goo blog サービス終了のお知らせ 

五里霧中

政治家や文化人など世の中のバカ退治! もいいけどその他のネタも・・・

稲川淳二の怪談 ねんねこ坂

2009-09-21 22:17:32 | 心霊・怪談

 

ことの始まりというのは、ある年のね、夏に入る前だったんですが、

私のツアーにも毎回、きてくれる人なんですけどね、

その人から

「面白い場所があるから、行ってみたらどうだ」

って連絡、もらったんです。

この人も大変に、まあ、日本中あっちこっちへと行く方で、

珍しい場所を見つけたりするのが、好きな人らしいんですがね。

彼の家を訪ねて、場所聞いて、行ってきました。

場所はね、千葉県なんですよ。

千葉県っていうのはね、まぁね、ご存じの方もいらっしゃるとは思うけど、

海沿いにはねぇ、道路もある、鉄道も走ってるんですがね、

千葉県をこう中央を突っ切る道路、鉄道ってないですよね。

で、結構、山が深いんですよ。

不便なところがわりとあるんですよ。

そんなところの、ある場所なんです。

行ってみたらね、これが妙なんですよ。

っていうのは、車1台がやっと通る様なね、長くてきつい、上りの道があるんですよ、山の道。

その暗い道を、どんどんどんどん、どんどんどんどん、上がっていくんです。

するとね、やっと頂上に出るんですが、

そこにね、廃墟になったラブホテルがあるんですよ。

いつ頃建ったもんなのか、いつ頃その営業を止めたもんか分かりませんがね。

不気味なんですこれが。

大体、なんで、こんなとこに、建ってんだろうと思ってね、町からは随分遠いんですよ。

途中に明かりはないし、民家がないんですよ。

こんなとこまで、くるかな~って思うわけですよ。

そんなとこなんです。

でも、そこにホテルがあるんです、確かに。

で、この峠の先は、きつい下りの坂が続くんですよ。

この坂がやっぱり車1台がやっと通れるくらい、狭い坂でしてね。

すごい急な傾斜を下っていくんですが、つづら折りというやつで、ジグザグになってるんですよ、道が。

一方は、すごい崖ですよ、断崖の崖が、ずーっと続いてる。

で、もう一方はっていうと、谷なんですよね。

もう絵に描いた様なところ。

上の方は、鬱蒼とした山なんですよね。

で、ここが暗いんだ昼間でも。 

で、このながーい坂道の途中、車と車がすれ違えるように、

こう車道のね、幅を広くした場所が、3カ所位あるんですよ。

そこにね、不思議なことに、この長い坂道の途中に、公衆電話ボックスがあるんですよ。

しかも、ちゃんと使えるんだ。

だけどね、そこには、全く民家なんてないんですよ。

明かりもないくらいなんですよ。

車が、ほんとたまに通るだけ。

人はいないし、一体この公衆電話、何のためにあるんだろう、

一体、誰が使うんだろうってね、ずっと気になってたんですよ。

何で、こんな場所にあるんだろうって。

しかもね、今時、皆さん、携帯電話があるじゃないですか。

町中なんかずいぶん、公衆電話なくなりましたもんねぇ。

なのに何故、こんな場所にあるんだろう。

気になったんでね、あれこれ調べたんですよ。

そうしたらね、ま、地図にはない名前なんですが、昔、土地の人はここを

「ねんねこ坂」

と、呼んだっていうんですよ。

ハテナ?

と、思った。

実はね、それ私、知ってるんですよ。

っていうのはね、静岡県の東部なんですが

「ねんねこ坂」

ってあるんです。

ただ行ったことはないんですがね、話は聞いたことがある。

それはどういう話かというとね、

その昔、凍てつく冬の闇の夜にまぎれて、遠くに向かう険しい山道を、夫婦が逃げてきた。

亭主はヤクザ者で、人を殺めて追われる身。

女房はその後を追って、ついてきた。

女房は背中に、ねんねこで赤子をしっかりと結ぶ。

灯りも持たずに、きつい坂道を上がってきたもんですから、

足は傷だらけで血にまみれ、おまけに赤子を背負ってのことですから、

息も絶え絶えで、峠までついたんですが、そのままストンと座り込んじゃった。

足はもう棒のようで、一歩たりとも歩けない。

その先はっていうと、急な下り坂がずーっと続いてる。

女房が苦しい息をしてると

「さぁ、あとはもう下るだけだ」

と、亭主がね、先を急がせる。

せかされた女房も、立ち上がってはみたんですけど、

足がふらついて思うようには歩けない。

それでも闇に包まれた急な坂道、女房は一歩一歩とね、ふらつく足で歩こうとしてた。

それを見た亭主が、こいつと一緒じゃ、この先、なにかと足手まといになるに違いない。

この坂道を下って、無事逃げ切れりゃ、

またこれから、どんないい思いができるか分からない。

そうなると、こっちが邪魔になってくる。

いっそのこと、赤子もろともここで殺してしまおうか、と考えた。

そんなこととは知らない、この女房の方は、

急な坂を一歩一歩、赤子をかばうようにして下りていった。

そんなとき、あろうことか、このヤクザ者の亭主が、

その女房を後ろから、力任せに蹴ったからたまんない。

女房は、頭っから急な坂道をゴロゴロゴロゴロと、転げ落ちてった。

女房はね、とっさに、子供を助けようと思うんですけど、

勢いづいて転がっているし、

子供の方は、ねんねこでしっかりおぶってるもんですから、体から離れない。

ガラガラガラガラガラガラゴロゴロゴロゴロ

転がる度に、女房の背中の下で、押し潰された子供は

「うぇっ、うぇっ」

と、血を吐いて、みるみるこのねんねこを、赤く染めていくわけだ。

女房は、もう死にものぐるいで、凍てつく坂道に、ガッと爪を立てるんですが、

バリバリバリ、っと生爪がはがれて、腕といい、顔といい、

散々にぶつけたもんですから、血にだんだんだんだん、染まっていく。

血に染まりながら、女房は谷底にガラガラガラガラ、落ちていく。

悲しい女房の悲鳴が、暗い谷底に落ちて行った。

それ以来、この赤ん坊と母親の血を吸った、怨念の坂道、

ここを通ると谷を吹き抜ける風に乗って、

時折、悲しい女の悲鳴と、狂ったような赤子の泣き声が聞こえる。

そんなことから、この土地の者は

「ねんねこ坂」

と呼んでいる、そんな話です。

時が流れて、時代が経ったんですけどね、

不思議なことに、この坂道を通る車が、原因のわからない事故を起こすって言われてるん
です。

急に車が止まってしまったり、ブレーキがきかなくなったりして、

崖にぶつかったりするということが、あるっていうんですよね。

でね、そのとき

「待てよ、その話って、もしかすると、静岡ではなくて、千葉県のこの場所じゃないか」

と、思ったんですよ。

それで、調べてみたんですよね。

そうしたら、面白い話が聞けたんですよ。

と、言うのは、いつの頃からか、定かじゃないんですが、

峠にあるこのホテルから、深夜、カップルが車でもって、この急な坂を下りてきたんだそ
うなんですよ。

それは冬のことだったんですがね、

車が、そのきつい、つづら折りの道を、ずーっと下りてきた。

その途中までくると、なぜかエンジンが止まっちゃう。

いくらキーを回しても、ピクリともエンジンは動かないんです。

男の方は携帯を持ってたんで、

これでJAFでも呼ぼうかと思ったんですが、電波が届かない。

辺りを見るんですが、辺りにはまるっきり人家がない。

明かりもない。

助けを求めて、ホテルまで行こうかと思うんですが、

かなりきつい上りな上に、距離が相当にある。

行けたもんじゃないんだ。

じゃあ、下っていくかっていったって、

町まで、これまた相当距離がある。

これも行けたもんじゃない。

おまけに車はね、道いっぱいに止まってるもんですから、

他の車がきたら、通れなくなるわけだ。

仕方ないので、後はもう、他の車がきて、助けてもらうのを待つだけなんですよね。

車は道幅いっぱいで、

これ、車がよけて通るわけにはいかないですから、絶対向こうは止まるわけです。

じゃあ、ここで待とうかと、ジーッと車で待ってるんですがね、

いくら経っても車がこない。

上りもこなければ、下りもこない。

車の周囲はっていうと、真っ暗で夜の闇ですよ。

シューーーーーーゥシューーーーー

谷間を吹き抜ける風。

シューーーーゥーーーーー

なんか妙に寒々しい。

さすがに、恐くなってきちゃった。

参ったなーー、って思っていると、

カーーーーーーーって風に乗ってね、

音だか何だか、判らないものが聞こえる。

それが少しずつ、だんだんと大きくなってくる。

うめき声のような、叫び声のような、

それでいて何だかケモノのような、妙に得体のしれない声が聞こえてくる。

(うわぁ!何だ気持ち悪いな)

と思ってるんですが、それが、確実に闇の中で近づいてくる。

どうやら、この真っ暗な闇の坂道を、

その声の主というのが、こっちへ下りてきているようなんですよ。

だんだんと下ってきて、近づいてきている。

(うっ、嫌だな、何だろうな)

と思っている内に、少しずつ、それがハッキリと聞こえてきた。

ヒュゥーーーーーゥゥーーーーー

ーーーーーーゥゥーーーーーンンンギギギギギン

全く、得体の知れない声なんです。

もう、気持ちわるくて、できるもんなら、そのままやり過ごしたいわけですよ、

ただ黙ってね。

ピュゥーーーーーンーーーーーーンンンン

ギギギギギィィィ

だんだん近づいてくる。

うぅぃあぁわーーーーーーーーぅ

ぅぅーーーーううううーぐぅ

なんだか、恐い。

恐いけど、逃げれない。

飛び出すわけにも行かないから、だたジーッと、ガマンしている。

ううぁえぇーーーううぁえぇ

もう、すぐそこまできてる。

闇の中、何だか判らない。

外は、真っ暗な闇だから見えない。

ううーぇええーーーぇぇ

やぁぁにゃゃゃああわあ

もうそこ。

にゃあやあぁぁぁにゃぁぁぁぁぁ

ドッドドドドッドドド

(うわっ!なんか流れてきた。うわぁっ)

ドッドドフンギャァぁぁにゃぎゃあほんぎゃぁ

(うわぁっ)

と、思いながら、男がバックミラーの方を、フッと見たら、

そうしたら、暗い闇にの中に、なにかを見た。

その瞬間、体が凍りついた。

リアウインドーの、暗い闇が写ってる、

その、リアウインドーの上の方に、血まみれの足が、ズルッと這い上がってた。

ドンドドンニィ~~~~~ッドンドンドン

頭の上で、音がしてる。

這い上がってくる。

今、車の上を這いずってるわけですよ。

ドンドンドンウィ~~~~ニィ~~~~

ということはね、これから先、どういうことがあるかって、予測がつくわけですよ。

で、彼女の方に

「いいか、いいか、目、つぶってろ!見るな、絶対見るな」

って、言ってね、自分も黙って目、つぶってたんです。

ん~~~~ドンドンドンッ

ニィ~~~~ドドンドンドンドンドドン

ニィ~~~~~~~~ギィャャャ~ャャャ

その瞬間、彼女の悲鳴が聞こえたんで、男が思わず、フッと見た。

目の前の、フロントウインドーに、血にまみれた手が、ボンッと貼りついてる。

そのまま、黙って見てると、今度は、フロントウインドーの上から、

ザワザワザワザワって、髪が落ちてきた。

見るうちに、血に濡れた額が見えてきた。

やがて、目がのぞいてる。

血まみれの女の顔が、ズズズーーーって滑ってこっち見てる。

ドドンドドンドドンッニィ~~~~~って、

ずーっと言っている、

女の首の付け根辺りの真っ赤なボールのようなもの、

それが、突然、口を開けて、

ニェァ~~~~~~ッ~~

ドドンドドンドッドッドン

ニェァ~~~~~

って、叫んでた。

そして、ボンネットの上をすりながら、

闇の中に、その姿は消えてったそうです。

恐怖で体が凍りついて、何にもできないでいたそのとき、スルッと車が動いた。

そのまま、スーーーーっと動いてって、ドンッて崖にぶつかった。

エアバックがボンッと膨らんだ。

シートベルトをして、シートとエアバックに挟まれた、

その姿というのは、

ねんねこの中で、母親の背中に押し潰された、赤子の姿に似ていたそうですよ。

しらばくして、そのふたり、慌てて車から飛び出すとね、

助けを求めて、暗い坂道駆けてった。

トットットッ坂道を逃げていくと、前方に明かりが見えた。

明かりが、段々近づいてくる。

見るとそれ、公衆電話ボックスなんですよ。

(うわあ~、助かったーーー!とにかく助かったー)

って、思ってね、トットットッ走って、ガタンと開けて中へ入った。

で、そこから助けを呼んだんだそうです。

そうなんですよ、あの公衆電話ボックスなんです。

人家も人通りもほとんどない、明かりもないあの場所、あの坂。

そのための、電話ボックスだったんですね。

終わり



稲川淳二の怪談 原田さんのタクシー

2009-09-20 22:21:24 | 心霊・怪談

 

原田さんという人が、東京で、タクシーの運転手を始めて、まだ日も浅いころの話です。

それは、平日の、夜の10時を回ったころ、小雨の降る、銀座を流していて、

運よく、千葉県の南房総まで、という長距離の客を拾うことができた。

これはよかった。

何しろ時間が時間ですから、


片道2時間半としても、行って帰って5時間ですからね。

帰ってくるころには、3時を回っているわけだ。

今日は、この客でしまいにしようと、すっかり気をよくして、会社に無線を入れた。

「112号車、銀座から実車です。

千葉県南房総まで」

『了解』

小雨の中、南房総へ向かったわけだ。

そして、無事、お客を送り届けた。

ひょいと時計を見るともう12時半を回ってる。

(ああ、いい商売できたな。さあ帰ろう)

と、空のタクシーで、今、きた道を戻っていくと、

そこへまた無線が入った。

会社から、

『112号車、予約です。

東京まで。

国道○号線を行った交差点、右に入ったところMホテル、女性の方です。

迎車お願いします』

「了解」

こんなこと考えられない。

自分は今、東京から南房総までの、長距離の客を送って来たわけだ。

で、空のタクシーで帰ろうとしたら、今度は、東京までの客。

これはもう願ったりかなったりですからね。

(こんなこともあるんだなあ)

と思って、すっかり気をよくして、ホテルへ向かった。

無線の感度が悪くて、はっきりと聞き取れなかったんですが、

まあ、大体のところは、わかった。

自分が、今、走っているこの道が、国道ですからね。

そのまま行ったら、交差点があって、右へ入っていくと、

やがて小雨の降る夜の闇の中に、黒い大きな建物の輪郭が見えてきた。

(ああ、あれだなあ)

と思って、タクシーを走らせて行くと、だんだんと距離が狭まってきた。

と、

(あれ?おかしいなあ---) と思った。

というのは、建物が真っ暗なんですよね。

まあ、夜中の12時半を回っているんで、宿泊客は、ほとんど寝てるんでしょうけどね。

それにしたって、ホテルですから、明かりが、全くないというのはおかしい。

(変だなあ---) と思いながら、ホテルの表玄関でタクシーをとめた。

やっぱりおかしい。

正面の入り口があって、ガラスの扉の向こうに、ロビーがあるんですが、全て真っ暗。

ホテルなんですから、ロビーは四六時中、明るくしておくのが、当り前なのに、

どうしてこんなに真っ暗なんだろう、と思って、よーく見ると、

あちこちが随分荒れている。

(あれ?このホテル廃屋じゃないのか---?)

