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黒闘鬼譚 その弐拾

2008-04-09 | 小説・黒闘鬼譚(完結)
勝敗はついた。
頭を無くした身体は二度と動くことはない。
「くっくっくっ、ひはははは」
血塗れの指で頭を押さえながら魔津悪は笑いだした。止めようにも止まらない、心からの笑いだった。
「ひゃっひゃっひゃっ。貴方、私をよく覚えておきなさい。アレキサンダーも、ヒトラーも成しえなかった世界制覇を成すこの私を!」
人外の闘いを特等席で見ていた石岡は、なぜか訝しげに世界制覇第一号となる男を見つめていた。あまりに異質な反応である。
「……なんですか?なにか言いたいことでも?」
「いや、あんたなにを笑ってるんだ」
「わからないのですか!?この手で第一の障害を排除したのです。これは記念すべき第一歩ですよ」
「排除って、まだなにも終わってないじゃないか」
「なんですって?」
魔津悪は足元に転がる肉の塊を見た。
何もない。
血に塗れた手は汚れた肌色でしかなく、無惨に飛び散った眼球も脳もどこにもない。
「なんだ、これは?どういうことだ」
「限界がきたんだ」
黒簗木は魔津悪の左方向二十メートル先で言った。
「お前じゃ器が小さすぎるんだよ。力に溺れることの愚かしさ、存分に味わうといい」
「ほざけ!」
「周りを見ろ!」
黒簗木の気迫に気圧されたのか、魔津悪はたたらを踏みキョロキョロと周りを見渡した。
今までのものとは違う、切れ味を犠牲にした奇妙な短剣が魔津悪を中心として半径五メートルの位置に四丁刺さり四角形を画いていた。黒簗木はただ逃げ回っていたのではない。必殺の機を窺っていたのだ。
「お前を中心に結界を張らせてもらった。これでお前は裸同然だ」
「仰る意味がよくわかりませんねぇ。それで勝ったつもりですか?」
魔津悪は両手を肩まで上げてかぶりをふった。
「俺が念を込めればそれで終わる。試してみるか?」
「……ふざけるなよ。この私が貴様ごときに敗北するなどありえんのだ!」
「オン!」
黒簗木の声と同時にそれぞれの短剣が光る。
魔津悪は突然の重圧に膝をつき、ついには地面に張りついた。
魔津悪の力をもってしても立っていることすら許さないプレッシャー。はたしてどれだけの力が働いているのか。
「ぐ、ぐあああぁぁ」
苦しみ方が変わった。
芋虫のように丸まったかと思えば、背を反らし、腹に爪をたて掻きむしっている。
「ひぎゃあああ」
腹が膨らみだした。
手は自らの血で赤く染まり、肥大化した腹はまるで臨月を迎えた妊婦のようだ。
「ひぐっ」
苦鳴が止んだ。
仰向けになったまま魔津悪は動かない。
黒簗木は合わせた手を固く握り、更に念を込めた。
短剣が強い光を放つ。
「ぎゃああああ」
再度上がる苦鳴。
剥き出しの腹から腕が伸びている。まさか、魔津悪は人を産むとでもいうのか。
腕、頭、肩、胴。開いた腹から出てくるのは、人間の女であった。血に濡れた美貌のなんと妖艶なことか。
だが、その顔は魔津悪同様苦痛に歪んでいる。痛みから逃れるように這い出た女は、やはり人間ではなかった。腰から下、下半身は巨大な芋虫のそれだったのである。
びしゃりと気色の悪い音をたて、女は黒簗木に這ってくる。もはや生物と思えぬ声を上げながら乱杭歯をがちがちと鳴らして動く様は、理不尽な暴力に憎悪を募らせる子供を思わせた。
その額に無慈悲の刃が刺さる。血飛沫となって四散したのは頭部のみならず全身であった。
「ふう」
黒簗木はどすんと尻餅をついた。短剣から光が失われる。残ったのは臓腑を失った男だけである。
「自身が食われかけていたことにも気づかず、力のみを求め、力に溺れた末路がこれだ。こうはなりたくないな」
安堵と哀れみを込めた目で魔津悪を見る。その魔津悪がよもや立ち上がろうとは!
魔津悪は自分の腹を不思議そうに見ている。
腹からはぼたぼたと血が溢れ、収まっているはずの物はない。誰が見ても死に体だ。
「よせ。もうお前に虫はない。おとなしく死を受け入れろ」
「ウアアア」
言葉を話すこともできないのか、魔津悪は涙すら浮かべて黒簗木にうめいた。
「力で全てが変わるならとっくにそうなっている。そう、ここを作った連中が世界を作り替えているさ。だが、ここは遺跡となり、お前は死ぬ。そういうことなんだよ」
「チ、ガ、ウ」
「人は誰だって力を求める。財力でも権力でも求めずにはいられないんだ。自分が無力だってことは自分が一番よくわかっているんだからな」
「チィ、ガァ、ウゥ」
「そして手にした分不相応な力に翻弄され、破滅への道を歩むんだ。アレキサンダーも、ヒトラーも、あいつらだけじゃない。大きすぎる力を手にした奴は、例外なく不幸な最後を辿る。この国なら信長や信玄ってやつがそれだ」
「チィィガァァウゥゥ!」
おぼつかない足取りで、それでも黒簗木を殺そうとする執念の凄まじさよ。
しかし、黒簗木は動かない。死に憑かれた男が生者に勝てる道理はないのだ。
伸ばした手が黒簗木の鼻先をかすり、倒れた。人が倒れたとは思えないほど軽い音だった。



「そう、そういうことでしたの」
「はい。すべてはかりそめなのです。お手伝いしていただけますか?」
「あなたに言われては仕方ないわ」



寂寥感が畑中の胸を占めていた。今までどこかがおかしいと思っていたが、まさかこんな結末を辿ることになるとは思わなかった。
彼が王だと思っていた男は王ではなかった。
言葉にしてしまえばそれだけのことだ。
清算しなければならない。
偽りの王を求め、畑中は歩いていく。存在意義を失った男の最後の抵抗をするために。