五里霧中

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稲川淳二の怪談 生き人形 4/5

2009-08-22 23:16:17 | 心霊・怪談
放送を終えた稲川さんは前野さんに声をかけた。ちょっと寄り道して行こうと思ったのだ。 当初の予定では稲川さんと前野さんの2人は、先ほどのお昼の番組の放送を終えた後、大阪に居る稲川さんと親しい友人の3人でお酒でも飲んで、その夜はホテルにでも泊まって翌朝東京に戻り、稲川さんは夕方からの番組に出演するという事となっていた。 しかしあまりにも状況がひどかった為稲川さんも落ち込んでいた。早く大阪から離れたいと感じていた。 そういった事情を説明して大阪の友人と会う約束を丁重に断り、稲川さんは前野さんを西伊豆の戸田という場所にあるホテルに寄って行こうと誘ったのだ。
 というのも、このホテルは稲川さんの所属する事務所の女性の父親がこの場所で経営しており、この日は稲川さんの家族やマネージャーの家族、その他友達や事務所の人間、タレントではロス・インディオスのリーダーといった稲川さんと親しい人達が事務所の女性に誘われて泊まりに行っていたのだ。 重苦しい気分を払いのけたかった稲川さんは、こういった人達と楽しく遊んで行こう、と考えたのである。
 
「それでいいかな?前野さん。」
「うん、いいよ。」
 
 こうして2人は人形を持ってTV局を出て、新幹線「こだま」に乗って西伊豆の三島駅に向かった。
 しかしここで、今だに稲川さんが理解に苦しむ不可解な現象が起きた。
 大阪で生放送が行なわれたお昼の番組は、先ほども述べたようにお昼の14:00から1時間放送される。15:00に終了するのだ。 それから新幹線に乗るために駅に向かったとしてもせいぜい30分かかるかどうか?といったところである。 大阪から伊豆の辺りまでは新幹線で正味4時間ほど。20:00前後には到着する、はずだ。
 だが実際に2人が伊豆の三島に到着してみると時間はすでに真夜中の0:00近くになっており、 稲川さん達が乗った新幹線がこの日の最終だったのだという。
 
 その三島駅から戸田のホテルまでは、一度バスに乗って小さな港まで行き、そこから船で行く事になっていたのだが、バスも船もすでに運行を終了している。
仕方なくタクシーで行こうとしても、タクシーの運転手達はどの人も
 
「あそこはもう今の時間だと、陸の孤島となっちゃうから遠くて行けない。」
 
という事で乗せてくれないのだ。仕方が無いので稲川さんはホテルの管理人、つまり事務所の女性の父親に連絡をとり、迎えに来てもらう事にした。
 
 そして車に乗りこみホテルまで向かったのだが、行きの道中に前野さんが稲川さんに心配そうに話しかけてきた。
 
「稲川ちゃん、大丈夫かな?」
「・・・なにが?」
 
 聞いてみると、少女人形は紙に包んで袋に入れて、車のトランクに入れているのだが夜道で、しかも舗装も荒れた道路の為に車はガタガタ揺れている。その為人形が壊れないか心配だと言うのだ。
 
「稲川ちゃん、大丈夫かな?」
「ちょ、ちょっと前野さん、やめなさいよ・・・。」
 
 稲川さんは小さな声で前野さんに注意した。せっかく乗せてくれている管理人のお父さんに失礼だと思ったのである。
 そうこうしている内に、今度はフロントガラスの向こうからこちらに向かって白い光が幾つも飛んで来るのが見える。 まるでムササビのようなその光は、止むどころか段々と増えてきた。しかし不思議な事に車を運転している管理人さんにはまったく気づいていない。稲川さんと前野さんの2人はその様子を息を呑みながら見つめていた。
 
「あ・・・、あぁ・・・。」
 
 光が飛んでいくたびに前野さんは声を出す。
 
「・・・やめなさいよ。あれはムササビなんだから・・・。」
 
 前野さんだけでなく自分にも言い聞かせるように、稲川さんはそう言った。
 
 やがて車はホテルに到着した。中には親しい友人達が待っている。
稲川さんもみんなに早く会いたかったし、大勢で盛り上がろうと思っていたために大きな声で挨拶をしながら大広間の扉を開けた。
 
「お~い、みんな元気か~!?」
 
「・・・・・・・・・・・・。」
 
 シーン・・・として声は無い。その場に居る誰もが表情をこわばらせ、無言で座っていた。頭を抱える者。小刻みに震えている者・・・。
 その様子を見た稲川さんは驚いて事情を聞いてみた。
 
「ど、どうしたの?・・・みんな?・・・何があったの!?」
 
 しかし、特に理由は何も無いのだという。理由も無いのに、みんなが示し合わせたかのように口をつぐみ、落ち込んでしまっていたのだ。
 予想外の状況に戸惑った稲川さんだったが、そのあとから前野さんが静かに部屋に入ってきた。
 挨拶もせずに黙って入ってきた前野さんは稲川さんやその他の人達の前を素通りし、部屋の一番奥まで人形を抱きかかえて持って行き、人形を置いて包みから出そうとする。
 稲川さんをはじめその場の人達は何気なくその様子を見ていたのだが、袋から出てきた少女人形の姿を見て、アッ!と息を呑んで驚いた。
 