どうやら、ホテルを間違えたかなと思ったんですが、

ほかにホテルのような建物は見当らない。

(ここしかないよなあ)

と思って、改めて玄関口の上を見ると、Mホテルの文字があった。

やっぱりここに間違い無い。

自分では多分、ホテルの宿泊客が、急用ができたので、

東京までタクシーを予約したんだろう、と思ったんですが、

でも、どうも、そうじゃないらしい。

考えられることは、この近所に住んでいる人か、その家に来ている人がなにかで、

急遽、東京へ行かなくてはならなくなって、予約をしたんですが、

場所がわかりづらいので、目印にこのホテルを選んだ。

そう考えれば納得がいく。

恐らく、そうだろうと思ったんで、パッパーッと、

到着した合図に、クラクションを鳴らして、待つ事にした。

ところが一向に現れない。

仕方無く、フロントウインドーから、小雨の降る外の暗い闇を眺めていた。

時々、ギーシュ、ギーシュと、ワイパーが往復して行く。

(どうも嫌だなあ---)と思いながら、周りを見るんですが、

全く明かりも無ければ、民家もない。

(えー?一体予約の客はどこから来るんだろう?)

明かりといえば、自分が乗っている、このタクシーのヘッドライトの明かりと、

道路を挟んで、向こうにポツンと、ひとつ立っている、古い街路灯の明かりだけ。

他には何にもない。

明かりの無い、ホテルの真っ暗なロビーの奥から、

気味の悪いなにかが、今にも飛び出てきそうな気がして怖い。

(帰っちゃおうかなあ---)

とも思ったんですが、予約ですから、そうもいかない。

(遅いなあ、何をしてるんだろう?)

と思いながら待っている。

小雨がサアーと降っている。

時折ワイパーが、ギーシュ、ギーシュ、

と、フロントウィンドーを往復する。

もう一度、パッパーッと、クラクションを鳴らした。

(だめだな、こりゃあ、全然こないぞ)

と思って、小雨の降る夜の闇を、ボャーッと見てると、

不意に、コンコン、と運転席の後ろのウインドーがノックされた。

(あれ?)

と思って、振り向いて見ると、雨の雫が流れ落ちている、ウインドー越しに、

夜の暗い闇の中に、立っている女の白い横顔が見えた。

(あれ?)

と思った。

普通、タクシーというのは、歩道側のドアが、自動であくわけですよね。

だから、乗客は進行方向の左側から乗ってくるわけだ。

ところがこの女は、右側に立っている。

で、原田さんが、グーッと手を伸ばして、ドアをあけながら、

「あのー、予約の方ですか」

と聞くと、黙ってうなずいて、タクシーに乗り込んできた。

乗り込んでくるときに、

布にくるんだ、赤ん坊を抱えているのが、目に入った。

女は座席に座ると、黙ったまま、なにも言わないので、

原田さんはドアを閉めて、

「あのー、東京方面へ向かって、よろしいですね」

と行先を確認すると、また黙ってうなずいたんで、

タクシーをスタートさせた。


小雨の降る暗い道を、タクシーが走って行く。

後にも先にも全く車がない。

闇の中を、このタクシーが1台、走っているだけ。

相変わらず女は黙っている。

東京までは、道のりも長いので、気持ちをほぐそうと、原田さんが、

「だんだん降りが強くなってきましたねェ」

と、話しかけてみたんですが、何の返事もない。

眠っているのか、なにか考え事でもしているのか、わからないので、

話しかけるのをやめた。

フロントウィンドーに当たる、細かな雨粒を、ワイパーが拭き取って行く。

ヘッドライトの明かりが、前方の小雨に煙る、夜の闇を、照らし出して行く。

ほかには、なんにも見えない。

エンジン音と、濡れた路面を行くタイヤの音と、ワイパーの音以外、何も聞こえない。

そのうちに、なんだか妙に、寒くなってきた。

(あら?)

と思った。

空気がヒンヤリしている。

おかしい。

季節は、もうそろそろ、初夏に入るころで、昼間は窓をあけて運転してたくらいなのに、

今は、雨が降っていて、窓を閉めているんで、蒸し暑いというならわかるんですが、そう

じゃない。

車内が、ヒヤーと冷えてきた。

(やけに冷えるな---、なんだろう?)

と思いながら、タクシーを走らせていると、

不意に後ろで、

オギャア、オギャア、オギャア、オギャア、オギャア

赤ん坊が激しく泣き出した。

狭い車内に反響して、耳の奥がジーンと鳴った。

猛烈に泣いている。

それが、ゾクッとする異様な泣き声なんで、気持ち悪いなと思った。

オギャア、オギャア、オギャア、オギャア

すると女が、布にくるんだ赤ん坊を、両手で持ち上げて、

上下に揺すってあやしはじめた。

オギャア、オギャア、オギャア、オギャア、

オギャア、オギャア、オギャア、

オギャア、オギャア

と、やがてピタッと泣きやんだ。

 (ああ、泣きやんだなあ)

と思っていると、不意に後ろから、

「かわいいでしょう」

と女の声がしたので、

「ええ」

と答えて、見るともなく、バックミラーに目がいくと、

(あれっ?)

っと、妙な感じがした。

よく見直してみた途端、

(ううっ)

と、危うく声を上げるのを押しとどめた。

女が、両手で抱えている布にくるんだ赤ん坊、その赤ん坊、胴体だけで頭がない。

ハンドルを握っている手が、じっとりと汗ばんで、ガタガタガタガタ震え始めた。

(変なのを乗っけちまった。こいつ、おかしいぞ)

と思った。

頭のてっぺんから、冷えた汗が噴き出して、

額から、顔面を伝って首筋から背中へと流れ落ちて行く。

タクシーを停めて、外へ逃げ出そうかとも思うんですが、

周囲は真っ暗で、民家の明かりひとつ見えないし、小雨が降っている。

(こうなったら、人のいる、明るい所まで早く行こう)

とアクセルを踏み込んだ。

小雨に煙る夜の闇を、ヘッドライトが照らしていく。

あとにも先にも全く車がない。

と、女が、布にくるんだ赤ん坊を、グーと前に突き出してきて、

「かわいいでしょう」

とまた言った。

もう自分は恐怖で、今にも意識を無くしそうなぐらいで、

心臓がドックン、ドックン鳴って、体がブルブルと震えている。

それを、どうにか抑えて、必死にこらえながら、

赤ん坊を見ないように、ヘッドライトの照らす、前方に視線を向けたまま、

「--はい」

と、答えた。

と、女は、なおも布にくるんだ赤ん坊を、原田さんの顔の近くへ寄せてきて、

「ねえ、かわいいでしょう」

と、しつこく言った。

どうやら赤ん坊を見て

「かわいい」

と言わないと、おさまらないらしい。

そうでなくたって、もう意識が途切れる寸前で、

心臓は、ドックン、ドックン、ドックン、ドックン、鼓動を速めている。

体中から、血の気が引いて行く。

それでも、どうにか恐怖を押し殺して、平静を装って、

赤ん坊に視線を向けながら、

「ええ、かわいいですね」

と言うと、

女が、うれしそうにニコッと笑って、うつむいていた顔をふっとこっちに向けた。

途端に原田さんが、

「アアアアアアー」

と凄まじい悲鳴を上げた。

なんと、笑った女の顔の、左半分が無い。

女はタクシーの右側から乗って来て、ずっとうつむいていたんで、

原田さんは、女の右側の横顔しか、見ていない訳だ。

あまりのショックに、この母子から、身をかわそうと、思わず体をよじった。

途端、握っていたハンドルを大きく左へ切っちゃった。

それと同時に、意識がプツンと切れた。

気を失っちゃったんですね。

路面は雨でぬれていて、タクシーはスピードを出していましたから、

激しくスリップして、道路を外れて、急な崖を転がり落ちて行くと、

深い闇にのみ込まれていった。

どれほどの時間がたったのか、ふと気がつくと、

自分は、頭も腕も足も包帯だらけで、ベッドに横になっている。

体のあちこちがズキズキ痛む。

頭は薬のせいかまだ、何だかボーッとしている。

シートベルトをしていたので、どうやら命は助かったらしい。

「アイタタタッー。」

ひとり声を上げていると、部屋のドアがあいて、

「具合どうですか」

という声がした。

見ると、それは自分の会社の、渉外を担当する菊池さんという人で、

「明け方、こちらの警察から、うちの会社に電話が入りましてね、


すぐ飛んできたんですよ」

と言ったので、

「どうも済みません」

と原田さんが謝ると、

「いやいや、いいんですよ。

これが私の仕事ですから」

とニコッと笑った。

この人が、事故の一切の処理をしてくれる。

原田さんの身分証明やら、入院の手続やら、保険関係から、なにもかれも、やってくれるわけだ。

ちょうど、自分の父親ぐらいの年齢で穏やかな人なので、

(この人だから、務まるんだなあ)

と思った。

と、菊池さんが、

「実は、警察が気にしていましてねえ。

というのは、あなたのタクシーの料金メーターが、回ったまま途中でとまっているんで、

お客を乗せていたんじゃないだろうかと言うんですよ。

でも、乗せていれば、かなりの怪我をしているでしょうから、その形跡があるんでしょうけど、

全くそういうものもないし、売上金がそのまま残っていますからね、

強盗でもないし、どういうことなのかと言ってるんですがね」

と言ったので、

原田さんが、

「ああ、それですか。

昨日の、夜の10時を少し廻った頃に、銀座を流していて、

南房総までの長距離のお客をひろいましてね。

で、送り届けて、空車で帰る途中、予約の無線が入りましてね、

Mホテルで、赤ん坊を連れた、女の客を乗せているんですよ」

と言うと、菊池さんの顔色が変わった。

「やっぱり、お客さん、乗せてたんですね」

と言うから、

「ええ、それが、なにかおかしな客なんですよ」

と言うと、菊池さんが、

「実は私、警察の方とね、事故の現場へ行きましてね、驚いたんですよ。

私、以前にも、あの場所へ行ってるんです。

もう5年ぐらい前でしょうかね。

その晩も、ちょうど昨日のように、小雨の降っている、そんな晩でしてね。

うちのタクシーが、東京から3人連れの客を乗せて、あなたが行った、そのMホテルへ行ってるんです。

そこに、赤ん坊を連れた女性がいましてね、急ぎの用が東京にあったようで、入れ違いに乗ってきたんですよ。

よほど急いでいたらしくて、タクシーを、相当せかせたんですね。

車の方は、路面が濡れていますからね、

スリップを起こして、道を外れて、崖を転がり落ちていったんですよ。

そのときに、左のドアが開いて、母親と赤ん坊が、外へ放り出されているんですよ。

「その赤ん坊なんですがね、

首からちぎれて、頭が、雨にうたれて転がっていたそうですよ。

母親は、両手で赤ん坊を、抱いていたもんですから、顔面の左半分を削りとられていましてね。

うちの運転手も亡くなりました」

と聞かされて、

思わず全身が凍り付いた。

「で、無線なんですが、

昨夜の10時15分に、あなたからの無線は、配車係が受けているんですけど、

昨日は深夜に、一切予約はなかったそうで、

どこにも、無線はしてないそうですよ」

と言われて、ふっと思った。

そうか、そりゃそうだ。

南房総の客が、東京のタクシー会社に、予約なんか入れるはずがないし、

会社の人間が、自分がどこを走っているか、わかるはずがない。

それに無線はそんな遠くまで届かない。

終わり


稲川淳二の怪談 暗闇の病院

2009-09-19 21:16:06 | 心霊・怪談

 

