goo blog サービス終了のお知らせ 

長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『彷徨える河』

2016-12-25 | 映画レビュー(さ)

 近年の南米映画の躍進は聞き及んでいたが実際、目の当たりにすると未だ見ぬ映画言語に圧倒されっぱなしだった。コロンビアの俊英シーロ・ゲーラ監督はコッポラやヘルツォークといった偉大なフィルムメイカー同様、ジャングルに分け入り、その闇の奥を撮らえる事に成功している。

20世紀初頭、アマゾン。ドイツ人植物学者が幻の草ヤクルナを求めてジャングルにやって来る。白人社会によって滅ぼされた部族の生き残りカラマカテだけがその在処を知っているからだ。

物語はその数十年後、ドイツ人植物学者の足跡を追ってきたアメリカ人学者と、彼を案内する老カラマカテの旅路も並行して描かれる。常人の理解の及ばない隔絶されたジャングル文明は、白人社会の入植によって滅びゆきつつある。本作のモチーフは実際の旅行記に基くというのだから面食らう。まさに『地獄の黙示録』を地で行く壮絶さだ。

プロダクションデザインが圧倒的だ。ジャングルの長大な運河を遡上するカヌーをカメラは追い、人の手の及ばぬ霊峰を撮らえ、モノクロームがこの映画をいつともどことも知れぬものへとする。劇伴、音響設定は観る者を酩酊へと誘い、ジャングルの奥地で独自の王国を築くキリスト教集落の場面で狂気はピークに達する。面白いのは先の巨匠たちと違ってゲーラには理性がある事だ。闇の奥で僕らが目にする神秘的な終幕はこの映画を忘れがたいものとしている。

何より白人社会によって滅ぼされた文明が再び白人文明のフィルムという魔術の力を借りて現代に蘇ったことに、僕は平伏せずにはいられない。


『彷徨える河』15・コロンビア、ベネズエラ、アルゼンチン
監督 シーロ・ゲーラ
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』

2016-12-17 | 映画レビュー(ふ)

 正直な話、大成功を収めた本家シリーズよりも楽しめた。オスカー俳優エディ・レッドメインが内気で少しおっちょこちょいな魔法使いニュート・スキャマンダーに扮してまたしても性格俳優ぶりを見せつけ、ヒロイン・ティナ役はptaの『インヒアレント・ヴァイス』で僕らを70年代にタイムスリップさせたキャサリン・ウォーターストンという大作映画には地味だし、若くもない女優だが、彼らがこれまでのシリーズにはなかった大人っぽさをもたらしており、J・K・ローリングの魔法世界はこれまでになくアダルトな雰囲気になった。しかも舞台は旧き良き1920年代のNY。ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリポタ!

本家シリーズがあまり好きになれなかった理由の1つが物語がホグワーツからほとんど動かない事だ。万能の魔法が学校(それも寄宿)から1歩も出られないだなんて夢がないではないか。僕らの生きる現実世界の裏側で魔法使い達も共存している…そんな楽しさが現れ始めたのはシリーズが終盤に差し掛かってからだ。
映像技術の発展や著しいもので、本作では旧き良き20年代アメリカのランドスケープに3Dが抜群の効果を挙げている。まさに目の前で魔法が使われているような楽しさ。こんなに3Dが活きた映画も久しぶりではないだろうか。

アリソン・スドル、コリン・ファレル、ダン・フォグラーら出演陣の存在感も色っぽい。映画ファンにとっての“ハリー・ポッターシリーズ”の楽しみの1つは英国演技派オールスターキャストの共演だ。次作で登場するという若きダンブルドア役にはトム・ヒドルストンがいいと思うのだけどなぁ。色気むんむんのダンブルドアなんて見てみたいじゃない!

 
第2弾の舞台はパリになるらしいが、1920年代のパリと言えばゴールデンエイジではないか。どんな艶やかなプロダクションデザインになるのか、“ミッドナイト・イン・ハリポタ”に期待だ。


『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』16・米
監督 デヴィッド・イエーツ
出演 エディ・レッドメイン、キャサリン・ウォーターストン、コリン・ファレル、ダン・フォグラー、アリソン・スドル、エズラ・ミラー、ジョニー・デップ
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『最後の追跡』

2016-12-16 | 映画レビュー(さ)

 ニューシネマと呼ばれる映画群が生まれた背景の1つがベトナム戦争への反抗であり、戦争=人殺しをする事で一生涯背負ってしまった罪と傷を白日の下に晒すためのものだったように思う。デヴィッド・マッケンジー監督による『最後の追跡』(=原題“Hell or High Water”)は冒頭、テキサスの田舎町の壁にこんな殴り書きを見つける“3回イラクに行ったのに支援なし”。

マッケンジー監督はニューシネマや、サム・ペキンパーへオマージュを捧げながらイラク戦争後にアメリカが背負った十字架を観る者に突きつけ、それは“トランプ旋風”によって分断された今日、厳しく映る。主人公兄弟は住宅ローンによって帰るべき家を押さえられてしまった事から、テキサスの地銀を狙った銀行強盗を繰り返す。行員の出社時間を狙った大胆不敵かつ緻密な犯行は成功し続けるが、彼らを追うテキサスレンジャーによってその包囲網は狭められつつあった。