 それは人間の顔ではなかった。
 切れ長だった美しい眼は顔の半分以上はあろうかという位に醜く腫れ上がり、静かな微笑を携えていた口はだらしなく開いて、横に大きく裂けている。髪はボサボサに伸び、乱れている。。
 それはまさに「化け物」といった方がいいような、そんな代物であった。
 その場に居た全員が、稲川さんと前野さんが出演した舞台を観たり、あるいは楽屋で見かけたりして、以前その人形がどういう姿形であったかという事を知っている為に、あまりにも恐ろしいのだ。
 とうとうみんなは怖くてその夜は眠れず、翌朝早々に引き上げたそうだ。
 
 後日。
 
 その話を聞いたそのホテルの管理人の奥さん、つまり事務所の女性の母親が、その人形を供養するという意味で自分が人形の着物を作ってあげましょう、という事を稲川さんに伝えて欲しいと言って来た。
 この事務所の女性の実家というのは、代々着物を作り家紋を染め上げるような仕事を生業として来た由緒ある家柄であった。
 そして稲川さんは前野さんに頼み、人形をそのホテルにもう一度持って行ってもらい奥さんに渡して、人形の着物を作ってもらう事にした。
 この日の夕方。
 TV局に仕事に向かう準備をしていた稲川さんの元に前野さんがやって来た。
 
「やぁ、前野さん。どうしたの?」
「うん、稲川ちゃん。今人形を置いて来たんだけど、茶巾寿司とお茶を置いてきたし、お腹も空かないしのども乾かないよね?」
 
という事を言って来たのだ。
(あぁ・・・前野さんもきっと怖かったんだな・・・。)
稲川さんはふとそう思ったという。
 
 そしてこの年の秋。稲川さんと前野さんはこの人形を使って最後の舞台を公演する予定だったのだが怖いので使わず、別の人形を使って公演を行なった。
やがて舞台は順調に進み、千秋楽を迎えた。
 その後事務所にはスタッフや出演者、その他関係者達が集まり打ち上げパーティーが盛大に執り行われた。しかし稲川さんはこのパーティーには参加できなかった。
 
 その翌日の事である。
 稲川さんはパーティーに出ていたスタッフの1人から奇妙な話を聞かされた。 パーティーの途中から、前野さんの姿が見えなくなり、いくら探しても見つからなかったというのだ。誰に聞いてもその行方は分からない。
 前野さんといえば、稲川さんと並んで実際に人形を扱う影の主役のような大切な人物であるから、八方に手を尽くして探してみたがどうしても見つからず、忽然とその姿はどこかに消えた。行方不明となってしまったのだ。
 
 その後も稲川さんやスタッフたちは前野さんの行方を探したがまったくつかめず、月日だけが過ぎて行った。
 
 1ヶ月・・・2ヶ月・・・そろそろ3ヶ月が過ぎようか? という頃。
 その日の仕事を終えた稲川さんが自宅に帰ると、玄関の扉に大きな目玉のポスターが貼ってある。
 
「うわ・・・何だよこれ・・・。」
 
その気味が悪いポスターが気になりながらも、稲川さんは扉を開けて玄関に入った。
 
「ただいま~。気持ち悪いポスターだね、誰が貼ったの?」
 
すると家の奥から声が聞こえてきた。
 
「稲川ちゃん・・・。」
 
前野さんであった。
驚いた稲川さんは前野さんに色々な事を質問して行く。
 
「ど、どうしたの前野さん!?どこ行ってたの!!!」
「稲川ちゃん大丈夫だよ・・・。今日家を出て来る時に三角の白い紙を置いて来たからね・・・。あれが四角になれば全てが丸く収まるよね、稲川ちゃん・・・。」
 
 しかしこの様な訳のわからない事を言って来るだけで、何も答えようとしない。いや、答える事が出来ない。
 2ヶ月半の記憶が失われていたのだ。
 だから自分がどこに行っていたのか、どうやってそこに行ったのか?まったく分からない。さらに何も身分を証明する物を持っていなかったためにどこの誰からも連絡が無かったのだ。
 前野さんは体格も良く、髪も長く伸ばしているおしゃれな紳士だったのだが、服装は浮浪者さながらであり、髪は真っ白に色が落ち、頬はこけてやせ細っていた。
 
 その様子を見て只事ではない状況を察した稲川さんによって急いで病院に担ぎ込まれた前野さんは、周囲の人達の看護の甲斐もあってか徐々に回復し、意識も正常な状態に戻って行った。
 