 30代前半の女性で、旧姓を川村さんて言うんです。

何故旧姓かと言うと、その方が大学生の時の話なんですがね。

川村さんは目の視野が少し狭いんですよね。

それで若いうちに目の手術しておいた方が良いんじゃないか、と言われて、人から紹介された総合病院に行ったわけです。

その病院は技術が良い、と評判の病院だったんです。

行ってみると、かなり古ーい病院だったんですよ。

それで手続きした後、簡単な検査を済ませて、手術する為に入院したんです。

川村さんは普段の生活だって、当たり前にしていたわけですし、入院と言っても、病人ではないわけですよね。

物はちゃんと見えてるし、生活だって普通にして何も不便はないわけですから。

病院で入院したって、若い娘さんだし、すぐに親しい人も出来るわけですよ。

看護婦さんとも打ち解けるし、患者さんとも仲良くなったりしてね。

検査の方も順調に進んでいるわけですね。

そうこうしているうちに、いよいよ手術も近づいたんです。

その川村さんに、親しくなった看護婦さんがいて、その人を仮にAさんと呼びましょうか。

このAさんが、あれこれ面倒を見てくれるんです。

で、Aさんが、

「大丈夫、目の手術って言ってもあなたの手術は簡単な手術なんだから。すぐ終わっちゃうし、痛くもないから平気よ。ただ手術の時は良いけど、後が少し大変ね」

と言うんです。

川村さんの手術の場合、終わった後で、すぐに目を開けるわけにはいかないんです。

当分の間は暗黒の世界なんです。

真っ暗闇の世界で、暫く入院する日が続くんです。


いよいよ手術の日がやって来ました。

始まってみると、看護婦さんが言うとおり、簡単で痛みもなく、短い時間で済んだんです。

結果は良好です。

手術後、目には眼帯や包帯が巻かれて、光は入らない。

顔の半分まで包帯を巻かれて、まさに闇の世界で暫く過ごすわけです。

これからベッドで、暗黒のままの生活が始まるわけですよ。

何とも退屈ですよ。

景色も見えない。

急に昼も夜もない世界になるんだから。

お母さんが看護に来てくれたんです。

手探りで物を取ったりしつつ生活するから、どうにも不便なんですね。

いる時はあれこれ話したり、手助けしてくれるけど、付きっきりするような重病じゃないわけですよ。

お母さんは家庭や家事もあるし、夕方になると、

「じゃあね、また来るからね」

って帰って行っちゃうんです。

おかしなもので、急に景色が見えなくなったら、途端に耳とか鼻が異常に冴えてくるんです。

人間の身体って、使えない部分が出てくると、それを別の物で補おうとするんですよ。

遠くの方で喋っている人の声が聞こえたり、いろんな外の音とか混じっている様々な音が耳に凄く良く入るんですよ。

「ああ、色んな音があるんだわ。世の中ってうるさいものなのね」

初めて沢山の事を知ったような気がしたんです。

やる事もないし、うつらうつらしているうちに、寝てしまったんです。

で、ふっ、と、目が覚めたんです。

目が覚めても目は包帯を巻かれて開けられないし、当然真っ暗な闇の中ですよ。

その時

(あれ?)

と思ったんです。

シーン、

としている。

寝る前まではあれほど雑音が飛び込んで来たのに、目が覚めると一切の音がしない。

(ああ、深夜なんだ)

そう思っていたら、遠くの方で小さな音がしたんです。

ヒッタヒッタヒッタ、

歩いている足音。

(たぶん看護婦さんの足音ね)

すると、

「ゴホン、ゴホン」

と、どっかの患者さんが咳き込んでいる声も聞こえる。

カチン、カチン、カラカラーッ

と小さなガラスが触れ合う音がする。

誰かが薬とか注射器とかを運んでいるんですね。

「良く聞こえるのねぇ、ちょっとした動きなんかも」

深夜だから、小さな音も、ちょっとした動きも良く分かるんですね。

(夜中にしても、何時頃かしら?)

なんて考えながら、また眠りに落ちたんです。

それで再び目が覚めたんですね。

勿論目が覚めても前と同じ、暗黒の世界ですよね。

すると聞き慣れたAさんの声で、

「おはようーっ」

って。

川村さんも、

「おはようございます」

「あっ、おはようって言ったって、真っ暗だから分からないわよね。どう調子は?目は痛い?」

「全然大丈夫よ」

「そう、順調にいってるのね。今日は簡単な検査があるから」

なんて会話を交わしていたんです。

そのうちお母さんがやって来ておしゃべりしている。

そうこうして過ごしていたら、また看護婦さんのAさんがやって来て、

「ごめんなさい、本当に申し訳ないんだけど、昨日の夜に急患が入っちゃって。その患者さん、結局入院になったんで、部屋が足りないんで部屋を移ってもらえる?」

川村さんの場合、既に手術は済んでいるし、経過は良好ですからどこに移ろうと構わないんです。

検査とか手当が必要なだけだから、寝られればどこでも構わないわけですよ。

それで移動したんです。

お母さんに手助けされながら階段を上がっていると、

ギシッ、ギシッ、ギシッ、

と微かに音がするんです。

(あ、これは板張りだわ)

古い建物だなって良く分かるんです。

鼻もやたらと冴えているから、木造の匂いとペンキの匂い、カビ臭さまでもが感じられるんです。

暫く行くと、

ギギギイィ・・・・・

扉が開いて

「こちらなんですけど」

って言うAさんの声が聞こえる。

「はーい」

川村さんはお母さんに連れられて部屋に入ったんです。

「このベッドよ、ここに手すりがあるわ」

「トイレはここの並びよ」

Aさんに色々説明されて返事をしていたんです。

その時、川村さんは、

(この部屋、入った時からカビ臭さが強いな)

って感じていたんです。

湿った匂いもツーン、と鼻を突いていたんです。

(わぁ、この部屋、長い間使われていなかったんだなぁ)

と思っていると、Aさんは

「ここはねVIPルームだったのよ」

って説明してくれたんです。

そうこう話しているうちにお母さんが、

「じゃあ、私帰るからね」

「はーい」

その後はすっかり時間を持て余したんです。

本が読めるでもなく、手紙が書けるわけでもなし。

仕方がないからベッドに横になっていたんです。

そしたら奥の方で歩く音や、ささやくような声が聞こえるんです。

微かだけど病院の様々な音が聞こえているんです。

段々静かになって来たんで、夜になって来たって分かった頃、また眠りに就いたんですね。

時間の経過は全く分からないんですが、ふっと目が覚めて気が付いたんです。

すぐ近くで

「ゼゼーッ、ゼゼーッ」

って苦しそうな息づかいが聞こえるんです。

(あら、どこの部屋かしら?)

よーく耳を澄ませると、どうも自分と同じ部屋から聞こえてくる気がする。

それもかなり近い所で

「ゼゼーッ、ゼゼーッ」

と聞こえる。

(あれぇ、自分以外にこの部屋に、入院患者がいるんだわ)

(ちっとも知らなかった、気づかなかったな)

と思ったんです。

起こしたり、話しかけるわけにもいかないけど

(なんか息苦しそう)

と思っていたんです。

朝になるとまたAさんがやって来て、

「おはよう、よく眠れた?目が見えないし、食べやすいパンにしといたから」

「はーい」

なんて会話を済ませて、Aさんはバタン、と扉を閉めて出て行ったんです。

その時、

(あら、隣の患者さんには何も話しかけてなかったわ)

と思ったんです。

それにしても近くに、人がいる気配が無いんです。

昼間だし、色んな動いている音やざわめきも入ってくるし、なにしろ日中は洪水のように音が聞こえるから、近くに人がいてもそう分からないんですが。

1日が終わって、また静かな夜が来たんです。

ベッドに横になって暫くすると、トイレに行きたくなったんです。

看護婦さんを起こして呼ぶのも悪いんで、手探りで壁を伝って、トイレに辿り着いたんです。

壁伝いにパイプが通してあるから、そのパイプに掴まって行くとトイレまで、見えなくても行けるんですね。

それで用を済ませてベッドに帰って来たんです。

手探りでベッドのパイプを掴んで、ベッドに入ったんです。

そしたら・・・自分のベッドに誰かがいる!

身体がぶつかっているんです。

「えっ?」

ビックリして起き上がったんです。

先に寝ていた人も、

「あら」

なんて言ってる声がして。

川村さん、包帯されて真っ暗闇だから状況は全然分からない。

でも確かに自分のベッドなのに誰かがいる。

するとベッドの中から声がして、

「あら、ご免なさい、間違えちゃったわ」

おばあちゃんの声がするんです。

「暗くて間違えちゃったのね。私はここじゃなかったのね」

って起き上がる気配がするんです。

川村さんは気を使って、

「いえいえ気になさらないで」

って言ったんです。

で、

「入院なさってるんですね」

と話しかけたんです。

「ええ、もう長いんです」

「あの私、川村○○って言います。目の手術してて、見えないから挨拶もしなくって」

するとおばあちゃんの声で、

「そうですか。私はねぇ、野口××って言うんですよ」

「そうですか。入院は長いんですか?」

「もう4年ぐらいになるかしら」

(ずいぶん長いんだな)

と思いつつ、どこが悪いのかなんて聞いたら、

「特にここというより、あっちこっちが悪いんですよ」

って言うような、そんな会話をしながら、

「もう遅いですから」

と、おばあちゃんはベッドから去って行ったんです。

川村さんはそのまま、自分のベッドで寝入ったんです。

朝になってAさんが、

「おはよーっ、よく眠れたぁ?」

って明るく部屋に入って来たんです。

「今日の診察予定はこうでね、いつものようにパンよ」

「はーい、わかりました」

なんて話をしていて

「じゃあね」

パタン、と出て行ったんです。

(あれ?おかしいわ。この部屋には私以外に、野口さんていうおばあちゃんがいるのに、昨日も今日もAさん、おばあちゃんには全然声をかけないわ)

自分だけに話しかけているんです。

まるで野口さんがいないようなムードなんです。

(おばあちゃん、どうしているかな?)

と思って耳をすませても、気配が無いんです。

息づかいも聞こえないし、咳をするわけでもないし。

(あれぇ、おばあちゃんどっかに行ったのかしら?)

そんな事を考えているうちに、また夜になったんです。

ベッドに横になって布団を被っていると、

「ゼーッ、ゼゼーッ」

っていうおばあちゃんの少し息苦しそうな息が聞こえるんです。

(あ、やっぱりおばあちゃん、いるんだ)と思って、

「おばあちゃん、おばあちゃんどこか具合悪い?」

すると

「ゼーッ、ゼゼーッ」

と相変わらず息苦しそうな声がするんです。

「おばあちゃん」

声を掛けると

「ええ、はいはい」

返事が戻って来たんです。

どうやら夢から覚めたようで、また二人で会話を交わしたんです。

「それじゃあ」

とおばあちゃんは寝たんで、川村さんも眠りに就いたんです。

また朝になってAさんが入って来て、

「もう経過も良いようだし、今日は眼帯も包帯も取りましょうね」

「お母さんがいらした時に、詳しく話しますから」

川村さん、喜びましたよ。

これでやっと暗闇から解放される。

退屈な入院生活とも、これでお別れだわ。

検査室でやっとグルグル巻かれた包帯や眼帯を取り外してもらったんです。

先生が検査なさって、

「うん。調子も良いようだけど、退院後も検査は必要なので、暫くは通院ですよ」

と告げられたんですね。

川村さん、大喜びですよ。

元通りよく見えるし、少し狭かった視界もすっかり広くなったんです。

それで荷物の片付けもあるし、お母さんと一緒に自分の部屋に行ったんですね。

行ってみて初めて自分の眼で見たんですね。

病室を。

VIPルームなんてとんでもない。

古い木造の部屋なんです。

ペンキなんかが剥げ落ちているようなムードの。

「あらぁ、こんな所にいたんだわ」

使い慣れた手すりなんかに触れて、川村さん、ふっ、と気が付いたんです。

「あら?ベッドがひとつしかない」

この部屋、一緒におばあちゃんがいたのに?

