九州神社紀行-ブログ

北九州近郊を中心に神社および周辺風景の撮影日記です。

淡嶋神社(和歌山県和歌山市)

2011-03-07 15:26:45 | 神社参拝ー近畿

 淡嶋神社(和歌山県和歌山市)を掲載しました。

 淡嶋神社(あわしまじんじゃ)
【鎮座地】〒640-0103 和歌山県和歌山市加太118 旧紀伊国 海部郡
【御祭神】少彦名命(すくなひこなのみこと)
     大己貴命(おほなむじのみこと)
     息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)(神功皇后)
【例祭】
【旧社格等】郷社
      式内社 紀伊国名草郡 加太神社
【御由緒】
  御  由  緒 

淡嶋神社は延喜式内の旧社で、少彦名命、大巳貴命、息長足姫命の三柱を斎き祀る。はじめ淡嶋(加太の友ケ島の神島)
に御祀りしていた。神代の昔少彦名命は大巳貴命と共に御力を合せて此日本の国を造り堅め、農事を教へ、温泉を開き、酒
を醸り、裁縫の術を授け、病を治むる方等大きな御神徳を垂れ給うた。それで淡嶋様を医薬の祖神酒造の祖神と崇め奉る。
 息長足姫命は厚く大神を崇め給ひ其御加護によって応神天皇を御安産された。其の後御孫仁徳天皇が淡嶋に御幸し給ふ
た時、御祖母の御崇敬ましました神様であるからとて今の加太の磯間の浦に遷し御祖母の命をも合せ祀られた。(仁徳五年
三月三日で、今から千七百年前)。それで加太神社と称へ又旧宮の名により淡嶋神社とも又両地名をとって加太淡嶋神社と
も称へ奉る。当御祭神は医薬の祖神であられますから諸病を癒し給う事著しく殊に婦人の病気平癒、安産、子授け等の祈願
が最も多い。又交通、航海安全の守護神として知られている。神域は白砂青松の勝地を占め、海を隔てゝ友ケ島、遠く淡路
島の翠轡を望み行交船の絶えまなく眺望絶佳の観光都邑である。

 おまつり日

針  祭 二 月 八 日 (少彦名命は裁縫の道を初めて教えた神様である。俗に針供養として名高い
雛  祭 三 月 三 日 (雛納及雛流の神事あり)
春の大祭 四月三日、四日 (雛祭と云はれ、以前は旧三月三日に行なわれていた。)
夏  祭 七月 三十一日 (茅輪の神事あり)
秋の大祭 十 月 三 日 (甘 酒 祭)
初午祭  初 午 の 日 (末社紀文稲荷社祭)
毎月の祭 三日、十三日、二十三日

 御 宝 物

一、国  宝  金銅造丸鞘太刀 (神功皇后の御奉納)
一、国  宝  大円山形星兜 (護良親王の御奉納)
一、神楽太鼓  (神功皇后の御奉納で、世俗イトマの太鼓と云う)
一、御神輿   (浅野幸長の奉納)
一、外に古文書、玉、羽子板、雛人形等数十点あり、別に一般奉納品櫛笄の類山をなす。
  (神社パンフレットより)

 和歌山県の北西端に位置し淡路島を望む、小島が点在する景勝地、和歌山市加太にあります。南海加太線加太駅の西およそ1km、加太観光センターに隣接して鎮座しています。

 参道の鳥居
鳥居をくぐり、両側に土産物屋の並ぶ綺麗に整備された石畳の参道を進むと、参道の途中に朱の鳥居です。

 参道から拝殿
右に曲がった参道を進むと一段上に朱の鮮やかな社殿です。右には授与所、左奥には境内社が並んでいます。

 拝殿  
御祭神は少彦名命、大巳貴命、息長足姫命の三柱、はじめ淡嶋(加太の友ケ島の神島)に祀られていましたが、神功皇后の御孫、仁徳天皇によって現在の「加太」の地に遷座され、加太神社と称へ又旧宮の淡嶋神社とも又両地名をとって加太淡嶋神社とも称されています。 
 当社は御祭神である「少彦名命」が、大己貴命との国造りを終え、常世の国に旅立った聖地であるとされています。全国の淡嶋神社(粟嶋神社)の総本宮です。

 現在の社殿は江戸時代末期に第十代・徳川治宝が造営したもので、昭和54年(1979年)傷みが目立つようになった社殿を覆うような形で新社殿が造営されています。

 拝殿内の雛人形等 
拝殿内に歴史を感じさせる雛人形、市松人形などが奉納されています。
 3月3日の雛祭りの日には多くの人形を乗せた船を沖合いに流す雛流しの儀式が行われます。

 奉納された人形等拝殿廊下に置かれた日本人形です。

  
拝殿床下にも多くの人形が置かれています。全国各地から不要になった人形が供養のために送られてきています。

  
 人形等はカテゴリー毎に分類されて集められて"います。境内各所に所狭しとおびただしい数の人形等が納められて、その様は壮観です。

 拝殿から本殿拝殿に接続された本殿の全容は見られません。

 針塚拝殿手前左にあります。
毎年2月8日に行われる「針供養」で供養された針がこの針塚に奉納されます。

 境内社・大国主社境内左、紀文稲荷社の右にあります。
御祭神は大己貴命(大国主命)、内部に七福神があり、中央には「大黒様」が鎮座しています。

 境内社・紀文稲荷社境内左奥にあります。
当地出身の豪商紀国屋文左衛門により奉納されています。

 遷使殿境内左一番奥にあります。
御祭神・少彦命名の使い神である蛙が祀られています。";

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