あした来る彼女

2006年01月15日 | Weblog
リバイバルブームなのだろうか。以前読んだことのある井上靖の『氷壁』がNHKでドラマ化され、初回が放送された。現代風にアレンジされているが、原作は古き良き時代の大衆小説である。氏の『あすなろ物語』や『敦煌』も有名だが、私は『あした来る人』が好きだった。私がめったに読まない恋愛小説なのだが、抑制された文体のなかで、人を好きになることや、人を想う心の動きが瑞々しく描かれている。くだらない、サラリーマンと銀座のママさん御用達の渡辺淳一の小説なんて目じゃない。セックスを描けば、それでいいというものではないことを氏のこの作品は証明している。恋愛であろうとなかろうと、人は静謐に他者を想うことがあるし、それが必要な時もある。

ブログではないが、私が3、4年前にネットサーフィンをしていて、偶然見つけたサイトがある。ある女性の日常雑記が綴られていて、今もある。気になって2、3日に一度閲覧するようになった。彼女がU2が好きで内田百が好きだったからだ。彼女はフリーターをしながら、ロックバンドで唄う。その後、ある工業部品会社に勤務する。ちゃんと彼氏もいる。仕事も一生懸命に取り組む。しかし、良好な人間関係の形成の仕方がどうしても下手なのだ。どうしても不器用なのだ。さらに長時間労働が拍車をかけて、彼女の労働環境を悪化させる。日記に綴られる筆致から、それでも前向きに仕事に取り組もうとしているのがわかる。自分を叱咤して、叱咤して、息切れをおこし、ついに退職を余儀なくされる。暫くして、彼女は家に篭るようになる。彼氏にも会わなくなる。日記の内容が後ろ向きになり、記述が乱れる。病院に通うようになり、投薬が始まる。日によって、調子の良い日もあるし、悪い日もある。
彼女に別れが二つ来る。心配した彼氏からの電話に、意を決して久しぶりに出る。彼女は自分の現在の状態を説明する。そして摂食障害も起こして、スリムだった自分が70kgを越えたことを告白する。女性ならつらいだろう。彼氏にどうしてももう会えないと告げる。電話口で彼氏も泣いたらしい。また、父親が病に臥せる。それまでは親子ゲンカばかりしていたが、彼女は、自分も治療を受けながら懸命に看病するが、父親には最後が訪れる。

彼女の日記を見るのは悪趣味だろうか。彼女と同じように過剰な競争と長時間労働と成果主義と人間関係に疲れ果てて、精神的にきつい場所に身を置いている人が、現代は多いのではなかろうか。どこでピリオドが打たれるのだろうか。日本の勤労者はギリギリで頑張っている。

彼女の日記は続いていて、治療も続いている。調子のいい時は文章も楽しげだ。
私は、彼女をネットでしか知らない。彼女は私のことは全く知らない。私が日記を読んでいることも知らない。しかし、私は真剣に、静かに彼女を見守っているつもりだ。悪趣味とは言われたくない。
人は他者を想う。
彼女は来る。きっと来る。あした、元気になって、現れる。
そう信じて、あしたもまたアクセスする。

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過重労働による健康障害に関する現状と課題
  ○労働時間の状況については、毎月勤労統計調査によれば、労働者一人当たりの所定外労働時間は年間130時間から140時間で近年横ばいから若干増加の傾向にある。事業者が時間外労働又は休日労働をさせようとする場合には、労働基準法の規定により労使協定の締結が必要であり、その内容についても延長時間の限度など一定の条件を遵守することが求められているが、平成14年度労働時間等総合実態調査によれば、1ヶ月の法定労働時間外労働が100時間以上の労働者がいる事業場が全体の1.6%、45時間を超える労働者がいる事業場が全体の14.7%となっている。

職場における心の健康に関する現状と課題
  ○ 我が国において精神疾患で医療機関を受診している人は、平成14年では国民の約45人に1人にあたる260万人に上っている。また、自殺者の数は、平成10年以降全国で3万人を超える状況が続いており、そのうち約9000人が労働者となっている。

  ○また、精神障害等の労災補償状況を見ると、請求件数、認定件数とも近年増加しており、そのうち未遂を含めた自殺の労災認定件数は年間40件に及んでいる。これら精神障害による自殺の労災認定事案の分析結果をみると、平成14年度以前の51件の事案のうち、27件において月100時間以上の時間外労働時間が認められ、長時間労働が心の健康にも大きく関与していることが考えられる。 (厚生労働省HPより)


2 コメント

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いいのを (luxemburg)
2006-01-17 23:30:35
また、いいのを書いてるじゃないですか。ちょっといろいろ感想を書く気力がないのでいつも読んでますとお伝えだけしとこ(まあ、ご推察ください)。
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管理人 (nizan)
2006-01-18 23:26:42
luxemburgさん、おひさしぶりです。読んでいただき、ありがとう。

ご推察申し上げます(苦笑)。
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