「あぁ~、良かった~。前野さんが元に戻って・・・。」
「心配かけてご免ね、稲川ちゃん。」
「でも、ほんとにどこに行ってたの?」
「う~ん、それが全然思い出せないんだよね。」
 
 前野さんの回復を喜んだ稲川さんは毎日のようにお見舞いに行き、前野さんを励ました。
 
 それからしばらくしたある日の事である。
 今ではすっかり回復した前野さんの元に、東欧の方の芸術団体から誘いがあった。 もともとこの前野さんという人物は、日本でも屈指の日本人形使いであり、その舞台の高い芸術性は海外でも広く紹介されるほどの才能を持った人であった。 その前野さんにヨーロッパで公演を行なって欲しいという誘いがあったのだ。 これはもう大変な名誉である。この事を聞いた稲川さんも大喜びで祝福した。
 
「良かったね~、前野さん」
「「あぁ、ありがとう稲川ちゃん。ついでにアメリカの方も寄って行きたいね。」
 
毎日こんな事を話しながら前野さんの出発は近づいて行った。
 
 
 
 そんなある晩の事である。
自宅でくつろいでいた稲川さんの元に1本の電話があった。
前野さんからであった。
 
「はい、もしもし?」
「やぁ、稲川ちゃん。」
「あぁ、前野さん。どうしたの?」
「いよいよ明日出発なんだよ。」
「そうか~、頑張っておいでよ。」
「うん、楽しみだしね。」
「それでさ・・・。」
 
 稲川さんは前野さんを激励し、その後2人はとりとめも無い会話を少し交わした。
そして、稲川さんは何気なく人形の事を思い出して前野さんに聞いてみた。
 
「あ、そういえば前野さん。人形はどうした?」
「あぁ、人形は作ってくれた人の所に今日持って行って、預かってもらう事にしたよ。」
「そうなんだ。それなら安心だね。」
 
 人形を作ってくれた人というのは、今は京都で仏像を彫っているという例の人物である。 そんな事を話しながらも、稲川さんは時間も遅いので電話を切る事にした。
 
「じゃあね~、おやすみ~。」
 
ガチャン。
 
 翌日。
仕事を終えて帰ってきた稲川さんに、稲川さんの奥さんが話しかけてきた。
 
「ただいま~。」
「あなた・・・大変よ・・・。」
「なにが?」
 
「前野さん死んだみたい・・・。」
 
「なんだそれ!?死んだみたい、って、どういう事なんだよ!」
 
 あまりに突然の話に動揺しながらも、稲川さんは奥さんに事の真相を 聞いてみた。
 
「焼け死んだんだって・・・。」
「いつ!?」
「夕べ・・・。」
「???らしいってのはどういう事なんだよ!?」
 
というのも、この火災は新聞やニュースでも取り上げられたのだが、 遺体の身元がどうにもハッキリしないらしいのだ。 この時点、当然警察による検死は行なわれていたのだが 未だ不明なのだという。 深夜に前野さんの家から出火したのだから、出てきた焼死体は 当然前野さんである可能性が高いにもかかわらず、である。
 
「そんな訳ないよ!!!だって俺、夕べ前野さんと電話で話してたんだもん!!!」
 
 ・・・しかし残念ながらその遺体は前野さん本人であった。 しかし稲川さんはどうにも釈然としなかったという。 稲川さんはこの前野さんとは長い付き合いであったから前野さんの 人柄というものを熟知している。 それによれば前野さんという人物は大変几帳面であり、 寝タバコはしない、お酒だっていい加減な飲み方はしない、という性格であった。 ましてや翌日には海外への出発を控えた大事な夜に、酒を飲んだくれて 潰れてしまうような事など、考えられない事だというのだ。 それにそもそも酒には相当強いというのもある。
 
 結局、前野さんが泥酔して火事を出したという事でこの件は落ち着いたのだが、
ある日稲川さんは奇妙な事に気が付いた。 警察が割り出した前野さんの死亡時刻の事である。 よくよく思い出してみれば、稲川さんが前野さんと電話で話していたのは 火事の真っ最中なのである。
 もし仮に稲川さんと電話で話した後に前野さんがお酒を飲み、酔ってしまって 火事になっている事にも気が付かないほどに意識を失うまでには 相当の時間がかかるはずだ。
 しかし前野さんは稲川さんに電話をかけてきた・・・。
 稲川さんはこう言う。
 
「・・・という事は、俺と話しているときには前野さんの周りはすでに
炎に包まれていたか、もしくは・・・すでに前野さんは死んだ後だった
という事になるんですよね・・・。」
 
 稲川さんは前野さんという親しい友人の死ををきっかけに、この事件にはほとほと嫌気が差し、 完全に忘れようと心に誓った。 その後も何回かこの話をTVの怪奇特集で取り上げたいという話が 持ちかけられたのだが、もはや稲川さんはまったく聞く耳を持たなかった。
 一刻も早く忘れたかったのだ。
 それにこの話をする事によって周囲の人間に不幸が訪れるのもイヤだった。


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