません。

卒業論文・修了論文の執筆が全国の大学生・大学院生に遍く求められるのは,大学学部・大学院という高等教育機関に学んだ者には,先入観や偏見,勝手な思い込みや感情に惑わされず,確かな事実を元に冷静に判断する能力や態度が求められているからです。だから論文執筆とは長い文章を書くことではなく,「きちんと考える訓練」であり,「真実を見極める訓練」に他ならないのです。

今回皆さんが行った研究と論文執筆は,そういった訓練の始まりでした。今はスタート地点です。これから論文を書く機会のない人がほとんどかもしれませんが,事実に基づいて冷静に判断しなければならないことは,これからの人生において幾度となく訪れるでしょう。その度ごとに今回の論文執筆の時のことを思い出し,より確かなものにグレードアップしていってほしいと思っています。

ますますの発展を祈念しています。本日はどうもありがとうございました。
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