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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『サウルの息子』

2016-10-28 | 映画レビュー(さ)

 ハンガリーの新鋭ネメシュ・ラースロー監督による並々ならぬ気迫に満ちた衝撃的デビュー作だ。初御披露目されたカンヌ映画祭を席巻し、全米賞レースも独走のままアカデミー外国語映画賞を受賞するに至った。第二次大戦時、ナチスドイツによるユダヤ人収容所ビルケナウで同胞殺しに従事させられたユダヤ人部隊“ゾンダーコマンド”を描く本作は究極の地獄絵図の中、人間の尊厳とは何かを追い求めていく。

まずはその描写力に度肝を抜かれる。巻頭早々“死のシャワー室”が描かれる。パニック状態のユダヤ人たちを誘導し、服を脱がせ、私物を置かせる。彼らを広間に集めると鉄の扉を閉じ、サウルらゾンダーコマンド達は機械的に私物と金品を選り分けていく。扉の向こうからはユダヤ人達の断末魔の声が…。

映画は終始カメラをサウルの肩越しに据え、まるで全ての感情を謝絶したような彼の表情を中心に映していく。血反吐と汚物にまみれた死体の山もカメラの隅でボヤけるだけだ。恐怖によって支配され、非人間的な行為を行っていくうちに感情を殺さざるを得なくなった彼の視野狭窄的な感覚をそのまま映像化しているのである。その迫真性は収容所の“処理能力”を超えてパニックに陥ったナチスがユダヤ人達を大穴へ投げ殺す大虐殺でついにピークを迎える。

サウルはガス室で唯一、死にきれなかった少年を見つけ出す。すぐさま殺されたその子を“自分の子だ”と言い張るサウルはユダヤの教義に則って埋葬しようとラビを探して収容所内を駆けずり回る。

果たして少年は本当にサウルの息子なのだろうか?
映画には初めからこの違和感がつきまとう。周囲は皆「オマエに子供なんていない」と言い、否定する。映画もサウルの人物像、背景を匂わせるだけでキャラクターをハッキリ描こうとしない。

彼が“埋める”という行為に執着した理由とはいずれナチスに殺される事が明らかなこの状況で、それが唯一の反抗であるからだ。ナチスはこの地上からゾンダーコマンドはおろか収容所の実態を示す証拠の一切を消し去ろうとしたが、ゾンダーコマンド達によって地中深く埋められたビンから凶行の全てが記録された文書が発見されたのだという。サウルが時に仲間との和を乱してまで埋めようとしたもの…それは人知れず歴史の闇に葬られた多くのユダヤ人達の怒りと勇気、人間の尊厳たる想いだったのではないだろうか。
 終始険しい顔つきの主演ルーリグ・ゲーザが最後に見せる微笑みが忘れがたい。


『サウルの息子』15・ハンガリー
監督 ネメシュ・ラースロー
出演 ルーリグ・ゲーザ
 
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『スティーブ・ジョブズ』

2016-10-28 | 映画レビュー(す)

 フェイスブック創設者マーク・ザッカーバーグの伝記映画でありながら“時代の変わる音”を聞きつけた傑作『ソーシャル・ネットワーク』の脚本家アーロン・ソーキンが、偉人伝をやるには早過ぎる感もあるスティーブ・ジョブズを描いた実録モノ。84年のマッキントッシュ、88年のネクストキューブ、98年のimacという彼の代表的な3製品の発表会直前からその生涯を描き出そうとする野心的な構成だ。楽屋裏で毎度、親権を巡るドラマが起こっていたとは考えにくいが、この大胆な翻案は膨大なセリフの応酬によってさながら舞台劇のような熱量がある。