そこへAさんが来たので、

「あのおばあちゃんどうしたの?」

「えっ?」

「ほら、ここにいた、あのおばあちゃん」

「何言ってるの、この部屋はあなたひとりよ」

「そんな、いたじゃない、野口さんておばあちゃんよ」

その名前を出した途端、Aさんの顔色がサーッ、と青ざめたんです。

川村さん、何も気が付かず、

「何度もよく話したのよ。気だての良いおばあちゃんなの。私退院するし、おばあちゃんに挨拶しようと思ったのに、どこに行ったのかしら?」

するとAさん、なにやら様子がおかしいんです。

「どうしたのよ、教えてよ?」

「川村さん、あなた本当に話をしたの?」

「ええ、でも私目が見えないから、顔は知らないけど感じの良いおばあちゃんだったわ」

Aさん、神妙な顔で、

「ああ、そうなの・・・。ここはVIPルームだって言ったでしょ。実はねそのおばあちゃん・・・。野口さんて言うんだけど、2年前にここで死んだのよ」

「ええっ、ウソっ!だって私、毎晩話してたのよっ!」

「野口さんておばあちゃん、ひとり暮らしで結構お金も余裕があったの。でも、家に帰ってもひとりで寂しいからって、ここを個室にして4年間、入院してらっしゃったの。優しいおばあちゃんだったけど、ここで亡くなったのよ」

今度は川村さんの顔色が変わって、

「ちょっと、ちょっと待ってよ。毎晩話していたあのおばあちゃん・・・この世の人じゃなかったの・・・」

看護婦さんも神妙になって、

「そうかぁ、おばあちゃんが亡くなった後に、この部屋に入った患者さん誰もが、部屋を変えてくれって頼み込んで来たの。まともに過ごした患者さんはいなかったわねぇ。おばあちゃんの思いが残っている部屋だから、と思って閉めきっていたのよ」

川村さんも複雑な思いで

「そんな事があったんだ」

いたたまれない気持ちになって部屋を出て行って、何気なく振り返ったんです。

部屋の入り口の壁には、入院患者の名札が入っているわけです。

自分の名札を抜いて見たら、その後ろには古いカードがあって、そのカードには、

『野口××、78』

と書いてあったんです。

「看護婦さん、これ?」

「あら、何でこんなのが入ってるのかしら?」

「これ野口さんのカードよ」

Aさん、そのカードを持って行ったんです。

見送りながら、

「お母さん。私と夜に話したあのおばあちゃん、この部屋にきっといるのね」

「ああ、きっとそうなんだろうね」

ふたりが廊下を歩き出そうとすると、川村さんの手を、ギュッ!と握る感触があったんです。

何か・・・悲しいような、懐かしいような・・・出来事ですね。

終わり




稲川淳二の怪談 建築雑誌の営業をしていたSさんの話

2009-09-10 07:57:38 | 心霊・怪談

 

それは、ちょうど----初夏の、ちょっと蒸し暑い日だったそうで---ね。

サラリーマンのSさん。

仕事で、当時は、四谷のあるそのビルまでよく行ってた。

そのビルはってーと-----駅からちょっと離れた、小さなビル。

大きな交差点から虎ノ門の方向に歩いて。で、すぐ右に入ったところ。

小道というか、路地裏ですよね。

あたりはビル街というよりは、住宅が多い。

その中にぽつんとあるビル----。

いわば、ビル街の裏の、大きな通りのすぐ裏にある路地裏だ。

どうしても、月に一度はそこに行かなきゃなんない用事があって。

で、その日も行ったわけだ、ビルに。

「う----暑いなあ」

Sさん、蒸し暑いんで背広脱いで。

で、ビルについた。

エレベーターで4階に行く。

と-----、よくある、本当によくあることらしいんですが、

ぷっ

と、見て、がしゃっ

エレベーターが開くと、-----5階になってる。

たしかに、乗る前は4階押してるんだけど、

びっ

とついて、開くと、そこ、5階だ-----。

で、

「ああ、このエレベーターは調子がおかしんだなあ」

と思ってた、Sさん。

深くは考えなかったんだなSさん。

ねえ?4階って押してるのに、ついたら5階。

目の前のねえ、フロアに、5階って書いてあるから、すぐわかる。

おっかしいなあ----

思うけど、まあたいしたことじゃあないんで、

「じゃあ」

てんで、またエレベーター閉じて。

4階のボタン押して、1階下までおりるわけだ。

びぃーーーん

押して。

4階につくと、その、目的のオフィスに行って。

渡すもの渡して、受け取るもの受け取って、でえ、

「どうもー」

てんでまた、びっーー

エレベーター押して、下におりる。

そんときも、

びーーーん

ついたら、5階なんで、

「ああ----またかよ」

思って。

やんなっちゃうなあ、このエレベーター。思って。

で、そんときは、なにげなくねえ、

「ああ----おりちゃええ----」

思って----。そのまんまエレベーターおりて。

で、階段使って、下におりようとした。

「ああ----階段は---」

どこだ-----?さがして。

すっ、と、横、見たとき、

ううっ!

和服の女性が立ってたんで、びっくりした。

うっ!

一瞬、

「ああ-----!」

なんか、全身に鳥肌が立って。

なんか-----見てはいけないもの、見たような気になって。

どうしてかは、わからない。

なぜかは、理由ないけど、

「これ----見てはいけない----」

思って、さっ-----と、前、通り過ぎて、

さっ!

と-----階段かけおりちゃった。

だっ、だっだっ!

かけおりて、はあ----はあ---はっ----

なんだ、いまの-----。

----思った。

和服着た女性。

かなり年配で。顔は、よく見なかったけど、白髪とかあって。

細面の、背の高い女性だった。

無表情で立ってて。

じっとこっち見てた。

その顔が、というか、その視線がなんか怖かったんで、Sさん、思い出すと、

うっ----

思わず寒気が走って。

あんなところに、なんで立ってるんだ?おかしい?

あんな、エレベーター----、思って。

ふっ

何気なく、振り返った。

エレベーターのほう。

と------、エレベーター、5階に停まったままで----。

ああ----。

Sさん、そのまま、オフィスに向かった。

「こんちはー」

入って、でえ、渡すもの渡して。

受け取るもの受け取って、何気なく、机の上見たら、

「○○マンション管理組合ご仏前」

とある、封筒----。

「誰か亡くなったんですか」

聞くと、

「ああ-----」

って。

「ここのテナントで人が亡くなったんで、有志で集めて持っていくんだ」

-----って。

「よく死ぬんだよなあ、最近」

-----いって。

「なんかあるのかなあ、このマンション。みんな5階の人がよく死ぬんだよなあ----」

いうんで-----ええっ----!

と----。5階?5階------。

で、Sさん、自分の体験、話した----。

エレベーターに乗ると、よく5階まで行くこと。

さっきも5階まで行ったこと、話すと、オフィスの人たち、顔見合わせて。

-----黙っちゃった。
ええっ-----?どうした?なに-----?

みんな、顔見合わせて、じっと----自分の顔見てて、

「だいじょうぶですか」

----いうんで、----えっ?なに?なにが?

だいじょうぶって?なにが?聞くと、

「仕入先のTさん、知ってるでしょ?」

ああ----知ってる、-----でも最近見ないねっていうと、

「あの人も、ここに来るとよく5階まで行っちゃうって。

何度、注意して、4階のボタン押しても、5階に行く。

でえ最近、具合悪くして会社、休んでるって---」

いうんで-----ええ?-----。

やだなあーーーーー。

怖いなあ----やな話だなあ----思って。

「やだよ、そんなの、信じないよ。そんなこと」

いって、出て、オフィスを。で、エレベーター見たら、1階にあるんで、

ぶっ

---ボタン押すと、びっーーーーーんとあがってきて。エレベーター。

で-----待ってると、

ぎゅん

行っちゃった。

----4階通り過ぎて、5階まで-----行った。

5階で、がしゃっ----停まる音して----、うぃーーーーんとおりてきて、うぃーーーーーん、

4階、目の前で、

がしゃっ

すっーーーーー

と開くと、さっきの女が立ってたんで、

ううっ!

Sさん、びっくりして、後ろに飛びのいた。

----ううっ!

がっ!

目の前が、急に真っ暗になった----。

頭に猛烈な衝撃受けて-------で、意識なくしたっていう----。

どうやらね----、後ろに飛びのいた際に、廊下の壁に頭をぶつけたらしい。

オフィスで、目が覚めて。

「だいじょうぶですか!}

みんな心配そうに、看病してくれてて。

どうやら、廊下で倒れてるところ、発見されたらしい。

「どうしたんですか!」

いうんで、これこれしかじかだと-----、理由を話すと-----みんな、へえ---!って-----。

聞くと、ここの5階で、むかし、妙な殺人事件があって。

着付け教室ひらいてたオーナーの女性が、殺された-----。

で---それから、いろんなことが起きて、人がよく死ぬって-----。

「その女性の、祟りですかねえ」

いうと------みんな黙っちゃって------。

それからこのSさん、本当に具合が悪くなったって----。

原因不明の高熱で悩まされて。

入退院くりかえしているうちに、会社クビになった。

で、4階のあのオフィスには、その後、まったく行くことはなかったんですが------。

彼、言ってましたよ、

会社クビになったけど、命を取られないですんだから、良かったよって。

終わり



稲川淳二の怪談 地下通路 2

2009-09-09 22:03:14 | 心霊・怪談
でも、建物は壊したけど、地下の通路だけは残っていたんです。

それが、今彼女達がいる地下通路だったんです。

その話を年輩の看護婦さんから聞いて、ふたりは余計にゾーッ、としたんです。

この地下通路で、多くの患者さんが運ばれたり、死んでいる訳ですから。

嫌な匂いもするし、ペチャ、ペチャ、と水滴の落ちる音もするんです。

先輩看護婦さんが、

「もう少し奥に行ってみましょう」

と言って、歩き出したんです。

ふたり共、恐る恐るついて行ったんです。
カツーン、コツーン・・・

周りは全てコンクリートの通路ですから、足音だけが異様に響き渡るんです。

足音も反響するし、小さな声も周りに反響して、余計に不気味に聞こえるんですよ。

カツーン、コツーン・・・

自分達の足音までも、不気味に反響して聞こえてくるんです。

カツーン、コツーン・・・

その足音に混じって、別の音がするのに秋山さんは気が付いたんですよ。

”ガガガガガーッ”

自分達の後ろの方で、確かに小さな音がしている。

コンクリートに反響して、その音が段々大きくなって、こっちに近付いて来るんです。

”ガガガガガーッ”

3人はビックリして振り返り、その音を聞いていると、秋山さん、

『あっ、この音だわ。時々、真夜中にベッドの下から聞こえていた音は』

『夜中に聞いた、あのストレッチャーの音だわ』

”ガガガガガーッ”

ドンドン音が近付いて来るんです。

先輩看護婦さんが、今まで冷静だったのに、この時は青白くなって、

「に、逃げましょう」

ふたりはもう怖くって仕方がない。

後ろの闇、今通って来た通路から、ドンドン音がこっちに近寄って来る。

もう入って来た場所に、逃げ戻る事は出来ないんです。

前に何があるか分からないけど、3人は前に向かって必死で逃げ出したんです。

もう手なんか握っている余裕がない。

3人は必死で闇の通路を走ったんです。

先輩看護婦さんが持つ、懐中電灯の小さな明かりだけで、前へ前へ必死で走って行ったんです。

後ろからはどんどんストレッチャーの音が、

”ガガガガガーッ”

と迫って来る。

その時、秋山さんは何かにつまづいて転んだんです。

慌てて立ち上がろうとしたんですが、何かに足がはまったのか、足が抜けないんです。

『嫌だーっ』

『早く逃げなきゃ』

と思っている間にも、ふたりは先に走って行ってるんです。

『ま、待ってーっ!』

叫びたかったけど、恐怖で声が出ない。

秋山さんだけが、暗闇の通路に取り残されてしまったんです。

懐中電灯の明かりもなくなると、総てが真っ暗な闇になってしまったんですね。

しかも自分の足は何かにはまって、逃げる事も出来ない。

”ガガガガガーッ”

音はドンドン近付いて、もう目前なんです。

恐怖で固まる秋山さん。

でも真っ暗闇だった事で、逆に心理的には何も見えない事が良かったんです。

なまじ見えていたら、迫って来る恐怖におかしくなっていたか、意識を失っていたでしょうからね。

でも辺りが暗闇だったので、秋山さんはそこで肝が据わってきたんです。

声が出ないし、不気味な音がすぐそこまで来るし、足は抜けない。

『どうしよう、なんとか動かなきゃ』

足を、なんとか抜く事だけやっていたんですね。

その時、前の方から、

「秋山さーん」

先に行ってしまったふたりが、秋山さんがいないのに気が付いて、戻って来てくれたんです。

カンコン、カンコン、

光と共に、こちらに駆け付けて来たんです。

でも、後ろからは、ストレッチャーの音が目前まで迫っている。

「は、早く来てーっ!」

ふたりがやっと近くに来て、秋山さんを見つけると同時に若い看護婦さんの方が、

「ぎゃーっ!」

悲鳴を上げた。

先輩看護婦さんも、

「ううっ」

うめくように叫ぶ。

ふたりには懐中電灯の明かりで、転んでいる秋山さん以外に何かが見えたんです。

秋山さん自身も自分の周りの通路が、懐中電灯の明かりで見えてきたんです。

彼女、通路の壁を見て、思わず、

「ぎゃーっ!」

と叫んだ。

それは・・・暗闇の通路の中、自分の周りに無数の男女の顔があったんです。

その無数の顔は、どれも不気味に変形した顔で、自分を取り囲むように見つめていたんです。

無表情な顔で、目だけが異様に光って、恨めしそうに3人を取り囲むように、暗い壁一面に張り付いていたんです。

「ひひーっ」

秋山さんの体が硬直した。

気丈な先輩看護婦さんが、

「秋山さん、大丈夫っ?」

って声を掛けた。

彼女、夢中で叫んだんです。

「足が、足が抜けないのーっ!」

その時、秋山さんの足元に明かりが灯ったんです。

その瞬間、彼女の声が詰まった。

何かが自分の足に絡みついている。

それは・・・指輪のついた、腐った女の腕が、足に絡みついていたんです。

いっくらもがいても絡みついた、腐った腕を振りほどけない。

腕の先には女の、髪の毛の固まりがあった。

その髪の毛の固まりの下に明かりがいくと、水色のワンピースを着た、赤黒く膨れあがった女の死体が見えたんです。

そのまま、失神したんですよ、3人とも。

暫くして彼女達、他の看護婦さんに発見されたんですね。

3人がいないので、捜していたそうです。

そして鉄の扉が開いているのを見つけ、通路で気絶しているのを発見してくれたんですよ。

3人とも、無事に助かったんです。

3人の看護婦さんの横に倒れていた、赤黒く膨れあがった女の死体。

その水色のワンピースの女性は・・・そうです。

行方不明になった、あの若い看護婦さんだったんです。

当然、大騒ぎになって警察も来たんです。

検分もしたんですが、原因が分からず、事故との結論が出たんです。

病院の敷地にあった闇の地下通路。

この闇に封印された地下通路は、多くの隔離された患者さんが亡くなり、誰にも知られず死体置場に運ばれて行く、死体を運ぶ地下通路。

警察は若い看護婦さんの死体を、事故死として処理したんです。

その後、この地下通路を丁寧にお祓いしたそうです。

そして、地下通路を崩して完全に埋めたんです。

それからというもの、この地下通路から聞こえていた音も、完全に消えたそうです。

暫くして古い建物も、全部取り壊されたんですよ。

でも、水色のワンピース姿の若い看護婦さんは、どうして闇の地下通路にひとりで入って行ったんでしょう?

