五劫の切れ端(ごこうのきれはし)

仏教の支流と源流のつまみ食い

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「五劫の摺り切れ」の「五劫」とは何か?

2005-03-29 00:14:11 | 法話みたいなもの
■落語の『寿限無』に登場する余り勉強していない御坊様が喋っている「五劫の摺り切れ」の話は、『大智度論』という難しい上に長大な仏教論書に出て来る例え話を元にしています。「五劫」の「劫」は数の単位なのですが、これが恐ろしく大きな単位なので、文字を知らない人達にイメージで伝えようとした話の一節です。

四十里の石山を、長寿な人が百年に一度ずつ細軟の衣で払拭して、石山が尽きても「劫」は尽きない。

若い父親を喜ばせようと「天女」を出したのは御愛嬌ですが、「三千年」という数値を出すのは困ります。

「四方上下1由旬(ゆじゅん)の鉄城に芥子(けし)を満たし、100年ごとに一つの芥子を取り去って、全部を取り去っても、劫は終わらない」『雑阿含経』

一番古いと言われる『阿含経』系の経典の中にも、こうして出ています。お釈迦様が学んだ学問で、その後に膨大な仏教の経典や論書をまとめ上げたインドの文化は、当時の世界最高の数学を誇っていました。「零の発見」は小学校でも勉強するので省きますが、少しだけ、その片鱗を御紹介しましょう。

■ここに出て来る由旬という長さの単位は、諸説ありますが、10kmぐらいと考えれば良いでしょう。ですから、一辺10㌔の立方体の中に0.5ミリメートルほどの芥子粒をぎっしりと詰め込んで、100年毎に一粒ずつ摘んで捨てるわけです。もう、訳が分からなくなりますでしょう?頑張れる人のために一覧表を載せましょう。


1クシャナ(刹那)=0.013秒
*相撲取りの1弾指(指パッチン)=65クシャナ
1ニメーシャ=0.18秒
18ニメーシャ=1カーシュター
30カーシュター=1カラー
30カラー=1ムフールタ
30ムフールタ=1日
30日=1箇月
2箇月=1季節
6季節=1年=360日


ここから人間世界を飛び出します。

人間の1年=神々1日
人間の43万2000年=神々の1200年=1カリ・ユガ
人間の86万4000年=神々の2400年=1ドゥヴァーパラ・ユガ
人間の129万6000年=神々の3600年=1トレーター・ユガ
人間の172万8000年=神々の4800年=1クリタ・ユガ
人間の432万年=1大ユガ


この「ユガ」というのは、平安時代の日本をパニックに陥れた「末法思想」の源流となりました。
この世界が誕生した「第一ユガ」の時代は、仏法と真実が完全でしたが、1クリタ・ユガが経過すると、「第二ユガ」の時代に入り、仏法と真実の25%が失われてしまい、人間の寿命も300年の期限付きとなります。これが1トレーター・ユガの時間が経過すると、「第三ユガ」の時代に移ります。仏法と真実は50%失われて、人間の寿命は200歳に縮みます。この時代が1ドゥヴァーパラ・ユガの時間が経過すると、「第四ユガ」の時代、つまり、私たちが今生きている時代に入ります。仏法と真実のほとんどは失われて、人間の寿命もぐんと短くなり、何時途切れるか定まらない時代です。これが1カリ・ユガ、43万2000年で終わることになっています。

■なかなか「五劫」に辿り着きませんが、インドの学者達は、こうした計算に命を懸けたのですから、もう少し頑張りましょう。
お話は、宇宙の創造と破壊を司(つかさど)る最高神ブラフマー神の段階に入ります。 