ところがそこからはやはりこれまでの伝記映画と同じく、ジョブズという人間像は見えてこない。演技合戦に明らかに不似合いなダニー・ボイルの忙しない演出にも一因はあるだろう。いや、傲慢なエゴイストという“天才奇行伝説”である事はわかる。しかし、現代にこれほどのテクノロジー改革をもたらした男を描きながら世界が変わった瞬間、これから変わろうとしている「音」が聞こえてこないのだ。

全くジョブズに似てない事を物ともしないマイケル・ファスベンダーは声音以外は物まねをしない大胆不敵なパフォーマンスだが、彼のこれまでのフィルモグラフィを思えばオスカーにノミネートされる程の事ではない。セス・ローゲン、ジェフ・ダニエルズ、ケイト・ウィンスレットらとの三番勝負を乗り切った事への敢闘賞ノミネートだろうか。

根っからのアップル信奉者には物足りない?これでも有難がるのはジョブズ信奉者か。


『スティーブ・ジョブズ』15・米
監督 ダニー・ボイル
出演 マイケル・ファスベンダー、ケイト・ウィンスレット、セス・ローゲン、ジェフ・ダニエルズ
 
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『キャロル』

2016-10-26 | 映画レビュー(き)

 ひそやかなときめき、悦び、痛みが匂い立つ。50年代アメリカ、同性愛はおろか女性の自立さえ認められていなかった時代。デパートの売り子テレーズは人妻キャロルに一目で恋をしてしまう。

パトリシア・ハイスミスが匿名で出版し、永らく作者不詳のまま読み継がれてきたレズビアン小説の金字塔をトッド・ヘインズ監督は「エデンより彼方に」(2001年)同様、ダグラス・サーク風メロドラマの方法論で映画化しているが哀しいかな、わずか15年で世界はより不寛容となり、切迫感を持ったドラマとして成立している。

テレーズに扮したルーニー・マーラが素晴らしい。
佇まいだけで孤独と喪失を体現する彼女には愛を失った人であれば誰もが胸を締め付けられるはずだ。これはメロドラマであるのと同時に自分が何者かもわからないヒロインがアイデンティティを確立するまでの物語でもある。
マーラのフォトジェニックな美しさを彩った衣装、美術、撮影の設計も見事だが、大きな演技が未だもてはやされるハリウッドにおいて雰囲気だけで映画を成立させる個性は現代アメリカ女優のみならず、世界的に見ても稀有だろう。アカデミー賞ではキャンペーン戦略ゆえに助演扱いとなってしまったが、先行したカンヌ映画祭ではケイト・ブランシェットを差し置いて女優賞を獲得した。

もちろんブランシェットは彼女の偉大なキャリアに新たな足跡を残す名演である。
優美なマダムは見初めた少女の前で優美に振る舞いそれは…とにかく“ハンサム”なのだ。しかし、この“ジーナ・ローランズのようにカッコいい女”という演技的記号はヘインズの『アイム・ノット・ゼア』でボブ・ディランを演じて実証したように彼女にとっては朝飯前である。

“キャロルという記号であること”の理由は最後に明かされる。望まぬ結婚をし、自由と愛を捨てた彼女がこの時代を生きるためには優雅で颯爽とした女でなくてはならなかった。自分を偽る事しかできなかった女の哀しみをやはりブランシェットは名演するのである。

 野心的な表現で批評家に高く評価されてきたヘインズだが、本作は2女優の名演によって最も胸打つ作品となった。


『キャロル』15・米
監督 トッド・ヘインズ
出演 ケイト・ブランシェット、ルーニー・マーラ
 
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『オデッセイ』

2016-10-25 | 映画レビュー(お)

 リドリー・スコットがこんなポジティブな映画を撮るなんて!弟トニーの自殺後『悪の法則』『エクソダス』といった厭世感と死の匂いに満ちた作品を撮り続けてきた巨匠だが、アンディ・ウィアーのWEB小説からなる本作には人間の知性と生命力に対する楽天的ともいえる礼賛が感じられる。間もなく80歳になろうという老監督の新たな一面に感動だ。全米ではキャリア史上最高のヒットを記録、アカデミー賞では自身の監督賞ノミネートこそ逃すものの全7部門で候補に挙がった。

