只の道…淡々と歩く

無いものを在るとする…ゆくゆくは苦悩となる
無いものは無いのです。

思考では12月ですが事実は“今”しかありませんね。

2016-12-09 09:24:40 | 日記

心配事が出てくると、とても安心などしてはいられませんね。

ですが“只なる実践”を継続していますと
心配事など無いということがはっきりしていますので、
不安、安心の起こらない“只の境地”に居ることができます。

同じく悩み事や苦しい事が出てくると、気持ちが落ち込み
苦悩一色となりそこから離れる事が出来ません。

ですが“只なる実践”を継続していますと
苦悩など無いということがはっきりしていますので、
苦しみ悩みの起こらない“只の境地”に居ることができます。

同じく恐れる事が出てくると、心臓が高鳴り落ち着きが
なくなります。

ですが“只なる実践”を継続していますと
恐れなど無いということがはっきりしていますので、
恐れの起こらない“只の境地”に居ることができます。

このように心配、不安、苦悩、恐れ等は、
自分の中で浮かんだり消えたりする「思考癖」で
あるとわかりますので“只の境地”に落ち着くのです。

どうしても落ち着かないというのは、 繰り返し述べますが
空から浮かんだ念に取り付く、飛び付く、握り締めるからです。

想念は取り外さないかぎり、握ったものを完全に緩めないかぎり
自分に成りきっているのです。

ですから“只なる実践”が必要なわけです。
この“只なる実践”は、空から浮かんだ念を取り付かないよう
何もしないで“スルー”だけです。

この浮かんだ念を“スルー”だけで、
除々に念は浮かんで来なくなります。

念が浮かんで来なくなれば今、今、今だけになり
お気楽”な気分で過ごすことが出来るのです。

ですから頑張ってくださいね。



只の道…淡々と歩く

心の研究もされている禅師、井上御老師のホームページから
一節ずつを、私(思考)が観てみましょう。
あくまで私(思考)から観たものです。
このことは信じないで、常に“実践”で明らかにしていってくださいね。


ですから為すべき事はただ一つ。本来の今、本来の自分、
 本来の心に戻るために知性を使わない、思考系を用いない、
 感情もイメージも持ち出さないこと。
 つまり何もかも忘れて、「今」「只」するのです。
 真剣に、一心不乱にすれば徹底するのです。
 何と言っても結果を出すには努力しか無いのです
。』

いかがでしょう。
実践で腑に落とされたでしょうか?
すべてを忘れきって“今・只やる!”のが、
“只なる実践”ですね。

努力なき努力です。
知性を使わない、思考系を用いない、感情も
イメージも持ち出さないこと・・・と言われています。

有難いことですね、ご指導をわかりやすく
単的に示されています。
ですからこれに没頭するだけです。

“空”であり“無”であり“神仏”そのものを
体得し、永遠の“絶対安心”の境地に居られる
ことは何にも変え難いことです。

ぜひとも生きているうちにそこに還りついてください。