長生き日記

長生きを強く目指すのでなく良い加減に楽しむ日記

534 ヤ―チャイカ

2017-11-14 22:09:28 | 日記
『かもめ』鹿取未放第三歌集 2017年9月刊 ながらみ書房

鹿取さんはかりんのベテラン歌人。長いキャリと博識をお持ちだが僕より少し若いというので恐れ多い。校正など結社の用務でときどきご一緒するがいつもいろいろ教えて頂いている。この歌集は息抜きできぬような重厚さで一貫していて、このような抽出紹介では申し訳ない感じ。ちょっと前に検査入院などされて思うとこおありでまとめられたようで、よくぞ詠まれたという重い内容があるが博識でそれを昇華させていて、すごい。検査の結果も良かったようなのでますますご健詠を。

梗塞にことば出にくきちちのみの父と舌柔のわれいかにせむ
弾き振りの映画のをのこ美貌にてわれに敵あるを忘れて坐る
牢獄に萌えいづる王女の髪のごと黄梅日ごと嵩をましゆく
アカデミックガウン返せばうすやみのさくらさみしい素(す)の体なり
鴎外つて海境(うなざか)を越えてゆくことか 俯きてむしろ眼光つよし
みづいろの髪なびかせてミクは舞ふ 恐竜の脳は腰にもありし
ポアンカレの紐、スタヴローギンの紐絡まりてあまつみそらに今宵はをどる
鶏三十羽ケージごと背負ふ人ゆけりはつぽうに赤き鶏冠ゆるる
ジョムソンのたうげの途中に馬二十頭引き連れて馬子ははや乗れと言ふ
クローンの語源は〈小枝〉子がすでに読みて繊い傍線付さる
マンションのエレベーターを幾千回待つのかそのつどたいくつをして
スナメリの解剖中途に駆けつけたる息子ICUにはげしく臭ふ
病院に泊まり込むわが長椅子のまへ深夜の死者は運ばれゆけり
雲上のやうに水中のやうに歩きをる病むをとめらが廊下に長し
〈はじめてのケータイは何色でしたでふか〉ケータイといへど心にさやる
入院の父のベッドに爪切りてやれば「あれだなあ」としきりにうなづく
すずらんに朱(あけ)うばゆりに黒い実が垂れて母の頭の襞ゆるびそむ
己れ以外は全て棄てるといふやうに棄てて老い母鶴になりたり
旧いサスペンスのやうだ 頬かぶりのおうならに見張られ早苗田を縫ふ
午前二時にまし炊くむすめの過食症めし炊くはよき音のするなり
たたなはる蜻蛉(かげろふ)の翅ひやくまいたぐり寄せつつツイッター読む
木更津のどぶねずみと呼ぶ画家の友ゐて貧乏が楽しかつた
よべ死にたる父とふたりの母屋には満月はなやかにおとなひきたり
葬儀社の人つと寄りて四〇〇〇枚の写経は炉では焼けぬとささやく
じんるいのながきながき飢餓の裔(すえ)わが花の下にて食むおべんたう
学会へ行きて戻りてさらに行く子に見えない領巾(ひれ)をただ振つてゐる
眼鏡のうへにHazukiめがねの赤を掛け針穴に絹の糸とほしたり
塩にひらく菊花の蕪のしろたへのにひどしが苦くはじまつてゐる
最終診断聞きて椅子をたつときはあけぼのすぎのやうでありたい

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