冒頭から目を見張るショットを連発するカメラと、乾いた音楽を奏でるニック・ケイヴのスコアが本作を“ネオウエスタン”として彩り、キャストも素晴らしいアンサンブルを披露する。『スター・トレック』以外の代表作を手に入れたクリス・パイン、“ショーン・ペン化”にますます磨きのかかるベン・フォスター、そしてジェフ・ブリッジスが十八番とも言える保安官役で豪放な魅力を放つ。老いたりといえどもやんちゃな若大将っぷりはかつての『サンダーボルト』を彷彿とさせ、ニューシネマ的な文脈を未だ描き続けている作家イーストウッド(そしてマイケル・チミノ)と本作を邂逅させている。

イギリス人監督マッケンジーによる虚実入り混じったテキサス像はやがて映画に神話的な奥行をもたらしていく。贖罪し続ける事の過酷さを描いた作品は近年、ついぞなかったのではないか。これは“2016年のニューシネマ”なのだ。


『最後の追跡』16・米
監督 デヴィッド・マッケンジー
出演 クリス・パイン、ベン・フォスター、ジェフ・ブリッジス
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『グランド・フィナーレ』

2016-12-08 | 映画レビュー(く)

 まだ40代というのにイタリアの気鋭パオロ・ソレンティーノはやけに老成した作品ばかり撮っている監督だ。ショーン・ペンが老いぼれグラムロッカーに扮した『きっとここが帰る場所』や、アカデミー外国語映画賞を獲った『グレート・ビューティー』といずれも老人がこれまでの人生を振り返る物語である。とろけるように美しいライティング、耳心地のいい選曲のポップス、時に奇異で突拍子もないサブプロット…“ソレンティーノ印”とも言うべき記号がズラリと揃った『グランド・フィナーレ』もこれまでと何ら変わらないメロドラマであり、“ソレンティーノ印”の気取った映像と選曲が退屈さを誘う。

それでもしかし老優は宝である。
年齢的な事を考えるとこれが最期の主演作になるかもしれないマイケル・ケインの軽妙さ、久々ハーヴェイ・カイテルの渋味は映画ファンにとって至福である。

 作家がいくら老成を気取ろうと老優の年輪が醸し出す味わいにはかなわない。そろそろソレンティーノにはフェリーニのリツイート以外のものを見せてもらいたい。


『グランド・フィナーレ』15・伊
監督 パオロ・ソレンティーノ
出演 マイケル・ケイン、ハーヴェイ・カイテル、レイチェル・ワイズ、ポール・ダノ、ジェーン・フォンダ
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ガール・オン・ザ・トレイン』

2016-12-07 | 映画レビュー(か)

 主人公レイチェルは通勤電車の車窓から見える1人の女性に妄想を募らせていた。彼女の名前、夫の名前、職業、そして2人の愛に満ちた生活…。ところがある日の車窓でレイチェルは彼女が夫以外の男と仲睦まじくしている姿を目撃してしまう。自身も夫に裏切られた過去を持つレイチェルの中で、次第に名前も知らぬ彼女への得体の知れない感情が膨れ上がっていく…。

ラブコメ、アクション、ミュージカルとあらゆるジャンルをこなす当代きっての万能女優エミリー・ブラントにとってレイチェル役のアル中演技もどうという事はなかっただろう。勤め人から重度のアルコール中毒、そして…といった具合に物語が進むにつれレイチェルへの印象が変わり、果たして彼女の一人称は正しいのか?という“信頼のおけない語り部”となっていく展開が面白い。というか、明らかに殺人犯にしか見えない展開に日頃、記憶を無くすまで飲んでしまう諸兄諸姉は血の気が引くこと請合いだ。

 映画はレイチェルはじめ3人の女性の一人称で物語を異なる角度から何度も語り直し、事件の全貌を明らかにしていく。レイチェルから見れば夫を寝取った憎きアナも、視点を変えれば夫の元妻にストーキングされるか弱い妻アナに変わる。大ブレイクを果たした
『ミッションインポッシブル/ローグ・ネイション』の後ではほんの肩慣らし程度であろうレベッカ・ファーガソンがアナに扮している。

物語の中心となる車窓の女メガンに扮した新鋭ヘイリー・ベネットの、もの憂い気な独特の色気がいい。見方を変えれば誰にもその孤独を理解してもらえなかった哀しい女の物語とも見て取れる。

 近年、米TVドラマ界の興盛によってハリウッド映画が余暇の楽しみにすらならないと感じていたが、テイト・テイラー監督の叙述の巧さ、ダニー・エルフマンの硬質な音楽、女優陣の魅力といった映画ならではの“技”に改めて唸らされた充実の1本だ。


『ガール・オン・ザ・トレイン』16・米
監督 テイト・テイラー
出演 エミリー・ブラント、ヘイリー・ベネット、レベッカ・ファーガソン、ジャスティン・セロー、ルーク・エヴァンス
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする