九州神社紀行-ブログ

北九州近郊を中心に神社および周辺風景の撮影日記です。

健男霜凝日子神社下宮(大分県竹田市)

2008-06-22 11:03:17 | 神社参拝ー九州
 健男霜凝日子神社下宮(大分県竹田市)を掲載しました。

 健男霜凝日子神社(たけおしもごりひこじんしゃ)
<通称>下宮様(げぐうさま)
【鎮座地】〒878-0574 大分県竹田市大字神原1822番地 旧豊後国 直入郡
【御祭神】健男霜凝日子神 (配祀)豐玉姫命 彦五瀬命 大太夫夫婦 花乃本姫
(合祀)大山祇命 奧津彦命 奧津姫命 少名毘古那神 猿田彦命 菅原道眞
     木花咲夜比賣命 大己貴命 面足尊 惶根尊
【例祭】5月2日 祈年祭
【旧社格等】式内社 豊後國直入郡 健男霜凝日子神社
      県社
【御由緒】
  参拝のしおり
 神代の頃より鎮座し、祖母山を御神体として山頂に石祠(上宮)を祀れり、孝徳天皇白雉二年(六五〇)、当所に社殿を建立し、下宮と唱へ遥拝所とす。
続日本後紀には承和十年(八四三)、豊後国無位健男霜凝日子神奉授従五位下と。また、三代実録には元慶七年(八八三)、奉授正五位下と記され、平安朝初期より京都にその存在を明にしていた。又、当社別称嫗岳大明神は平家物語、源平盛衰記に伝説として記載されている。
 社号は嫗岳大明神とも鵜羽明神又祖母山大明神とも唱へられていた。
 (平成祭データ)

 当社は上宮、下宮、遥拝所ありて、上宮は神代より祖母山頂に鎮座し、健男霜凝日子神を奉祀す。下宮は当所岩窟内にありて、白雉二年社殿を建立す。中古豊玉姫命、彦五瀬命を配祭せり。
 明治十二年十一月県社に列せらる。
晴雨風雪等天候の守護神として近郷に信仰篤し。

 中古正一位嫗嶽稲荷大明神として遠近の信仰篤かりしも社殿無く崇敬者の願意に従い昭和五十二年十二月社殿を建立す。
(参道入口社号標より)

 祖母山北側の山麓、神原地区の県道639号線沿いにあります。川を挟んで神原キャンプ場の数百m北西に位置します。

     参道の鳥居
一の鳥居から綺麗に整備された急な石段の参道が続きます、扁額には「嫗嶽稲荷神社」とあります。

 参道の鳥居一の鳥居から3番目、三の鳥居になります。

    参道から境内入口両側にみごとな石垣が見られます。

  境内入口の鳥居
 明治4年春2月とあり、穴森神社の参道入口の崩壊したものと書体も同じで同時に奉納されたと思われます。

 拝殿 
 大きな岩穴に本殿まで社殿全部が収納されています。
若干色あせていますが柱は朱塗り、壁はしっくいの白色でコントラストがみごとです。

  本殿 
 岩穴内は陽が差し込まず真っ暗です。

  岩穴内の湧き水(御神水?)
 岩穴の一番奥、本殿右にあります。柄杓があり飲めるかと思いますが止めました。

 境内社、嫗嶽稲荷神社
境内右手斜面上にあります、昭和52年12月社殿が建立されました。

 境内全景
  境内は割りと広くかつて県社であったことがうかがえます。

   参道
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