トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

原作に見る大草原の小さな家

2008-06-08 20:24:14 | 読書/欧米史
 1975年~82年にかけNHKで、土曜18:00に放送されたアメリカのTVシリーズ『大草原の小さな家』は、日本でも人気番組であり、毎週楽しみにご覧になられた方も多いと思う。学生時代、このドラマの原作本を2冊ほど読んだことがある。私の見たのは福音館書店から出版された本であり、子供向けに書かれた作品だった。この本の著者こそ、ローラ・インガルス・ワイルダー、TVドラマでのインガルス一家の活発な次女で、彼女の半自叙伝的小説である。

 私がこの原作を見たきっかけは、講義中、ある教授がこの本を紹介したからだった。当時はまだTV放送中、TVは見ていても原作を読んでいる生徒は少なかったと思う。私自身は原作が出版されていることさえ、講義で初めて知った。この教授、アメリカ留学体験のあるカトリックで、プロテスタントを結構貶しており、平和憲法墨守を強調する人物だった。そのくせ、アメリカの海外における軍事作戦の批判をしたことはなかったが。この教授は原作とTVは全然違う、原作は西部開拓時代の状況がよく描かれていて面白いと言ったので、私も関心を持った。

 教授の説のとおり、子供用に書かれた本だったが、とても読ませる物語だった。インガルス一家がフロンティアを目指し移動する日々、西部での暮しは特にアメリカ史に関心のなかった私にも興味深かった。現代の世界一豊かなアメリカと異なり、西部開拓時代のアメリカ白人は相当な苦労があったのが伺える。女の子でも人形などろくに買ってもらえず、長女ゆえ親に買い与えられた人形で遊ぶ姉メアリーの側で、妹ローラはトウモロコシの芯に布を巻きつけたものを人形代わりとする。もちろんローラもちゃんとした人形がほしいのだが、我慢して、トウモロコシ人形に名を付けて遊ぶ。ある年の誕生日、ローラはついに本物の人形を買ってもらい、とても喜ぶ様が生き生きと描かれていた。

 インガルス夫妻が一家の住む丸木小屋を自ら築く場面がある。木を切り出すのは夫だが、夫婦協力し合い材木を積み重ね、小屋をつくり上げていくのだ。草原に大工などいないこともあるにせよ、生活基盤を全て一からつくるのもすごいと感じた。この時、妻キャロラインが丸木で脚を打ってしまう。心配する夫や子供たちに、「私がうっかりしていたんですよ。大丈夫」と言う妻の気遣いが美しい。家族が結束しなければ、新天地での開拓など到底なしえなかっただろう。
 食事風景もまたいい。今の飽食時代と違い食事は質素だが、焼きたてのコーンブレットなど、作り立ての素朴な料理の香りが行間から感じられるほどだ。ローラは焼いた豚の尻尾が好みと書かれていたが、アウトドアでバーベキューを楽しむ現代人より新鮮な食材を摂っていたはず。

 西部開拓はインディアンことネイティブ・アメリカンの悲劇の時代でもある。インガルス一家はインディアン居住区にも全く躊躇わず侵入、開拓しようとする。当然インディアンにも遭遇、彼らが一家に押し入り、物を持っていくこともあった。父チャールズの不在時で、母キャロラインは恐怖に震えながらも子供を守ろうとする。幸いインディアンたちは物を盗るだけで何もしなかったが、それ以前からキャロラインがインディアンを忌み嫌っていることが伺える。娘ローラにその理由を聞かれても、「何故って?とにかく嫌いよ」と答えるだけ。

 ローラはある時、インディアン部族の移動と出会い、インディアンの赤ん坊を初めて目にする。そしてローラは両親にインディアンの赤ん坊がほしい、とねだるのだ。「何故インディアンの赤ん坊なんか、欲しがるの」と驚いた母が訊ねても、「目があんなに真っ黒だし…」と答える娘。さすがに父はインディアンの赤ん坊にも母さんがいる、と諭すが、まるで可愛いペットがほしいとおねだりしているようなものだ。「良いインディアンなんて、死んだインディアンだけだ」と言った父の友人もいる。

 上記のカトリック教授は、この本でのインディアンに関する箇所について、こう語っていた。
インガルス夫妻、2人とも良い人たちなのだが、余所者の土地に来ているという感覚が全然ない。白人が西部を開拓するのが当然と思っている。皆さんはデパートなどのセールに使われる「クリアランス」という言葉を聞いたことがあるでしょう?このクリアランスとは一掃、掃討の意味があり、この時代のアメリカのインディアン対策で使われた言葉なのです。皆さんが今後クリアランスセールに行く時、この可哀想なインディアンのエピソードを憶えているかは疑問ですけど…

