トーキング・マイノリティ

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英国とデンマークの報道姿勢の差 その①

2007-03-26 21:19:40 | 世相(外国)
 2月初め、NHK BS1で「目覚める大国インド」という特集を放送していた。経済成長著しいインドの光と影が紹介されていてなかなかよかったが、同じく影を扱いながらもBBCとデンマークのLynx Media TV局の報道はアプローチも姿勢も異なっているのは興味深い。

 近年欧米の大手製薬会社が相次いでインドに進出している。薬を売る目的よりも、よりコストの安い臨床試験を求めてインドに狙いをつけたのだ。インドに飛んだBBCレポーターはその製薬会社関係者、医療現場、被験者となった人々を取材する。
  先進国で新薬を作る際、様々な臨床試験を重ねての製造が義務付けられるが、インドではその規制が極めてゆるい。そのため欧米の製薬会社はインドで臨床試験 データを得て、薬製造、販売という段階となる。人口が多いインドで被験者は不足しない。だが、対象となるのはやはり貧しい低カーストの人々だった。

  インフォームド・コンセント(informed consent 以下IC)はインドで殆ど機能していない。ICとは「正しい情報を得た上での合意」を意味する概念だが、インドの医療関係者は被験者に薬について情報さえ 知らせないことも普通である。特に貧しい患者は医者の出す薬に質問さえはばかれる空気もあり、医者の出す薬をそのまま受け取り服用する。大抵の患者は医者 を全面的に信頼しており、薬について質問などしない。薬も買えない貧しい人は、むしろ薬を与えられるのを喜ぶ。情報も得ない患者は知らないうちに実験台に されていたという訳だ。

 インド国内には被験者を斡旋するビジネスも急成長しており、欧米製薬会社は彼らを通じ新薬を提供、ICなしの臨 床試験となる。薬が効けばいいが、副作用や深刻な後遺症が出た場合は被験者はなすすべもない。BBCは製薬会社2社に取材するが、何故かどちらもアメリカ の製薬会社だった。英国の製薬会社もインドで臨床試験はしているはずだが、社名も出さず取材もなし。さらに新薬を開発したアメリカの医師2人に取材を申し 込むが、1人はワンという名の東洋系女性医師、もう1人はインド系だった。2人ともアジア系なのは、単なる偶然だろうか?

 さらにBBC は英国の医師もインドに呼び、ICなき臨床試験の実態を見てもらうが、その医師もまたインド系だった。インド系英国人医師は自分の出自の国の惨状にショッ クを受けている。地元のインド人医師の中には、欧米の製薬をICも取らず患者に投与することを、ナチスの人体実験に例える者もいる。しかし、内部告発をす る勇敢かつ良心的な医師は職場を追われるので、保身ゆえに沈黙する者がほとんど。
 BBCはインドの医療機関にも取材するが、国内の問題は認めつつも、改善に動く見通しは暗い。

  私が気になったのは、BBCレポーターがインドの被験者をクローズアップする取材方だ。投与された薬が原因か因果関係は立証されないにせよ、身体を壊した 彼らを映すのは当然だ。ただ、BBCは何故欧米の製薬会社をもっと取材しなかったのか。いかに取材には非協力的にせよ、ICの確立されないインドに付け 入った欧米の製薬会社もかなり問題だ。むしろ責められるのはインドの遅れた医療現場より欧米の製薬会社なのに、そちらの追求は曖昧。取材するにせよ英国で はなくアメリカの会社。極めて意図的な印象を受けた。

 どうもBBCは欧米の問題も絡んでいるのに、やたらインドの後進性を強調する特集の観がある。欧米の非は棚上げにして、インドの問題を責める姿勢は極めてアンフェアだ。 件のレポーターも「先進国では考えられない」を連発するが、「先進国では考えられない」実態を知りつつ、グローバル化でコストダウンや儲けを企む大手製薬 会社は悪辣極まる。もしインドの状況が解決されたなら、製薬会社はまた基準の緩い途上国に拠点を移すだけだろう。BBCの報道は先進国に甘く、第三世界に より厳しい二重基準の典型に思えた。

 デンマークのLynx MediaもBBCと同じくインドの問題を取り上げている。こちらはインドを代表する綿産業。先進国の多国籍企業がインドの農民や労働者を苦しめている現状。ただし、BBCとは取材姿勢が微妙に違った。
その②に続く

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