旅限無(りょげむ)

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中国よりインドが大事かも? 其の弐

2005-07-02 00:23:15 | 外交・情勢(アジア)
其の壱のつづき。

■2005年5月21日の朝日新聞に、元インド首相のインデル・クマール・グジュラルさんの投稿記事が掲載されました。国際連合に関する穏当な意見なのですが、地に足の着いた実に説得力のある内容なので、つい何度も読み直してしまいました。日本も、これくらいの見識を持った「元首相」が一人くらい居ても良いのですが……


97年の国連総会で、私はインドの首相としてわが国が安全保障理事会の常任理事国になる容易があると表明し、安全保障改革を呼びかけた。……われわれは国連が創設されたその日から、もっと民主的な機構であるべきだと考えてきた。当初の国連では、世界は三つに分類された。第二次大戦の戦勝国・敗戦国・そして植民地だ。国連の最初の総会でインドを代表したのは宗主国・英国だった。第二次大戦でも、インドは英国政府が参戦を宣言した戦争に参加させられていたのだ。


■大戦中の日本・英国・インドの関係を正確に知っている日本人は非常に少ないのです。東京裁判で堂々と「日本の無罪」を主張したパル判事や、徹底した無抵抗主義で独立運動を支配したガンジーも、欧州文化を学んだ優秀な法律専門家でした。インドの知識人は植民地支配の下で、そして日本人は日英同盟という対等の外交関係の中で英国から多くを学び取った同窓生でもあります。彼らこそ、欧米諸国の「植民地支配」と日本が行なった「植民地支配」の客観的な比較研究が可能な素養を持っていたのでした。英国仕込みの「法の正義」を、東京裁判の現場で欧米諸国代表を前にして主張できる知性を持っていたインドを、戦後の日本は軽視してしまったような気がします。宗教文化だけでインドと繋がろうとするのは、アナクロニズムです。


……インドには十分な発言権が与えられていない一方で、平和維持活動(PKO)が開始されるとなると、アナン事務総長はいつも真っ先にわが国に部隊の派遣を依頼してくる。実際、インドは世界で1,2位を争うPKOの参加実績を持ち、国連に貢献してきた。奇妙な話だ。……もし、安保理が対等で民主的なものだったら、イラク戦争はあのようなかたちでは起きていなかったはずだ。


■日本政府は、こういう台詞を言いたくてイラクに自衛隊を派遣したのかも知れませんなあ。姑息(こそく)なやり方です。一言の意見も述べずに、無条件で「全面的米国支持」を表明した小泉首相は、大きな忘れ物をしたのではないでしょうか?対テロ闘争に参加することで、北朝鮮のテロと断固戦う姿勢を示すでもなく、拉致問題の一挙解決への協力要請や、劣化ウラン弾の使用制限や核兵器削減の約束を取り付けるチャンスだったかも知れなかったのに、自衛隊員は随分安く売られてしまったような気がします。イラクで貧乏くじを押し付けられ、国連安保理でもカスをつかまされたら、ただの笑いものですぞ!


パキスタンは、インドが常任理事国になるとその地位を恣意的に利用してパキスタンに不利な行動をとるのではないかとの不信感を抱いている。そうではないということを十分にパキスタンに説明する必要があるし、今のシン政権は印パ関係改善に力を注いでいる。どうやって常任理事国になるかよりも、常任理事国になった後、どう振る舞うかが重要だ。真に民主的に地域を代表することができなければ、安保理自体が加盟各国から信頼されない。信頼されていない安保理は機能しない。常任理事国は自国の権益のために安保理の会議室に入るのではなく、会議室に入れない加盟国のためにこそ存在する。