 火星探査ミッション中にアクシデントに見舞われ、一人取り残された科学者マット・デイモンが持てる知識と知恵を総動員して決死のサバイバルを試みる。
『インターステラー』のマン博士よろしく悲観的になってもおかしくはないシチェーションだが、科学者にとって“愛する人のために”とかセンチメンタルで非科学的な情緒はムダ無益以外の何物でもない。水素から水を分離し、便を肥料にして火星初のオーガニックじゃがいも畑を作るシーンの楽しさといったら!そして廃棄されたマーズ・パスファインダーのカメラで地球との交信に成功する下りはほとんどサイエンスドキュメンタリーの如く僕らの知的好奇心を刺激するのである。
そんな本作のBGMはまさかの70年代ディスコヒットメドレーだ。火星の夜の寒さをプルトニウムで凌ぐシーンにはなんとドナ・サマーで『ホット・スタッブ』!

地球でもマット・デイモン救出に向けてあらゆる人々が国境を越えて知恵を出し合う。数学的発想とは人生の彩りを増すための手段なのだなと教えられる。人々の想いが地球を巡って1つとなり、遠く火星へ橋渡されるシーンに流れるはデヴィッド・ボウイで『スターマン』。いつになく活気豊かなキャストアンサンブルがまるでこの名曲をコーラスするかのようなエモーションは本作のクライマックスだ。きっとボウイも星の彼方で喜んでるはずさ!


『オデッセイ』15・米
監督 リドリー・スコット
出演 マット・デイモン、ジェシカ・チャステイン、ジェフ・ダニエルズ、キゥエテル・イジョホー、クリステン・ウィグ、ショーン・ビーン、ケイト・マーラ
 
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『MI5:灼熱のコンスパイラシー』

2016-10-24 | 映画レビュー(え)
 ビル・ナイ主演、デヴィッド・ヘア監督・脚本による“ジョニー・ウォリッカーシリーズ”の第2弾。前作『消された機密ファイル』(=原題PAGE EIGHT)の好評を受けて製作された完結編2部作の前半だ。

米軍のテロリスト拷問施設建設に英国首相の主導的関与の証拠を得たMI5諜報員ジョニーは追われる立場となり、米国領タークス&カイコス諸島で潜伏生活を送っていた。悠々自適の隠居生活…ではなく、マネーロンダリングの温床となっているこのタックスヘイブンでジョニーは英国首相への反撃を試みる。
2016年に明るみとなった“パナマ文書事件”を予見したかのようなプロットがいい。英国映画には権力に対して批判的、風刺的描写ができる健全性がある。

プロットは前作以上に複雑だが、オールスターキャストの極上のアンサンブルだけを追っても十二分に楽しめる。無表情で飄々としたビル・ナイの出過ぎず霞まずの個性があってこそ、脇役が存分に機能するのだ。

ビル・ナイとの英米2大怪優対決となったクリストファー・ウォーケンや、久しぶりのウィノナ・ライダーらが実力に見合った役を得ているのが好もしい。ヘレナ・ボナム・カーターが貴婦人役でも地獄の使い役でもなく現代劇で年齢相応の役を好演しているのも嬉しいではないか。

ジョニーの行動原理は英国紳士たるプリンシプルである。
国家の大事を前にしても好きな女性が困っていればそれが大事へと変わり、手を差し伸べずにはいられなくなる。ジョニーは老いて洗練されたジェームズ・ボンドなのだ。
 

「MI5:灼熱のコンスパイラシー」14・英
監督 デヴィッド・ヘア
出演 ビル・ナイ、ウィノナ・ライダー、ヘレナ・ボナム・カーター、クリストファー・ウォーケン、レイフ・ファインズ、ユエン・ブレムナー
 
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