九州神社紀行-ブログ

北九州近郊を中心に神社および周辺風景の撮影日記です。

伊豫神社(愛媛県松前町)

2006-11-07 22:29:52 | 神社参拝ー四国
 伊豫神社(愛媛県松前町)フォトギャラリー(山口、本州)に掲載しました。

伊豫神社(いよじんじゃ)
 <通称>親王宮(しんのうぐう)
【鎮座地】〒791-3161 愛媛県伊予郡松前町神崎193 旧伊予国 伊予郡 
【御祭神】彦狹嶋命
 (配祀)愛比賣命 伊予津彦命 伊予津姫命 大日本根子彦太瓊尊 細媛命
    速後神命 伊予親王 藤原吉子
【御由緒】
  伊予神社
 当社は、第七代孝霊帝の第三皇子で、伊予国を治め極めて功績の高かった彦狭島命を主祭神とし、愛媛の総神愛比売命・伊予・久米両郡の開拓神伊予津彦命・同妃伊予津姫命、さらに、主祭神の御父日本根子彦太瓊命(孝霊天皇)、御母細姫命、また、第十三代成務天皇の勅命により伊予の国造に任ぜられた速後神命(速後上命)を配神として祀る延喜式内名神大社である。
 続日本紀、三代実録等の史書にも著述があり、古来より親王宮大明神として歴代朝廷の尊崇をうけ、また、統治神として、武将・領主等からも崇敬されてきたが、特に、源義経が社殿を造営し、伊予の豪族河野家も又、代々がこれを修理したと伝えられる。
 江戸時代においても藩主は、参勤の上下に必ず奉幣して安全を祈願したとも伝えられている。なお、当地方の古歌には、「民草も豊かなりけり国の名の いよよと守る神の誓に」とあるように、古代よりこの地方の氏神として敬られ、伊予一国を代表する国魂神として崇拝された旧愛媛県社である。
松前町教育委員会
  (境内案内板より)

 JR松山駅から6Km南下、JR予讃線北伊予駅の西500mの伊予郡松前町(”まつまえ”でなく”まさき”)神崎にあります。

 参道の鳥居
参道は木立に囲まれています、参道の鳥居をくぐると正面に拝殿

 拝殿
拝殿の直前右手に手水舎、左に神木の楠がそびえています。

神木

 拝殿の彫刻
拝殿には見事な彫刻が施されていて、県社の風格が漂います。

 流造銅板葺の本殿
祭神は、孝霊天皇の第三皇子で伊予国を治め極めて功績の高かった彦狹嶋命(ひこさしまのみこと)

 境内社
境内右手の境内社には山之神社・猿田彦神社・厳島神社・竈神社があります。

  五輪塔
五輪塔のあるこの一画は、往古、伊予神社の別当寺「真常寺」…現晴光院…の境内に位置し、「入らずの森」と畏敬されてきたところで、かっては貴顕の尊霊を祀る廟地であったところと伝えられている。
 この五輪石群は現在三基に纏められているが、大は、高さ約188cm・小は、高さ約152cmあり、幅はいずれも約70cmで、石材は砂岩系の軟質岩を加工したものである。全容を見ると、地水火風空の各輪がやや均衡・調和を欠き、倒壊し散逸した異石を組み合せた五輪塔であることが分かるが、その造立時代を始め由緒・沿革等の拠るべき史料はない。
 また、風化も進んでおり刻字の有無等目ぼしいものは発見されていないが、明治三十年(1897)二月、当時の宮内省属、青山盈氏の調査報告によると、地方色豊か、粗豪で力強さがあり造型手法からみて鎌倉後期の作であろうと推定されている。なお、この調査に付随し、地下60cm程を試掘したところ、青銅経筒六個中国宗代の磁器壺二個・刀子・布目瓦・土器和鏡等が出土した。これらの遺品は、五輪塔と共に昭和四十四年(1969)三月一日松前町有形文化財として指定されている。
  松前町教育委員会
(境内案内)

社殿全景
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