普通だったら、絶対にひとりでそんな中に入りませんよ。

多くの死人が出て、人知れず運ばれていた地下通路、そんな場所に。

例え事情を知らなかったとしても、その闇の中には。

彼女、世話好きな明るい看護婦さんだったそうです。

闇の中で悲運な無数の死者が、若い看護婦さんを呼び寄せたんじゃあないでしょうか。

そんな話を、ベテランの看護婦さんから聞きましたよ。

終わり

稲川淳二の怪談 地下通路 1

2009-09-08 22:02:33 | 心霊・怪談

この話は、秋山英子さんという年配の方が、20数年前に経験されたお話です。

秋山さんが関東にある、とある病院で看護婦さんをしていた時のお話なんです。

当時、彼女が看護婦さんとして勤めていたその病院が、改築する事になったんですね。

そこで看護婦さんも一緒に、皆同じ病院の敷地内の別棟に移転する事になったんです。

その病院の建物は、取り壊される事に決まったんです。

その間に仮の宿舎に移ったんですね。

大きな病院の一番端には、斜面の上にコンクリートで出来た2階建ての古い建物があったんです。

そこに当面、移る事になったんです。

秋山さんの他に5人の看護婦さんが、ここで臨時に生活する事になったんですね。

ところが、ここで生活を始めてから、どうにもおかしな事が続いたんですよ。

看護婦さん達が寝よう、と思って古い建物の部屋の明かりをパチン、とスイッチを切って消したんですね。

その瞬間、部屋の中に誰かがいるような、誰か人の気配がするんです。

彼女達は、

『気のせい、気のせいよ』

そう思い込んでいたんです。

看護婦さん達は、多くの患者さんや死んでいく人を見ているから、普通の人よりずっと気持ちもしっかりしているし、いちいち怖がっているわけにはいきませんから。

でも、明かりを消した後、小さな足音が確かに聞こえていたんです。

コツコツ、

と足音がして、その足音が、自分達の部屋から立ち去っていくのが聞こえていたんですよ。

秋山さんはひとり部屋で、誰もいるわけないんです。

でも確かに聞いているんです、足音を。

『今、この部屋に誰かいたんだわ』

『ああ嫌だわ、一体誰がいたの?』

気持ち悪い思いをしていたんですね。

それだけではないんですよ。

夜中には、

ギィイイイーッ・・・

扉が開くような音の後に、

ドーン!

と扉が閉まる音がハッキリ聞こえるんですよ。

夜中に大きな音がしたんで、飛び起きた秋山さん、

『誰か、同僚が入って来たのかしら?』

体を起こして扉を見るんですが、そこには誰もいないんです。

ビックリしてベッドから起き上がって部屋を見渡したんですね。

でも、部屋には誰もいないんです。

そんな事が、この古い建物に移ってからずっと続いたんです。
さらに、寝ていると時々、自分の寝ている床下辺りから、小さな物音がするんです。

それは、床下からか聞こえてくるんです。

『どこかで聞いた事がある・・・聞き覚えのある音だわ』

秋山さん、アッと思い当たったんです。

『そうだわ、あれはストレッチャーの音だわ』

ベッドの形をしていて、患者さんを乗せてそのまま移動する台が、ストレッチャーなんです。

そのストレッチャーの滑車が、カラカラ、と回る音なんですよ。

その滑車の音が、床下から聞こえてくるんです。

でも、秋山さんがいる部屋は1階なんです。

床下からそんな音がするハズないんですね。

古い建物であっちこっち軋んでいるから、ドアが勝手に開いたり、軋み音がストレッチャーの音に聞こえてくるのかもしれない、そう思いたかったんです。

でも秋山さんは、

『なんだか気持ち悪いなぁ』

と思ったんです。

そんな時ですよ。

同じ建物にいる若い看護婦さんが、突然、その建物から姿を消したんです。

忽然と消えてしまったんです。

同僚の看護婦さんが、水色のワンピース姿で部屋にいたのを見たのが最後だったんです。

その若い看護婦さん、お気に入りの水色のワンピースを着て、とっても楽しそうにしていたそうなんです。

その彼女が、急に消えたんです。

どこへ行ったのか、同僚の誰もが分からないんです。

八方手を尽くしたのに、姿を消した看護婦さんをどうやっても発見出来なかったんですね。

家族も捜したし、警察にも通報して捜査もしてもらったんです。

でも、彼女の姿はどうしても発見出来なかったんです。

結果として彼女は、行方不明者として扱われたんですね。

警察の捜査も打ち切られたんです。

そんな事があって、1ヶ月後の事なんです。

その日は休日だったんですね。

秋山さんが部屋でひとりでいたら突然、扉を、

ドンドンドン、ドンドンドン!

誰かと思って扉を開けたら、同僚の若い看護婦さんが、真っ青な顔で部屋に飛び込んで来たんです。

若い看護婦さん、ワナワナと震えていて、普通じゃなかったんですよ。

全身の震えが止まらないほど、恐怖におののいているんです。

秋山さんが世話をしてあげているうちに若い看護婦さんは、やっと落ち着いてきたんです。

そこで秋山さん、彼女に事情を聞いたんです。

その同僚の若い看護婦さんはその時、2階にいたんですね。

古い建物だから2階にはトイレがなくて、1階にしかなかったんです。

だから彼女は2階から下りて来て、用を足して戻ろうかな、と思って階段を上がりかけたんです。

上がりかけたら、階段の途中に誰か女性が立っていたんです。

『あら、誰かしら?』

『何しているのかしら?』

見るとその女性、自分の足元の方を見ているようなんですね。

『何か落とし物でもしたのかしら?』

そう思って彼女は、

「どうかしました?」

と声をかけたんです。

近付いて、立っている女性の顔を覗き込んだんです。

そうしたらその女性、なんと行方不明の若い看護婦さんだったんですよ。

よく見ると、彼女お気に入りの水色のワンピースを着た姿だったんです。

「ええっ?」

驚いているうちに、その行方不明の若い看護婦さんは、スーッ、と霧のように消えて行ったんです。

それで彼女、すっかり驚いて取り乱してしまったんです。

無我夢中で、近くの扉をノックしたんです。

その部屋が、階段の反対にある秋山さんの部屋だったんです。

とても怖くて自分の部屋に帰れないから、秋山さんの部屋に駆け込んだんですね。

秋山さんもその話を聞いて怖くなり、ふたりで震えていたんです。

こんな事があると、あっという間に看護婦仲間にこの話が広まったんですね。

そうしたら年輩の先輩看護婦さんが、ふたりに話しかけてきたんです。

その年輩看護婦さんは、ベテランで肝っ玉が据わった人なんです。

何度も生死を分ける手術に立ち会っているし、無数の死体を見ている。

数え切れないほど自分の目の前で、多くの死を見てきた人だったんです。

だから滅多な事では驚かない人なんですよ。

この年輩看護婦さんが、ふたりに言ったんです。

「もしかしたら、その消えた辺りに行方不明になった、若い看護婦さんの手がかりがあるかもしれないわね」

「一緒に捜してみましょう」

って、ふたりに提案したんです。

秋山さん達も、とっても気になっていたんですね。

一緒に働いていた同僚です。

両親も必死で行方を捜していたし、悲しみに暮れている姿も見ていたんですから。

なんとかしたい、

っていつも考えていたんですね。

だから年輩看護婦さんの提案に乗ったんです。

3人は、空いている時間に集まったんです。

行方不明の彼女を見たっていう、若い看護婦さんと秋山さん、そして年輩看護婦さんの3人で、彼女が現れて消えた場所、その階段の途中を捜したわけです。

その階段の途中に、今まで物陰になっていて全然分からなかったんだけど、隅っこの方に小さな鉄の扉を見つけたんです。

秋山さんはその扉を指差して、

「先輩、こんな扉がありますっ!」

って叫んだんです。

「まぁ?」

先輩看護婦さんも、初めて鉄の扉を見たんですね。

「こんな扉、誰も知らなかったわ」

よく見るとその鉄の扉、入れないように板を打ち付けてあったんです。

それが外したのか、外れたのかは分かりませんが、打ち付けていた板が下に置いてあったんです。

先輩看護婦さんが、取っ手を掴み鉄の扉を引いたんです。

”ギィィ”

開いたんですよ。

その扉は、鍵が掛かっていなかったんですね。

さらに力任せに開けると

”ギギギィイイイィ”

と開いたんです。

真っ暗な中、奥からひんやりした空気が漂ってきたんです。

それと共に中からカビ臭いような、嫌な匂いが漂って来るんです。

先輩看護婦さんが、近くにあった懐中電灯で中を照らしたんです。

中はコンクリートの長い階段が、ずーっと奥に続いているんです。

先輩看護婦さんが、

「中に入ってみましょうか」

って言うので、ふたりとも息を飲んで、

「は、はい」

と答えて恐る恐る中に入って行ったんです。

先輩看護婦さんを先頭に、ふたりは怖いから手を繋いで中に入ったんです。

中は、ずーっとコンクリートの階段が続いているんです。

下に降りて行ったんです。

カツーン、コツーン、

足音がコンクリートに不気味な響きでこだまする中を、3人はゆっくり降りて行ったんです。

中はジットリと湿っていて、嫌な匂いもますます強くなってきたんです。

下は真っ暗な闇。

懐中電灯の明かりだけで、足元がどうにか見える程度なんですよ。

3人は、やっと一番下まで辿り着いたんです。

すると今度は、奥へ続く通路になっていたんですね。

どこまで続いているのか、分からないんですが、闇の中に通路が続いていたんです。

どっかの建物から通路が続いていて、その通路が丁度、秋山さんの部屋の真下を通って、どこかに続いていたようなんです。

そんな構造になっているのがその時、初めて分かったんです。

その通路、床も壁も全部コンクリートで出来ていて、天井部分がアーチ型になっている、かなり古い構造だったんです。

幅は1メートルより少し広いぐらい。

高さは1.8メートルほどの大きめの通路だったんです。

だから大人がふたり並んで歩くのに充分な幅がある、ヒンヤリしたコンクリートの通路だったんです。

カビ臭くて、嫌な雰囲気が漂う古い通路が、古い建物の下にあったんですよ。

秋山さんは、

『嫌な匂いだわ』

そう思いながら、恐る恐る眺めていたんです。

そうしたら年輩看護婦さんが、周りを照らしながら、

「あらぁ、まだこんなのが残っていたのねぇ」

って、懐かしそうにつぶやいたんです。

秋山さんは気持ち悪そうに、

「これ、なんなんですか?トンネルとか防空壕ですか?」

先輩看護婦さんは、

「まだあったのねぇ」

溜め息をつくように言ったんです。

先輩看護婦さんの話によるとこの病院、昔は伝染病の隔離病棟があったそうなんです。

当時は病気の知識も認識も低いし、伝染病をとっても恐れていたんですね。

だから患者を、一般の目に触れさせないように、病棟の周りに高いフェンスを張って、その周りには鬱蒼とした樹木を植えて、外から見えないようにしていたんです。

だから当時のこの病院は、誰の目にも触れない病棟があったんです。

そこに連れて来られた患者さんは、退院する事なく、この病棟で亡くなっていったそうです。

伝染病で亡くならなくても、一生この囲まれたフェンスの中から出られなかったんですよ。

まるで収容所みたいな病院だったんですね。

そんな時代だったので、隔離病棟の隣に死体置き場を作っていたそうです。

それも地下を通って人目に触れないようにして、死体置き場に運んでいたんです。

その当時、隔離されていた患者さん達がその通路から逃亡を企てて、失敗したそうです。

また、若い患者さんがこの通路に逃げ込んで、自殺をした事もあったそうです。

伝染病に対しての無知から、多くの悲劇があったんですよ。

そんな事件があってから、この通路を一切使わないようにしたんだそうです。

だから鉄の扉を板で塞いで、誰も使えなくしていたんです。

その後、ここにあった隔離病棟は別の場所へ移って、建物も壊されたんです。

当時を知る人以外は、過去の経緯も知らなかったんですね。

 つづく


稲川淳二の怪談 整体の先生である小林さんの話

2009-08-30 15:19:28 | 心霊・怪談

 

皆さんねえ、今日はこういう話もあるもんなんだと、まあ、一つそういう気持ちでもってねえ、聞いてほしいと思うんですよ------。

これ、エレベーターがあちこちで停まる事件、前にあったじゃないですか。

ちょうどあのころの話なんだそうです。

小林さんという、整体の先生してる人で。

ある夜、仕事を終えて、自宅へ帰った。

その日は、保険点数なんかの計算の仕事なんかあって。

残業して、夜遅くなった。

で------、自宅のマンションに戻って。

自宅といっても、自分は引っ越してまだ、一ケ月くらい。

仕事場に近いマンションに引っ越してきたばかりで。

で、一階のエントランスから、エレベーターホールに行って。

乗ったわけだ、エレベーターに。

彼の家は、9階。

ボタン押して。

途中の階に停まっていたエレベーターが、

ウィーン-----

と、動き出して。降りてくる。

ウィーーーン

ときて、一階にガタッ-----

停まる。

扉が開いて、小林さん、乗り込んで。

で、またボタン押して、扉が閉まって。

ウィーーーン

動き出す。上に-------。

ところが、乗ってて、途中、

ああ------そうだ!

「いっけねー」

って思い出した、小林さん。

一階の郵便ポスト、見るの忘れたんだ。

まあいいや、と想ったけど、ちょっと大切な手紙、待ってるのもあったんで、

「もし来てたら、まずいな」

思い起こして、

すぐ一階に戻ろうと-----。

ウィーーーン、グッ--------

となって------、ストン------カタッ

エレベーターが停まった。

9階だ。

すぐに閉めるボタン押して、彼、一階に降りようとした。

と、-------ん?