ブラフマー神の1年=人間の311兆400億年
ブラフマー神の1日=人間の86億4000万年
ブラフマー神の昼(半日)=人間の43億2000万年=1000大ユガ


長らくお待たせ致しました。このブラフマー神の半日分の時間、つまり人間の43億2000万年が「一劫(カルパ)」に当たります。
「劫」は20小劫に分かれるそうですが、宇宙は「四劫」の順に生まれて滅び去ります。成劫・住劫・壊劫・空劫という段階を進んで、器世間(無生物)と衆生世間(全ての生物)が続々と発生するのが「成劫(じょうごう)」で、それが安定して繁栄するのが「住劫(じゅうごう)」、徐々に衰えて崩壊消滅して行くのが「壊劫(えごう)」です。全ての存在が目に見えない微粒子状態になって拡散した「空劫(くうごう)」を経過すると、再び「成劫」期に入るのです。
問題となるのは、現在が「住劫」なのか「壊劫」に入っているのか、という判定です。とうの昔に「壊劫」に入っていて、間も無く「空劫」がやって来る!と叫び回るのが「終末思想」ですし、「住劫」期に入ったばかりだから、世の中はますます良くなる。と安請け合いするのがバブル時代に流行した、永遠の経済的繁栄を論証した「ニュー・エコノミー理論」のような思想です。
さて、我々は、どの時期に生きているのでしょう?このブログは、この問題を考えて行くことになるでしょうから、軽々に過度の希望を持ったり、理由も分からぬ絶望や不安に陥らないようにして下さい。この問題を考えることが、仏教を学ぶことなのですから、「丸投げ」気味に手軽な結論に飛びつかないで下さい。

■いよいよ『寿限無』の「五劫」の謎解きです。成劫・住劫・壊劫・空劫で「四劫」、つまり1劫(カルパ)の四倍ですから、172億8000万年。これに、更に1劫加えて「五劫」になりますから、人間の時間で216億年!これが「五劫」という時間の長さです。
 因みに、私たちが生きているこの宇宙が誕生した「ビッグ・バン」現象は、140億年前の出来事だと物理学者が計算しています。インドで計算されて仏教にも導入された「四劫」の時間感覚に似たものを感じさせますが、「特異点」が誕生して大爆発が起こって今も膨張し続けるこの宇宙が、その膨張を停止して収縮して元の一点になってしまうのか、無限に膨張し続けるのか、議論の決着は見えないようです。
ですから、この物理学の問題も、最終的には個人の信仰の問題に収斂して行くのです。落語の『寿限無』には、……長久命の長助君の頭にできたタン瘤(こぶ)が引っ込んだというオチと、誤って井戸に落ちてしまって、助けを呼びに行ったけれど、状況説明をするのに長い名前が禍(わざわい)して、長助君が溺死してしまうという残酷なオチも用意されています。宇宙の生成・消滅に匹敵する長い寿命を意味する名前を持った少年が、呆気なく死んでしまう物語です。宗教とは「死の解釈学」とも言える人間の精神と理性の営みですから、どう考えるかは自由です。しかし、明確な根拠と正しい論理を放擲(ほうてき)したら、理性の敗北となって、哲学者のソクラテスやカントに叱られてしまいます。何よりも、お釈迦様が悲しむでしょう。……

という訳でございまして、「五劫の切れ端」というブログの名前は、「四劫」に一劫加えた長い長い時間の流れの中の、ほんの一切れの糸くずのようなブラフマー神の目から見れば一瞬でしかない寿命の中で、少しでもお釈迦様の教えを理解できれば良いなあ、という畏れ多い願いが込められているのです。
これで、第一回目の御話を終わります。お疲れ様でした。
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■こちらのブログもよろしく
旅限無(りょげむ) 本店。時事・書想・映画・地平線会議・日記
雲来末・風来末(うんらいまつふうらいまつ) テツガク的旅行記


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1 コメント

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大河の一滴 (chorinkai)
2005-03-29 07:35:36
新しいブログの立ち上げ、おめでとうございます。



「21世紀には仏教と宇宙の法則が一致する」と天外伺朗さんは言います。私もそう思います。



そうした状況の中で、『五劫の切れ端』は満を持して登場したブログといえます。どのように展開していくのか目が離せないブログのひとつになりました。

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寿限無(じゅげむ)。 (笑うデジタリアン。)
(今回は“落語成分”入り、です。) ブログ“五劫の切れ端(ごこうのきれはし)”のnammkha0717さんから トラックバックをいただいたので、トラバ返しのつもりで一席。 寿限無(じゅげむ)というのは、一種の言葉あそびでして。 すでにご存知の方もいらっしゃると思います