 ただ、件のカトリック先生、これはキリスト教徒ゆえ当然の帰結とは決して言わなかった。旧約聖書の「聖絶」の再現であり、北アメリカ大陸がキリスト教徒にとっての新たな「約束の地」となったのである。インガルス家のようなアングロサクソンがプロテスタントだったからではなく、かつてカトリック・スペインもインディオを「聖絶」、つまり民族浄化していることも触れない。やはり同教徒のよしみなのか、カトリックの負の歴史は口にしたくもなかったのか。
 教授の評したように、インガルス夫妻は勤勉、敬虔で家族思い、忍耐心が強く、知人にも親切…良きクリスチャンなのは確か。良きキリスト教徒が異人種、異教徒には鬼畜と化したのは興味深いが、この強烈な信仰心がなければ、開拓者精神も培われなかっただろう。

よろしかったら、クリックお願いします
   にほんブログ村 歴史ブログへ


最新の画像もっと見る

6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
懐かしい… (一知半解男)
2008-06-08 23:49:38
mugiさん、こんばんは。

私は、mugiさんとは逆に先に原作を読んでいました(TVドラマも見かけたことはありますが)。

中学生ぐらいだったものですから、あまりインディアンとの確執とかは気にならず読み過ごしてしまってましたね。

読んでいてわくわくするような物語でした。何気ない開拓の日々の話なのですが、メイプルシロップを雪にかけて飴を作る話とか、鉛の銃弾を作る話とか今でも印象に残っています。

今読み直せば、印象がまた変ってくるのでしょうけど。とりとめの無いコメントになってしまいましたが、懐かしく思い出させていただいたのでコメントいたしました。
原作を読んではいませんが…… (のらくろ)
2008-06-09 01:35:10
たぶん原作には書いてなかったテレビドラマの一話は、わたくしにこの作品名を強烈に印象付けることとなり、今から見ると、アメリカメディア界の一端を垣間見ることのできるものだったので、テレビドラマの方からコメントします。

インガルス一家、特にローラにとってはある種「天敵」ともいえるネリーを長子(長女)とするオルソン一家(オルソンおじさんはローラからみて例外的常識人)。ウォールナットグローブでは食堂兼ヨロズヤを経営。その食堂部門(といってもネリーの母であるオルソン夫人が料理からレジからすべて一人でやっているのだが)を、当時まだ黎明期だった全米的ファミリーレストランのフランチャイズに組み込むことになった。意気揚々と新装開店してみたものの、「本部」からは売り上げの伸び悩みを責められ、常連客からは「メシがまずくなった」とクレームをつけられ、散々な思いをしたオルソン夫人はついにフランチャイズ契約を打ち切り、もとの独立食堂へと経営を切り替える。その後幾日かして、

ウォールナットグローブでは見かけない大柄の男が遠くから歩いてやってきた。白のダブルのスーツ、蝶ネクタイに黒縁メガネ、その男はオルソン夫人ににこやかにこんな話をもちかけた。「こんにちは。私は全米を回って、メインディッシュを一種類-フライドチキンだけに絞り込んだ新しいかたちのレストランを提案しております。オルソンさんもこのプランにのっていただけませんか。」もちろんオルソン夫人は(フランチャイズ契約の怖さを身にしみて体得した直後だったこともあり)丁重にお断りする。その「紳士」はにこやかに次の街へとウォールナットグローブを後にする
―こういう一話です。もうこの「紳士」が誰であるのか、mugiさんはもちろん、こちらの読者の皆さんなら合点がいったことでしょう。

しかし、実際にカーネル・サンダースがケンタッキー・フライドチキンを創業したのは1950年代に入ってからで、ローラ・ワイルダーの晩年も晩年、一世代前のオルソン夫人など存命のはずもない。だから原作にはなかったであろうテレビドラマならではのエピソードなのだが、テレビドラマのすごいところは、私が前段落で書き連ねたカーネル・サンダースのいでたちを一瞬で描き切って視聴者に提示できるということ。日本人の私でさえ、草むらの向こうからゆっくりと歩を進めるカーネル・サンダースに感動したくらいですから、本国アメリカの子供たちにはどれほどの感銘を与えたことか。

それと同時に、こうしたフランチャイズ・ファーストフード店の創業者をここまでデフォルメして次世代を担う子供たちに提示していくアメリカ・メディア界の「リッチマンが偉い」思想には、いささかの違和感も覚えたものです。日本でのここまで時代を遡っての連続テレビドラマといえば、大河ドラマか「水戸黄門」だけですからね。それで大河で当たっているのは信長、秀吉、家康のどれかと決まっている。この三人はもちろん、水戸黄門すなわち徳川光圀でさえも、アメリカはまだイギリスの新大陸植民地時代の人間。こうしてみるとアメリカは我が国に比べて歴史-底の浅い国だなとしみじみ思うのであります。
開拓 (motton)
2008-06-09 20:06:46
子どもの頃、見ていたのですが、エンディングが印象に残っています。