男性が立ってる。-----前に。

うっ!

一瞬、驚いた。人がいたからねえ。

いるわけないと想ってましたから。で、

「ああ、すいません」

いって-----小林さん。

「一階ですか」

いうと、

ん、下を向いたまま、ちょっと顔さげた、その男性。

「じゃあ」

てんで、彼が乗ると、ボタン押した。閉めるボタン。

でもって、1階のボタンも押す。

-------

エレベーターが再び降りていく。

二人きり。エレベーターの中。

見知らぬ二人ですから、なんだかねえ、その、気まずい雰囲気があって。

沈黙したまま、

ウィーーーン

とエレベーターが降りていって。

ガタッ

一階に到着。

「どうぞ」

と、男に譲ったけど、男が会釈して、そのまま行こうとしないので、小林さんが先に降りた。

で、郵便の、集合ポストのとこ行ったわけだ。

後ろで、

カタッ

エレベーターの扉が閉まる音がした。

一緒だった男性は降りて、出て行ったんでしょう。

ポストと反対の方向に玄関があるので、よくわからないですが。

で------郵便をもって、再びエレベーターホールに行って。

停まっていたエレベーター開けて。

で、中に入って、閉めるボタン押してねえ-----。

で、9階のボタン押す。

自分の階。

ところが------、ついねえ、手元というか、指先というか狂ったんでしょう-----。

小林さん、そんとき、ついうっかりして、6階を押しちゃったっていう。

で、あわてて9階のボタン押したけど、6階のランプもついちゃった。

あっ、

しまったと思ったけど、もう遅い。

-----ねえ。

で、

ウィーーーン

と行きながら、やがて、用もない6階に近づいて。エレベーターが、

ガックン

すっ--------

と-------6階に停まった。

扉が開いた。

瞬間、さっと閉めるボタン押した。

と-----、開いた扉の前に、さっきの男が立っていたんで、

ううっ!

思わずのけぞった!

ううっ!男-----さっきの男-----。

赤と黒の格子縞のシャツに、黒いズボンはいて。

顔をうつむき加減で。

立ってるんで------、

「えっ!」

と思わず叫んだけど、同時に、

シュっ-----

扉が閉まって、ウィーーーーーン

動き出したんで、ああっ------!しまった、悪いことしちゃった。乗るんじゃなかったのかなあ!と思った。------でも、なんで?

なんで、さっき一階に降りたはずの男が、また6階に立ってるんだ-------。

9階から一緒に一階に降りたはずだ。

で、自分はまた乗った。一人で。

なのに、今度は間違えて押した6階にあの男が立ってた。---------ありえない!

ありえないんだ、これは------!

と思うと同時に、ぞくっと、背筋が凍って----。

ううっ!

ストン----

ドア開いた。

9階に停まると、急いで降りた。

で、エレベーターの扉が閉まった。

急いで自分の部屋に行こうとして、行こうとしたら、

ウィーーーーーン

エレベーターが動き出した。

彼、それ見てて、なんだか気になった。

で、ちょっと、それ見てたわけだ。そのエレベーターの、降りていく先を。

と-------すっ----

6階に停まった--------。

6階-----あの男がいるところ------。

と------、また、

スクン

と動き出して、エレベーター。

今度は上に上ってくるんで、

ううっ!

小林さん、走り出した!

ううっ!うううっ!

急いで自分の部屋に行って、鍵を開けようとして。

でも、手が震えて、思うように鍵穴に鍵が入らないで、そのうち、

ウィーーーーン

エレベーターが来る!

上がってくる!

あの男が来る!

上がってくる!そう思うと、もう怖くて怖くて、がたがたがた手が震えながらも、

なんとか!早く!早く!早く!

カチッ!鍵が入って、

ガチャ!

グッ!ガチッ!開けて、ドア、

バーーン!

すぐ閉めた、ドア。

はあ、はあ、はあ----はあ---はあ---はあ-----ううっ

ドアの鍵穴から、のぞいた。外。

そこ、エレベーターの扉は見えないけど、前のホールが、丸見え。横から見える。

エレベータが近い部屋だから。すぐわかる。

と--------、

スッ-----

エレベーターが停まった音がした-----。

カクン

ドアが開いた音がした-----。

そうして、しばらくしてから今度はエレベーターの扉が、閉まる音がする。

ああ-----よかった、ホッと胸をなでおろしたときだった、

ガックン

----?ガックン、ガックン、ガックン

音がする------。

エレベーターが閉まって、でも、途中で障害物があったり、開けるボタンを押すと、途中で扉が開きだすあの音が、

ガっクン、ガックン、ガックン、がックン、ガックン

何度も繰り返すんで、ええっ!

なんだ?どうしたんだ?

なに?何で閉まらない?

思って、よおーく、のぞき穴から見てみると------。

扉の端に、黒と赤の格子縞のシャツが見えて!

ええっ!

それで、小林さん、そのまんますっ------と視線、上げたら------うっ!

扉の端から、あの男が目だけ出してぐぐっーとこっちのぞいていたんだ-------。

うわっ、ドアから離れた。

なんなんだ、あいつ、気持ち悪いなぁ。

しらくして時が経って------。

整体の店で、お客さんが

「おたくのマンション、二ケ月ほど前、飛び降り自殺あったんでしょう?」

いうんで、ええー、ああ-------そうなんですか?と。

「うちはまだ引越しして一ケ月なんですがそんなことあったんですか」

いうと、

「その自殺者、まだ身元がわからないんですって」

って-----いう。

「マンションの住民じゃなくて、よそから来て、飛び降りたんだって」

って-----。

「うちにも警察が来て、こういう人知らないかって、聞きに来たわよ」

って-----。

「服装が赤と黒の格子縞のシャツと、黒のズボンでさあ、写真見せられて気持ち悪かったわあっ!」

っていったんで、ううっ!って-----------!

ええっ--------!

それ、あの夜、あの男。

俺が見たのは-----じゃあ-----自殺者だったのかって------。

まださ迷って、成仏できてないのかもしれませんねえ------。

終わり

 


稲川淳二の怪談 身代わり人形

2009-08-26 00:20:01 | 心霊・怪談

 

これは和歌山の人の話ですけど、現在は関東の方へ出ていらっしゃるんですが、女子高生の時の体験なんですよ。

彼女は春に地元の高校を卒業して、憧れの大阪の短大に入学が決まってたんです。

ところが、そのころから彼女の周りに不可解な事が起こり始めたんですよ。

初めのころは、机に向かっていると、何だかどこからか、こう、ジーッと人に見られているような視線を感じたんですね。

気になって、部屋の中を見回してみたんだけれども、別に代わった事もないし、だいいち誰もいるわけがない。

昔から自分が使っている部屋ですから。

そんな事が頻繁に起きるようになったんです。

そのうちに、机に向かっている自分に背後から誰かが近づいてくる、こちらの様子をうかがっている気配がするんですね。

(あ、お母さん?)

と思って一応、振り向くと誰もいない。

(確かに人の気配がするのにおかしいなぁ)

と思いながらまた机に向かう。

ツー・・・確かに何かの音が鳴ってヒタヒタヒタと去って行く足音がする。

(うー、ヤダ)

やがて足音は消えた。

さすがに気味が悪くなったもんですから、その話をお母さんにしたんですねぇ。

「ちがうわよアンタ、神経高ぶってんのよ。高校は終わったし、大学の方も決まったし、ひとり暮らしが始まるもんだから興奮してんじゃないの」

って言われたって言うんです。

でも確かに部屋にいると、誰かの視線を感じる。

そんなある時、床のクッションにゴロンと横になってテレビを見てたら突然、背後でもって、

「ひゅー」

って息遣いがした。

びっくりして、

(うん?今の、テレビじゃないな)

と思ったと同時に身体中に恐怖がカーッと走った!

(うー、ヤダ)

と思ってると突然、後ろの方から何かビアッと引っ付いて来た。

(うわ!)

と思ったら、肩から首筋にベタベタッと何か引っ付いた・・・

手なんですよ。

まぎれもない小さな手が肩から回りこんで、自分の胸元をぐっと掴んでいる。

負さっているんですね。

(うわー、どうしよう。声が出ない)

ただテレビ見てるだけ・・・。

その瞬間、テレビの画面にたまたまこう、人の姿が映った。

影になった部分にちらっと何か映った。

小さな人の形の物が・・・。

(うわー、ヤダ)

と思っているうちにスーッと消えた。

(何だったんだろう、今のは?)

ただやたらと怖い。

(これはどう考えても神経が高ぶっているせいじゃない)

と考えた。

でも、何しろ自分が小さい時から使っている部屋ですから、こんな事があるはずがない。

そういう事があって、3日程してクラスの友だちが来た。

さんざん、大いに盛り上がって遅くに帰って行った。

自分も疲れたもんですからクターッてなもんで、布団に横になってすっかり寝込んでしまった。

そして、夜中にふっと目が覚めた。

部屋の中は真っ暗で、だいたい自分がいつ寝たのかも覚えていない。

しーんとして静まり返っている。

真っ暗の中に突然、

「カタッ、ツー」

と戸の開くような音がする。

ピタ、ピト、ピタッ、ピッ・・・・・

寝ている自分の方に足音が近づいてくる。

ゾ~ッと寒気がしてくる。

(うわー)

全身に冷たい汗が流れる。

ヒトヒトヒト・・・

小さな足音なんですが、何だかバランスが悪い。
リズムが一定じゃない。
で、自分の耳元でもって、足音が止まった。

(誰かいる!自分の横に誰か立っている。暗闇の中で、グーッと誰か近づいてくる感じがする。
うわー、ヤダ、何かがどんどん近づいてくる。
自分の顔の辺りにずーっと、くる)

ハアハア・・・

小さな息遣いをしている。

自分の顔を見ているらしい。

心の中では助けてと叫びながら、どうする事も出来なかったんですね。

必死でもってグーッと腕をのばして、枕元のスタンドのスイッチをバチッと入れた。

その瞬間、バーッと広がった小さな光の中に、自分におおいかぶさるようにして、白い顔がワーッと近づいて来た。

瞬間、彼女が見たものは、色白の顔だちなんですが、胸の辺りと口元に、赤く血が滲んでいたと言うんですね。

何だか、あっちこっちを怪我しているらしく無惨な姿をしている。

それだけ覚えている。

そのまんまバランスの悪い歩き方でもって、闇の中に消えて行った。

さっそく彼女は、この事を両親に話したんですね。

両親の方もやがてわかってくれたらしくて、

「わかった、でも一体どこへ行ったんだ?押し入れの方へ消えて行った?じゃあ押し入れを探そうじゃないか」

という話になった。

さすがに彼女が真剣なんで、お母さんと昼間、押し入れを開けて調べてみた。

いろんなものが詰まっている。

懐かしい見覚えのあるものが出てくるわけですよ。

だいたい片づいた・・・
と、もうひとつ奥に大きな箱があった。

「あれは何だろう?」

お母さんがそれを引っぱり出して来た。

何となく彼女、すべてがわかったんですよね。

箱を開けたんですよ。

その中にはね、人形が入っていたんです。

傷だらけでもって手足がバラバラになっている。
口元に滲んだようなシミがある。

瞬間、その人形を抱き上げた彼女は、

「ごめんねぇ」

と言ったきり、頬を涙が伝ったんです。

実はそれにはわけがあったんですよね。

彼女は生まれつき身体が弱かったんですよ。

このままだったらこの子は成人を迎えることなく死んでしまうかも知れないと言われた。

実際、幼いころから身体が弱くて、随分、手術も受けてるんですよね。

お母さんにしても、可愛い子供の事ですからどうにかして助けたかった。

それに自分を可愛がってくれるおばあちゃんもどうにかして助けたいと言うんで、神様、仏様だって言えば、あっちこっちお参りに行ったそうですがね。

まさに藁をも掴む思いって言うんでしょうかね。

こんな時、おばあちゃんがどこで聞いたか知らないけれど、この土地に古くから伝わるという人形に魂を入れる話を聞いてきた。

これはその土地では有名なんですが、人形を作って、その中に魂を吹きこんで憎い相手を呪い殺すという風習があったんです。

この土地にはね。

逆にこれは、ある意味では、人を生かす事にも使われた。

それじゃあって、おばあちゃん、人形師に頼んで可愛い顔を作ってもらって、自分でもそれの胴体を作った。

彼女の服だとか布を集めて来て人形の胴体の中に彼女の髪をちょっと切って入れて、それで綺麗な人形を作りあげて、一生懸命祈った。

お父さんとお母さんにしてみれば、この娘は身体が弱いから下に子供をもうけたら、この子の面倒は見れないだろうと、とうとうこの子ひとりっ子ですよ。

ひとりっ子の彼女にとってみれば、お人形さんが姉妹みたいなもんですよね。

まるで双子の姉妹のようにして可愛がったわけだ。

御飯も一緒、寝るのも一緒、面倒をみた。

そのせいか知らないけど、彼女だんだん元気になっていったんです。

彼女が具合悪い時ってのは、たいがい人形の方も具合が悪くなったようにゴロンとしている。

彼女が小さな怪我をすると人形にも傷が付いている。

ある時、彼女は怪我をしたんですよね。
簡単な怪我じゃなかった。

足にひどい怪我をした。

そしたら不思議な事に人形の足も折れてたって言うんですよ。

そんな事があった。

その後、どんどんどんどん彼女、元気になってく。

そして、中学のころにはとうとうリレーの選手になっちゃった。

活発な女の子になって、友達も随分増えちゃって楽しい毎日が続く。

そんなころに優しかった、そのおばあちゃんが亡くなった。

お母さんもすっかり彼女が元気になったからって、人形を仕舞ってしまった。

仕舞って押し入れに入れたまんま、忘れていった。

時がずっと流れていった。

でもその人形は、彼女を守ってくれていたわけですよ。

と言うのは、彼女、高校生の時、通学用のバスがありますよね。

その通学途中でもってバスが事故を起こしちゃった。

その時にやっぱり足と胸と口元も怪我してるんです。

人形の口元と胸に赤い血のあとがあったのは、きっとそれだったんでしょうね。

守ってくれたんですよ。

「この人形を自分は忘れていたのに、人形は自分の事を全然忘れていなかったね、お母さん」

「そうだね、可哀想な事しちゃったね。じゃあ、もうこの人形、楽にしてあげようよ」

とお母さんが言うんで、近くにあるお寺さんへ持って行ったそうですよ。

そうしたら、そこのお坊さんが、

「あー、話はわかりました。じゃあ、この人形から魂を抜いて楽にしてあげましょうね」

と言われましたので、彼女とお母さんは人形をわたして供養してもらったんです。

すると、

「でもねえ、この人形が優しい人形であってよかったね。そうでなかったらアンタはいいとしても、アンタの旦那になる人は持っていかれたよ」

とお坊さんが言うので、

「どういう意味ですか?」

と聞くと、

「アンタの旦那になる人は殺されてたって意味だよ」

「どうしてですか?」

「いいかい、この人形はね、アンタの事が好きなんだよ。アンタを奪われたくないんだよ。
また、ある意味では、これはアンタの分身だからね、わかるだろう、アンタの旦那、殺したかも知れないよ。自分が欲しくてね」