■この前段に出て来る印パ問題と、日中問題はまったく違います。日本には中華民国(台湾)という友好的な常任理事国がいてくれたのですが、日本がまったく知らないうちに、対ソ冷戦に利用しようと中国と手を結んだ米国の思惑(おもわく)で、台湾の議席が中華人民共和国に与えられてしまったのです。大戦中に存在していなかった新参国家が、戦勝国と同じ席に座ったのです。この変節に関する納得のできる説明を米国から聞いたことは有りません。台湾利権を捨てて中国利権を独占しようとした田中角栄さんの意志が暴走したような日中友好時代の到来は、余りにも軽率な熱狂の時でしたなあ。あの時、核兵器保有の意味を冷静に判断できれば、核兵器を持たぬ国家には国連での重責は担えないという暗黙の規則が確立されている事実に気が付いたはずでした。「非核三原則」を国連で主張してみせようと威勢の良いことを言っている御気楽な世間知らずが与党内にもいるようですが、一度でも海外の会議でテストしてみたらいかがでしょう?拍手よりも冷笑か爆笑をもらえることでしょうなあ。


安保理は拒否権のある常任理事国、拒否権のない常任理事国、拒否権のない非常任理事国の3グループに別れることになる。……権限に差のある3種類の国が対等な議論ができるとは思わない。拒否権は安保理からなくさなければならないだろう。


■この最後の一言がずばりと核心を突いています。米国に対して何の効力も無い内弁慶の「非核三原則」を振り回して見せて、誰も相手にしてくれない「核廃絶」――これは宗教家や思想家、或いは教育者などが扱う用語です。国民の安全に重大な責任を持つ政治家は絶対に使ってはいけない言葉です。――よりも、「拒否権廃絶」の提案は、民主主義思想の根幹にかかわる提案なので、欧米諸国には厳しい提案となります。

■インドは1970年代に起こったアジアの大変化に即応しました。つまり、中国が長距離核ミサイル技術を手に入れた瞬間に見せた素早い動きのことです。中国はメチャクチャな理由で併合したウイグル地区で核実験を繰り返し、ソ連からの技術を利用して完成した核ミサイルを、同じく飲み込んだばかりのチベットに配備したのです。インドはデカン高原南部のバンガロール(避暑地のバンガローの語源となった場所)に先端技術施設を全部移したのです。そこは国境から放たれる長距離ミサイルの射程を逃れる場所なのです。同じ頃、日本では「良い核兵器」と「悪い核兵器」の議論を真面目に続けていたのでした。そのバンガロールはアジアのシリコン・バレーとなって優良なコンピュータ・プログラマーを輩出して、欧米諸国で大活躍する時代を用意したのです。少なくとも1980年代に入った段階で、パンダに喜んでいるよりもコンピュータに目を向けるべきだっと思いませんかな?

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4 コメント

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国連の存在意義 (カピタン)
2005-07-02 14:16:47
全く同感です! 国連常任理事国に何故中国が位置するのか、これ一つ見ても今の国連に不信感と不公平を感じている人は多いでしょう。今の常任理事国の特権たる拒否権を無くすことが改革の第一歩であり、従来のままの機構ならば、日本はあえて常任理事国入りを目指す必要はないと思います。
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TBありがとうございました! (鮎川龍人)
2005-07-03 09:53:18
もちろん、中国よりインドです。

なぜなら、インドにはBSEの牛はいないからです。

神の使いであるインドの牛さん達は、肉骨粉のような、まずい食べ物は召し上がりません。

フルベジタリアンです。



だからって、食べちゃいけませんけどね。



中国の牛は危ないらしいですよ。
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共感できました (UP)
2007-01-13 13:47:21
ひさしぶりに読んでいて面白い記事です!
多くのところ、元首相の意見に同感です。

インドというと貧困しか思い浮かばない人々に、こういう記事からまずインドの知性的な部分、大国としての威厳を知ってもらいたいですね。

インドに行ってきたという度に、
「まあー大変だねー」
と言われると正直わかってないよなあと思う、この頃。
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UPさんへ (旅限無)
2007-01-13 14:31:41
いらっしゃいませ。御同感いただき、有難うございます。インドにはカースト制度という宿唖(しゅくあ)が有りますから、何から何まで未来がバラ色というわけには行きませんが、「不安定の弧」のほどんどをカヴァーするインド洋の重要性は今世紀最大のテーマになりそうですから、日本も南アジアとのパイプをきっちりと構築して置かねばなりませんね。欧米の我利我利亡者がまたぞろ外国為替や株式バブルの草刈場になどしないで欲しいものですなあ。
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