西部開拓時代って北海道開拓と同時期なんですよね。また、原作は1932年で満州開拓と同時期。開拓者精神を持ったたくさんのインガルス一家が北海道や満州にもいたのでしょう。そう思うとちょっと見方が変わってきませんか。

また、米墨戦争・西部開拓・米西戦争・中南米支配・ハワイ併合などを知っている(当時の)日本人にとって、満州に対するアメリカの態度は「お前が言うな」だったんでしょうね。
たぶん、アメリカ国民も満州の何が問題か分かってなかったと思います。上に挙げたアメリカの所業のどれよりも問題がないと思いますし。

まぁ、100年後くらいに「俺等もちょっと悪かったかな」と言えるのもアメリカなので、近隣諸国よりはマシなのですが。(原爆もあと半世紀したら「すまんかった」と言うと思ってます。)
コメント、ありがとうございます (mugi)
2008-06-09 21:41:51
>一知半解男さん、こんばんは。

中学生でこの原作を読まれていたとは、私が想像していた以上の読書家だったのですね。私の中学時代は、もっぱら漫画でした。

あの物語は西部開拓時代の原風景なのでしょうね。Wikiで見たら、あれだけ家族愛に溢れていたインガルス家の血脈が途絶えていたとは意外でした。ローラの2人の娘が作家やジャーナリストになっているのを見れば、元からその血筋があったのでしょう。娘たちもいかにも自立したアメリカ女性らしい人生を送ったようです。


>のらくろさん

オルソン一家の名前も懐かしい。金持ち娘の意地悪ネリーとローラのケンカは見ものでした。ネリーはユダヤの好青年と結婚するというのも面白かった。で、生まれてくる子供の宗派をどうするか、と夫妻の親同士がモメるのも宗教問題を感じさせられました。
しかし、フライドチキンの「紳士」たちの話は見逃したのか、まるで憶えておりません。

この番組は三大ネットワークのひとつNBCの放送でしたので、ケンタッキー・フライドチキンがスポンサーになっても不思議はない。番組内でしっかり宣伝するのに、アメリカのTV業界の凄みを感じさせられました。逆に歴史の底が浅い国だからこそ、伝統に囚われない発想とやり方が出来るのでしょうね。現代は不明ですが、20世紀末まで、ドイツなど終夜営業のコンビニはなかったそうです。日曜日のような安息日には営業するな、とのキリスト教の教えにより店を閉めていることも少なくないとか。

3年前、『スーパーサイズ・ミー』というドキュメント映画を見ましたが、まさにマック商法に唖然とさせられました。
派手にTV・CMを流し、子供の頃から洗脳している。残念ながら、我国もこうなってきています。自宅近くにケンタッキーもマックもあり、時々買っては家族と食べている有様。そのケンタッキーの看板人形、先月の子供の日の頃に、伊達政宗と同じ鎧姿にしていたのも、全く巧い宣伝だと思いました。
http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/e4671852e751da8c3786a3876a394ca9


>mottonさん

北海道開拓もアイヌの悲劇があり、本土から押し寄せた和人たちのため、アイヌが飢えたこともありました。移住した和人たちは本土の食い詰め者が大半であり、後の満州移民団もまた同じです。当然ゴロツキも少なくなく、逆に開拓地を視察に来た本土人には同胞の態度に憤る人もいたとか。これは英国も全く同じで、そもそも本国でいい暮しをしている者が新大陸に渡る筈はありません。
ただ、アイヌへの組織的な虐殺事件は起こしていませんが。

捕鯨問題もそうですが、かつて散々捕鯨しまくって日本にまで来て開国を迫ったのだから、「お前が言うな」的な気持を持つ日本人は少なくないと思います。
テレビ版とは違うのですね (LiX)
2008-06-09 22:31:46
こんばんは。
テレビ版のインガルス家ではネイティブ・アメリカンに対してかなり気を使っていたようですね。もしも、ネイティブ・アメリカンの頭の皮を剥いで殺した人数分、政府からお金を貰っているような描写があったりしたら衝撃の問題作が出来そうです。そういう赤裸々なありきたりの描写が出来る時代は果たして来るのでしょうか。
ソルジャー・ブルー (mugi)
2008-06-10 21:50:10
>こんばんは、LiXさん。

制作されたのが'74年なので、かつての西部劇の悪玉ネイティブ・アメリカンには描けなかったはず。
1864年11月29日、アメリカのコロラド地方で起きたサンドクリークの虐殺をテーマにした映画『ソルジャー・ブルー』もあります。
ただ、惨い死体損壊はさすがに映像には出ませんでしたね。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%81%AE%E8%99%90%E6%AE%BA