「そんな事ってあるんですか?」

「だってこの人形、元々は呪いの人形なんだからね」

こう言われたって言うんですよ。

不思議ですよねえ。

こんな事ってあるんですねぇ。

終わり

 


稲川淳二の怪談 生き人形 5/5

2009-08-23 23:18:10 | 心霊・怪談

そして10数年の年月が流れた。
 
 
 もはや人形やそれにまつわる色々な事件の事も人々の心から忘れ去られようとしていた。 稲川さんの元に一本の電話があった。 電話の主は、西伊豆のホテルを経営する父を持つ女性からであった。
 今は結婚して会社を退職している。
 関西のTV放送の後、この女性の父親の経営するホテルがある西伊豆まで 稲川さんと前野さんの2人が向かった、という事があったのはご存知の通りだ。
 
「やぁ、久しぶりだね。」
 
懐かしさに色々な昔話を楽しく交わしていた稲川さんと女性であったが、 ふと女性が稲川さんに相談事を持ちかけてきた。
 
「稲川さん、ちょっと相談があるんですが・・・。」
 
それまでの明るい話し声とはうってかわった深刻な口調に、稲川さんも真剣に耳を傾けた。
 それによると、この女性には結婚して可愛い女の子の子供が出来たという。 今ではもう4歳くらいになり、言葉もちゃんとしゃべれるようになったのだが、 この子の様子が最近おかしいのだという。
 
 夜の夜中にこの子が、
 
「・・・へ~、そうなんだ。ふ~ん面白いね~。アハハ!そっか~・・・。」
 
 このような寝言を言うようになったのだという。 しかし正確にはこれは寝言ではなかった。
(随分ハッキリした寝言を言うんだな・・・)
 と思い、思わず目を覚ました女性だったが、子供の様子を見て
背中に冷たいものが走ったという。 真夜中の12:00を回った、深夜である。 にもかかわらず4歳の子供が布団の上にキチンと正座をして、 誰も居ない場所、空間に向かって楽しそうに話をしているのだ。 しかもそれはこの晩だけではなくしょっちゅう、今も続いているのだという。 しかし、
「寝言を言っている子供には話しかけてはいけない。」
という事をどこかで耳にしていた女性はつとめて冷静に、子供には 話しかけなかったのだという。
 だがさすがに気味が悪くなった女性は、ある日怒鳴り声のような大声でその子に
話しかけたという。
 
「誰と話してるの!!!???」
 
するとその子は平然と答えたという。
 
「うん、お姉ちゃんとお話ししてるの。」
「お姉ちゃんって・・・どこに居るの!!!???」
「お姉ちゃんここにいるもん。」
 
とその子が指を指した方向を恐る恐る見てみても、誰も居なかったという。 恐ろしくなった女性は子供を無理矢理寝かしつけ、自分も眠ってしまった。 その翌朝、女性は子供に質問してみた。
 
「・・・お姉ちゃんってどんな子だった?」
「お姉ちゃんはねぇ、すごくちっちゃいの。おかっぱ頭でね、お着物を着てるの。」
 
「でも稲川さん・・・あたしそんな知り合い居ないです・・・。」
 
女性は恐ろしさに声を震わせながら電話口で話している。
そこで稲川さんは女性にアドバイスをした。
 
「じゃあね、その子に今度お姉ちゃんが来たらそのお姉ちゃんはどんなご用事があって来ているのか聞いてもらいなさい。」
「はい・・・。」
 
 それからしばらくして稲川さんの元に再びその女性から電話があった。 相変わらず子供は
 
「ふ~ん、そう。そうなんだ~。面白いね~。アハハ!」
 
といった具合に、様子は変わらない。 しかしその女性はもはや眠るどころの話では無い。 恐怖のあまり布団をかぶって、中でガタガタ震えていたのだという。
 そして翌日。
 
「お姉ちゃんはどんなご用事があったの?」
「うん。お姉ちゃんはねぇ、お姉ちゃんのお母さんを探してるんだって。」
「?お姉ちゃんのお母さんって・・・誰なの?」
「お姉ちゃんのお母さんっていうのはねぇ、お姉ちゃんのお着物を作ってくれた
人なんだって。」
 
 この時の様子を克明に電話口で話しながら女性が口を開いた。
 
「そういえば稲川さん・・・。あたしの母が「例の人形」の着物を作りましたよね・・・。」
 
 女性はこの話を自分の母親にも話したという事だったが、それを聞いた 女性の母親が、あの人形のことが気になるから一度見てみたい、と言っているらしいのだ。稲川さんは了解し、現在人形を預けているお寺の人と連絡を取る事を約束した。
 人形は最後に前野さんが預けたお寺に、今も安置されている。
 電話でお寺の方に確認してみたところ、毎日お供え物をあげて、着物や 体もたまに掃除して大事に奉ってあるのだという。
 稲川さんは事情を話し、一度人形に会いに行ってもかまわないかという事を 聞くと、お寺の人は快く承諾してくれた。
 
 安心した稲川さんは女性にこの事を伝えようと思ったのだが、 たまたま仕事の仲間から電話が入り、話し込んでしまった。 電話が終わった後に稲川さんは女性に電話する事を思い出し、受話器に手を伸ばした。
 すると、まさにその瞬間である。
 電話が鳴った。
 
「ハイ、稲川ですが。」
「あぁ、こんにちは、先程はどうも・・・。」
 
 電話をかけてきたのは、ついさっき稲川さんが電話で話した、人形を預かってもらっている お寺の人であった。
 
「あぁ、こちらこそ。先程はどうも。今週中にでも私とその女性、それと母親で
そちらに伺おうかと思ってるんですよ。」
「実は・・・その事なんですが・・・。」
「?どうかしましたか?」
「・・・居ないんですよ・・・。」
 
 聞いてみると、稲川さんとの電話の後、そのお寺の人は人形の様子を 見てみようと思い、奉ってある場所に行ってみたのだという。 すると信じられない事に人形の姿が無かったという事であった。 そばに置いてあった人形用の着物も一緒になくなっていたのだという。 結局人形に会いに行く事は出来なくなってしまった。
 
 それからしばらくして、再び女性から電話があった。
 
「稲川さん・・・。最近娘が以前とは違う事を言ってるんです。」
「・・・どんな事?」
 
「お母さ~ん。お姉ちゃんはねぇ、あっちの方でバラバラになってるよ?」
 
 それ聞いたとき、稲川さんの頭にはなぜか「四国」が思い浮かんだという。 なぜなのかは稲川さん自身理解できなかったという。
 しかしよく考えてみると、四国というのはあの前野さんの菩提寺がある土地なのだ。 つまり前野さんの実家が、四国にはあるのである。 だがこの話を聞いても特に稲川さんは驚かなかった。 むしろ納得したようにこの話を聞いていた。 というのも、この電話を女性からもらう直前に稲川さんの身に不思議な事が起こっていたのだ。
 
 稲川さんの部屋はマンションの最上階にある。
 稲川さんはクーラーが苦手な為、夏の暑い日は窓を開けて寝てしまうのだという。 最上階なので風通しが良く、心地よく寝られるのだ。 枕元の窓にはスダレがしてあるのだが、たまにマネージャーが入ってくるとそのスダレがこすれるような音がするので、すぐに目が覚めるという。
 この日も稲川さんは寝ていたのだが、
 
「パタパタパタ・・・。」
 
という聞き慣れた音で目が覚めた。
 
「・・・ウ~ン。ガンちゃんかい?どうしたの?」
 
 ガンちゃんという愛称のマネージャーなのだが、この日は稲川さんが声をかけても返事をしないで部屋の中を歩き回っている。 不審に思った稲川さんだったが、眠たかったので特に気には留めず、再び眠ってしまった。
 後日稲川さんはガンちゃんに聞いてみたのだが、稲川さんの部屋には行っていないと言う。
 
 しかしそれからずっと、である。 その不審な物音は一向にやむ気配が無い。 稲川さんが眠っている最中だけではなく、起きているときにもハッキリとその音は確認できるほど鮮明なのだ。
 稲川さんはそのうち、
 
「・・・来る・・・。」
 
と、感じ取れるまでになってしまったという。 稲川さんにはその足音の主が誰なのかはほぼ見当がついていた。
 
「・・・恐らくあの人形は生きていて、今も自分に関わった人間を求めて
さ迷い歩いているんだ・・・。という事は・・・。」
 
 その時である。
 稲川さんが「という事は・・・。」と考えた瞬間に稲川さんは自分に向けられている不気味な視線に気が付いた。
 ビックリして辺りを見渡してみる。するとフスマの隙間が開いていた。
そこには・・・。
 
 おかっぱ頭で真っ白い肌をした女の子が顔を半分隙間から覗かせて、稲川さんの方を 「ジーッ」と見つめているのだ。
 
来ているのです。
 
稲川さんの方を見ているのです。
 
それは今も続いているのです。
 
「・・・進行中なんですよ、この話・・・。」
 
 このお話を録音したテープが、10年くらい前に発売されたそうですが、 テープを購入した人たちから、クレームが殺到したんだそうです。 なんでも、再生中に、考えられないような現象が相次いだらしいです。 1週間も経たないうちに、このテープは発売中止になったという・・・
 
でね・・・
このお話は、まだ終わっていないんですよ・・・
去年のサイキックで、こんな話を聞いたんです・・・
 
最近・・・
稲川さんが、チャップリンの格好をして写真をとったら・・・
亡くなった人形師の方と、例の人形が・・・
稲川さんの両端に写っていたらしいんですよ・・・
 
 
--------------------------------------------------------------------------------
テレビ局関係者H・Tさんのコメント

知り合いがこちらであの番組について語ってると聞きました。
「関係者の一人としてキミの話はおもしろいからちょっと書けば。」と うながされ最初で最後ですが、私の知ってる範囲の話をお伝えします。

 TV業界では心霊モノを扱う時暗黙の了解というのがあります。 それは決して「ホンモノばかり編集してはいけない」ということ。 必ず視聴者が科学的現象または思い込みだと判別できるものを 取り入れておくというものなのです。
 そのため心霊を扱う「生放送」というのは要注意でした。
 しかしそのきっかけとなったのが「生き人形生放送事件」なのです。
 皆さんの中では「心霊写真の謎を暴く」という放送をご存知の方もいらっしゃるでしょう。あれも「光り」「ムラ」「二重露光」「反射」 などわりと簡単にわかるものを採用したのです。 ホンモノは局にも来ますが絶対にタブーでした。 それくらいのトラウマを呼んだのが・・・あの放送です。

 特に少年については強烈でした。
 警備員は出演者入場口で少年が「おはようございます」とあいさつして 入っていくのを目撃しましたし、受付も見ています。 しかも前夜の打ち合わせの際にホテルのロビーで東京のスタッフが目撃。 かなりの数の人間が見ていたので「仕込み」と考えた人間がいたのも そのせいでしたが、まさか画面に映りこむとは思わずあれでスタッフの 方がパニックになってしまいました。

「再放送がないのか」とか「ビデオは?」 などという問いがあるそうですね。
テープはあります。 しかしお話のとおり「タブー」です。局の人間は手放さないでしょう。 局外の人間が持ち出すしかないので不可能です。 それと人形の場所もわかっています。

「あれはもう扱こうたらあかんねん。」
当時は若かった私も今や立場が上になりましたので先輩に聞いたら にべもなく断られました。 私がお話できるのはここまでです。


稲川淳二の怪談 生き人形 4/5

2009-08-22 23:16:17 | 心霊・怪談
放送を終えた稲川さんは前野さんに声をかけた。ちょっと寄り道して行こうと思ったのだ。 当初の予定では稲川さんと前野さんの2人は、先ほどのお昼の番組の放送を終えた後、大阪に居る稲川さんと親しい友人の3人でお酒でも飲んで、その夜はホテルにでも泊まって翌朝東京に戻り、稲川さんは夕方からの番組に出演するという事となっていた。 しかしあまりにも状況がひどかった為稲川さんも落ち込んでいた。早く大阪から離れたいと感じていた。 そういった事情を説明して大阪の友人と会う約束を丁重に断り、稲川さんは前野さんを西伊豆の戸田という場所にあるホテルに寄って行こうと誘ったのだ。
 というのも、このホテルは稲川さんの所属する事務所の女性の父親がこの場所で経営しており、この日は稲川さんの家族やマネージャーの家族、その他友達や事務所の人間、タレントではロス・インディオスのリーダーといった稲川さんと親しい人達が事務所の女性に誘われて泊まりに行っていたのだ。 重苦しい気分を払いのけたかった稲川さんは、こういった人達と楽しく遊んで行こう、と考えたのである。
 
