Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

朱川湊人「かたみ歌」

2011-03-23 22:28:17 | 読書感想文(小説)


不思議なことが起きる、東京の下町アカシア商店街。
この町に引っ越してきたばかりの男が、殺人事件が起きたラーメン屋のそばで見かけた若い男の正体は…
酒屋の娘の邦子が、古本に挟んだ栞に託した恋の相手とは…
「アカシアの雨がやむとき」をはじめ、昭和を彩った歌たちが、そこに住む人たちを優しく包み込む―


「アカシア商店街」のある下町を舞台にした、7編の連作短編集。
自分が生まれる前の話ばかりなのに、どこか懐かしく感じました。

全7話に共通して出てくるのは、古書店「幸子書房」とその店主。
最初に登場したときから「何かあるな」とは思いましたが、最後の「枯葉の天使」でその謎が解けたとき、
「そんな過去があったのか…」と愕然とすると同時に、それでも人は生きていける、前を向いて、
笑うことができるのだと温かい気持ちになりました。たとえ、その人が失ったものがとてつもなく
大切なものだったとしても。


以下、各話の感想。※ネタバレあります。


「紫陽花の頃」

作家志望の青年と年上の恋人・比沙子の、「神田川」的な同棲かと思いきや…ラーメン屋一家に起きた
悲しい出来事にも胸が痛みましたが、比沙子の過去と彼女が最終的に選んだ道には、どんでん返しの
驚きとともにやるせない悲しさがありました。2人の幸福が誰の犠牲の上に成り立っていたのか、
そしてその幸福はなんともろいものなのか―幸福の代償を払った2人がその後どうなったのかは描かれて
いませんが、少なくとも比沙子には彼女の後悔が報われる日が来てほしいと思いました。彼女が夫の
もとに置いていった子供のためにも。


「夏の落し文」

自分の命がもう長くないことを暗示する怪文書に脅かされる少年と、その兄の話。
真夏なのに詰襟の学生服を着た子供が、カタカナだけで書かれた怪文書をあちこちに貼ってまわる…
最初、この設定を子供の間で広がる都市伝説のようでユーモラスに思いましたが、クライマックスで
主人公がこの詰襟の子供に襲われそうになる時は、もう怖くて怖くて私も主人公のように体が固まって
しまいました。


「栞の恋」

ランボオの詩集に挟んだ栞を介して、昭和42年の日本に住む女の子・邦子と昭和19年の特攻隊員の青年が
淡い恋をする話。「世にも奇妙な物語」でドラマ化されました。ドラマでは堀北真希が演じた主人公の
邦子ですが、原作では“女柔道家”と呼ばれるほどがっしりした子だったんですね。イメージ違いすぎる。
でも線の細い堀北真希ちゃんより、がっしり体型の女の子のほうが、切なさ倍増で共感できました。
栞の恋ははかなく終わってしまったけれど、恋の思い出は邦子の心にずっと残ったし、戦争で亡くなった
青年の心にも残っていたはず。悲しくて切ないけれど、優しい気持ちになれるお話です。
しかし、岸部一徳って昔はほんとにアイドルだったんだ…かんぼーちょー!!


「おんなごころ」

酔っ払いのダメ男に惚れた女の話。読みながら、ダメ男とその女房が一緒に堕ちていくのは構わないけど
幼い娘が巻き添えになるのは許せない!と思っていたのに…とても残念な結末に、幼い娘を助けようと
していたスナックのママ同様、「ふざけるんじゃないわよ!」と毒づきたくなりました。


「ひかり猫」

漫画家志望の青年のところにやってきた、猫そっくりに動く光の固まりの話。お話自体は他愛ない感じの
内容なのですが、主人公と「幸子書房」の店主のやりとりが面白かったです。このときは、店主の過去が
どんなものなのか想像もしてませんでしたが。


「朱鷺色の兆」

中古レコード屋の店主が、馴染みの客に話した奇妙な体験とは…店主だけにしか見えない、死が間近に
迫っている人にある「朱鷺色の兆」。他人の死期がわかってしまうという気味悪さと、その気味悪さから
脱却して“なるようになるさ”と店主が達観するまで、店主の一人語りでぐいぐい引き込まれました。
最後の最後で、“実は馴染みの客にも…”なんて結末を予想していたんですが、そういうわけでは
なかったようです。まあ、もしそうだったら店主の話の余韻がぶちこわしなんですけどね。


「枯葉の天使」

最後の話は、最初の「紫陽花の頃」より少し前の話。なのでこの「枯葉の天使」を読んでから
もう一度最初に戻って読み返すと、あっと思うところがたくさん出てきます。「おんなごころ」に
出てくる、むごい最期を迎えた女の子が再登場したのに少し救われましたが、「紫陽花の頃」で
悲しい事件が起きたラーメン屋の一家の幸福な時間を見たときは胸が痛くなりました。この話の
主人公とその夫も、ラーメン屋一家の境遇をいつか知る日が来るのでしょうか。「幸子書房」の
店主にも、主人公にとっても幸福な結末ではありましたが、そこだけが気にかかりました。



朱川さんの本を読むのはこの「かたみ歌」でまだ2冊目ですが、探したらこれ以外にもいろいろと
面白そうな本がたくさんあったので、近いうちにまた他の本を読もうと思います。まずは
日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した「白い部屋で月の歌を」かな。ホラーを読むのは久しぶりだから、
夜中にトイレに行けなくなりそうでちと怖いですが…



2 コメント

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朱川さんの本 (ぱたぱたまま)
2011-04-03 21:23:41
涙で汚れた心を洗いたくなるとき朱川さんの本に手がのびます。
かたみ歌も最後の話で号泣してしまいました。
栞の恋もとてもよかったのですが、「鴨川ホルモー」のスピンオフ「ホルモー八景」にちょっと似た設定の話がでてきました。
朱川さんの本では「わくらば日記」というのも泣けるので読んでみてくださいな。
コメントありがとうございます (もちきち)
2011-04-04 19:28:46
>ぱたぱたままさん
こんばんは~

>涙で汚れた心を洗いたくなるとき朱川さんの本に手がのびます。
なるほどなるほど。
そのお気持ちわかります。
怒りの涙とか、哀しくてやりきれない涙とかではないんですよね。
最後の「枯葉の天使」は、それまでのお話といろいろリンクしていて
切なかったです。
今日、本屋で「わくらば日記」を買ったのでこれから読みます。
楽しみです♪

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