「それでいいかな?前野さん。」
「うん、いいよ。」
 
 こうして2人は人形を持ってTV局を出て、新幹線「こだま」に乗って西伊豆の三島駅に向かった。
 しかしここで、今だに稲川さんが理解に苦しむ不可解な現象が起きた。
 大阪で生放送が行なわれたお昼の番組は、先ほども述べたようにお昼の14:00から1時間放送される。15:00に終了するのだ。 それから新幹線に乗るために駅に向かったとしてもせいぜい30分かかるかどうか?といったところである。 大阪から伊豆の辺りまでは新幹線で正味4時間ほど。20:00前後には到着する、はずだ。
 だが実際に2人が伊豆の三島に到着してみると時間はすでに真夜中の0:00近くになっており、 稲川さん達が乗った新幹線がこの日の最終だったのだという。
 
 その三島駅から戸田のホテルまでは、一度バスに乗って小さな港まで行き、そこから船で行く事になっていたのだが、バスも船もすでに運行を終了している。
仕方なくタクシーで行こうとしても、タクシーの運転手達はどの人も
 
「あそこはもう今の時間だと、陸の孤島となっちゃうから遠くて行けない。」
 
という事で乗せてくれないのだ。仕方が無いので稲川さんはホテルの管理人、つまり事務所の女性の父親に連絡をとり、迎えに来てもらう事にした。
 
 そして車に乗りこみホテルまで向かったのだが、行きの道中に前野さんが稲川さんに心配そうに話しかけてきた。
 
「稲川ちゃん、大丈夫かな?」
「・・・なにが?」
 
 聞いてみると、少女人形は紙に包んで袋に入れて、車のトランクに入れているのだが夜道で、しかも舗装も荒れた道路の為に車はガタガタ揺れている。その為人形が壊れないか心配だと言うのだ。
 
「稲川ちゃん、大丈夫かな?」
「ちょ、ちょっと前野さん、やめなさいよ・・・。」
 
 稲川さんは小さな声で前野さんに注意した。せっかく乗せてくれている管理人のお父さんに失礼だと思ったのである。
 そうこうしている内に、今度はフロントガラスの向こうからこちらに向かって白い光が幾つも飛んで来るのが見える。 まるでムササビのようなその光は、止むどころか段々と増えてきた。しかし不思議な事に車を運転している管理人さんにはまったく気づいていない。稲川さんと前野さんの2人はその様子を息を呑みながら見つめていた。
 
「あ・・・、あぁ・・・。」
 
 光が飛んでいくたびに前野さんは声を出す。
 
「・・・やめなさいよ。あれはムササビなんだから・・・。」
 
 前野さんだけでなく自分にも言い聞かせるように、稲川さんはそう言った。
 
 やがて車はホテルに到着した。中には親しい友人達が待っている。
稲川さんもみんなに早く会いたかったし、大勢で盛り上がろうと思っていたために大きな声で挨拶をしながら大広間の扉を開けた。
 
「お~い、みんな元気か~!?」
 
「・・・・・・・・・・・・。」
 
 シーン・・・として声は無い。その場に居る誰もが表情をこわばらせ、無言で座っていた。頭を抱える者。小刻みに震えている者・・・。
 その様子を見た稲川さんは驚いて事情を聞いてみた。
 
「ど、どうしたの?・・・みんな?・・・何があったの!?」
 
 しかし、特に理由は何も無いのだという。理由も無いのに、みんなが示し合わせたかのように口をつぐみ、落ち込んでしまっていたのだ。
 予想外の状況に戸惑った稲川さんだったが、そのあとから前野さんが静かに部屋に入ってきた。
 挨拶もせずに黙って入ってきた前野さんは稲川さんやその他の人達の前を素通りし、部屋の一番奥まで人形を抱きかかえて持って行き、人形を置いて包みから出そうとする。
 稲川さんをはじめその場の人達は何気なくその様子を見ていたのだが、袋から出てきた少女人形の姿を見て、アッ!と息を呑んで驚いた。
 
 それは人間の顔ではなかった。
 切れ長だった美しい眼は顔の半分以上はあろうかという位に醜く腫れ上がり、静かな微笑を携えていた口はだらしなく開いて、横に大きく裂けている。髪はボサボサに伸び、乱れている。。
 それはまさに「化け物」といった方がいいような、そんな代物であった。
 その場に居た全員が、稲川さんと前野さんが出演した舞台を観たり、あるいは楽屋で見かけたりして、以前その人形がどういう姿形であったかという事を知っている為に、あまりにも恐ろしいのだ。
 とうとうみんなは怖くてその夜は眠れず、翌朝早々に引き上げたそうだ。
 
 後日。
 
 その話を聞いたそのホテルの管理人の奥さん、つまり事務所の女性の母親が、その人形を供養するという意味で自分が人形の着物を作ってあげましょう、という事を稲川さんに伝えて欲しいと言って来た。
 この事務所の女性の実家というのは、代々着物を作り家紋を染め上げるような仕事を生業として来た由緒ある家柄であった。
 そして稲川さんは前野さんに頼み、人形をそのホテルにもう一度持って行ってもらい奥さんに渡して、人形の着物を作ってもらう事にした。
 この日の夕方。
 TV局に仕事に向かう準備をしていた稲川さんの元に前野さんがやって来た。
 
「やぁ、前野さん。どうしたの?」
「うん、稲川ちゃん。今人形を置いて来たんだけど、茶巾寿司とお茶を置いてきたし、お腹も空かないしのども乾かないよね?」
 
という事を言って来たのだ。
(あぁ・・・前野さんもきっと怖かったんだな・・・。)
稲川さんはふとそう思ったという。
 
 そしてこの年の秋。稲川さんと前野さんはこの人形を使って最後の舞台を公演する予定だったのだが怖いので使わず、別の人形を使って公演を行なった。
やがて舞台は順調に進み、千秋楽を迎えた。
 その後事務所にはスタッフや出演者、その他関係者達が集まり打ち上げパーティーが盛大に執り行われた。しかし稲川さんはこのパーティーには参加できなかった。
 
 その翌日の事である。
 稲川さんはパーティーに出ていたスタッフの1人から奇妙な話を聞かされた。 パーティーの途中から、前野さんの姿が見えなくなり、いくら探しても見つからなかったというのだ。誰に聞いてもその行方は分からない。
 前野さんといえば、稲川さんと並んで実際に人形を扱う影の主役のような大切な人物であるから、八方に手を尽くして探してみたがどうしても見つからず、忽然とその姿はどこかに消えた。行方不明となってしまったのだ。
 
 その後も稲川さんやスタッフたちは前野さんの行方を探したがまったくつかめず、月日だけが過ぎて行った。
 
 1ヶ月・・・2ヶ月・・・そろそろ3ヶ月が過ぎようか? という頃。
 その日の仕事を終えた稲川さんが自宅に帰ると、玄関の扉に大きな目玉のポスターが貼ってある。
 
「うわ・・・何だよこれ・・・。」
 
その気味が悪いポスターが気になりながらも、稲川さんは扉を開けて玄関に入った。
 
「ただいま~。気持ち悪いポスターだね、誰が貼ったの?」
 
すると家の奥から声が聞こえてきた。
 
「稲川ちゃん・・・。」
 
前野さんであった。
驚いた稲川さんは前野さんに色々な事を質問して行く。
 
「ど、どうしたの前野さん!?どこ行ってたの!!!」
「稲川ちゃん大丈夫だよ・・・。今日家を出て来る時に三角の白い紙を置いて来たからね・・・。あれが四角になれば全てが丸く収まるよね、稲川ちゃん・・・。」
 
 しかしこの様な訳のわからない事を言って来るだけで、何も答えようとしない。いや、答える事が出来ない。
 2ヶ月半の記憶が失われていたのだ。
 だから自分がどこに行っていたのか、どうやってそこに行ったのか?まったく分からない。さらに何も身分を証明する物を持っていなかったためにどこの誰からも連絡が無かったのだ。
 前野さんは体格も良く、髪も長く伸ばしているおしゃれな紳士だったのだが、服装は浮浪者さながらであり、髪は真っ白に色が落ち、頬はこけてやせ細っていた。
 
 その様子を見て只事ではない状況を察した稲川さんによって急いで病院に担ぎ込まれた前野さんは、周囲の人達の看護の甲斐もあってか徐々に回復し、意識も正常な状態に戻って行った。
 
「あぁ~、良かった~。前野さんが元に戻って・・・。」
「心配かけてご免ね、稲川ちゃん。」
「でも、ほんとにどこに行ってたの?」
「う~ん、それが全然思い出せないんだよね。」
 
 前野さんの回復を喜んだ稲川さんは毎日のようにお見舞いに行き、前野さんを励ました。
 
 それからしばらくしたある日の事である。
 今ではすっかり回復した前野さんの元に、東欧の方の芸術団体から誘いがあった。 もともとこの前野さんという人物は、日本でも屈指の日本人形使いであり、その舞台の高い芸術性は海外でも広く紹介されるほどの才能を持った人であった。 その前野さんにヨーロッパで公演を行なって欲しいという誘いがあったのだ。 これはもう大変な名誉である。この事を聞いた稲川さんも大喜びで祝福した。
 
「良かったね~、前野さん」
「「あぁ、ありがとう稲川ちゃん。ついでにアメリカの方も寄って行きたいね。」
 
毎日こんな事を話しながら前野さんの出発は近づいて行った。
 
 
 
 そんなある晩の事である。
自宅でくつろいでいた稲川さんの元に1本の電話があった。
前野さんからであった。
 
「はい、もしもし?」
「やぁ、稲川ちゃん。」
「あぁ、前野さん。どうしたの?」
「いよいよ明日出発なんだよ。」
「そうか~、頑張っておいでよ。」
「うん、楽しみだしね。」
「それでさ・・・。」
 
 稲川さんは前野さんを激励し、その後2人はとりとめも無い会話を少し交わした。
そして、稲川さんは何気なく人形の事を思い出して前野さんに聞いてみた。
 
「あ、そういえば前野さん。人形はどうした?」
「あぁ、人形は作ってくれた人の所に今日持って行って、預かってもらう事にしたよ。」
「そうなんだ。それなら安心だね。」
 
 人形を作ってくれた人というのは、今は京都で仏像を彫っているという例の人物である。 そんな事を話しながらも、稲川さんは時間も遅いので電話を切る事にした。
 
「じゃあね~、おやすみ~。」
 
ガチャン。
 
 翌日。
仕事を終えて帰ってきた稲川さんに、稲川さんの奥さんが話しかけてきた。
 
「ただいま~。」
「あなた・・・大変よ・・・。」
「なにが?」
 
「前野さん死んだみたい・・・。」
 
「なんだそれ!?死んだみたい、って、どういう事なんだよ!」
 
 あまりに突然の話に動揺しながらも、稲川さんは奥さんに事の真相を 聞いてみた。
 
「焼け死んだんだって・・・。」
「いつ!?」
「夕べ・・・。」
「???らしいってのはどういう事なんだよ!?」
 
というのも、この火災は新聞やニュースでも取り上げられたのだが、 遺体の身元がどうにもハッキリしないらしいのだ。 この時点、当然警察による検死は行なわれていたのだが 未だ不明なのだという。 深夜に前野さんの家から出火したのだから、出てきた焼死体は 当然前野さんである可能性が高いにもかかわらず、である。
 
「そんな訳ないよ!!!だって俺、夕べ前野さんと電話で話してたんだもん!!!」
 
 ・・・しかし残念ながらその遺体は前野さん本人であった。 しかし稲川さんはどうにも釈然としなかったという。 稲川さんはこの前野さんとは長い付き合いであったから前野さんの 人柄というものを熟知している。 それによれば前野さんという人物は大変几帳面であり、 寝タバコはしない、お酒だっていい加減な飲み方はしない、という性格であった。 ましてや翌日には海外への出発を控えた大事な夜に、酒を飲んだくれて 潰れてしまうような事など、考えられない事だというのだ。 それにそもそも酒には相当強いというのもある。
 
 結局、前野さんが泥酔して火事を出したという事でこの件は落ち着いたのだが、
ある日稲川さんは奇妙な事に気が付いた。 警察が割り出した前野さんの死亡時刻の事である。 よくよく思い出してみれば、稲川さんが前野さんと電話で話していたのは 火事の真っ最中なのである。
 もし仮に稲川さんと電話で話した後に前野さんがお酒を飲み、酔ってしまって 火事になっている事にも気が付かないほどに意識を失うまでには 相当の時間がかかるはずだ。
 しかし前野さんは稲川さんに電話をかけてきた・・・。
 稲川さんはこう言う。
 
「・・・という事は、俺と話しているときには前野さんの周りはすでに
炎に包まれていたか、もしくは・・・すでに前野さんは死んだ後だった
という事になるんですよね・・・。」
 
 稲川さんは前野さんという親しい友人の死ををきっかけに、この事件にはほとほと嫌気が差し、 完全に忘れようと心に誓った。 その後も何回かこの話をTVの怪奇特集で取り上げたいという話が 持ちかけられたのだが、もはや稲川さんはまったく聞く耳を持たなかった。
 一刻も早く忘れたかったのだ。
 それにこの話をする事によって周囲の人間に不幸が訪れるのもイヤだった。