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サーサーン朝ペルシアの文化 その③

2008-09-09 21:25:41 | 読書/中東史
その①その②の続き
女性
 ゾロアスター教神官は後のイスラム神学者のように男女隔離を強要しなかったため、この時代の男女は比較的自由に交流できたらしい。特に女性にチャドル着用の習慣がなかったので、当然ながら容姿やスタイルに細心の注意が払われた。サーサーン朝時代のペルシア男から見て魅力的な女とは、まず思考において異性に同情的である必要があった。続いて背丈は中くらい、胸は広く、乳房はマルメロ(カリンの一種)の実の如く、頭と尻と首は優美、腰は細く、足裏にはちゃんと土踏まずがあることが求められる。ゾロアスター教学者・青木健氏は、普通は確認も出来ない“土踏まず”に拘るのは、牧畜時代に家畜の品定めに熱心だった古代アーリア人の感覚の名残と推測されている。

 また、爪は雪のように白く、顔の色艶はザクロの如く、目は杏子のようでなくてはならない。さらに重要なのは男の服装に関し、口うるさく批評しない女が好ましいとされた。ということは、女も男の品定めをしていたと解釈できる。
 美の好みは個人や時代により微妙に異なるが、要するに優しく美しく、痩せ型でも巨乳、男のファッションに注文をつけないことがよいという訳だ。これは現代日本の男性もさして変わらないのではないか。イランでは近代から現代に至るまで総じて痩せ型の女が好まれているとか。チャドル着用のない時代なら、女性に対する批評眼が発達したのだろう。

娯楽
 サーサーン朝時代の代表的娯楽はインド亜大陸から伝来したチャトラング(ペルシア風将棋)や、ネーフ・アルダフシール(ペルシア風すごろく)だった。その遊び方を解説したパフラヴィー語文献も残っている。それによれば、チャトラングはインドのチャトル・アンガ(インド風将棋)を改良して考案されたもので、プレイヤーは2つの陣営に分かれ、シャー(王)、戦車、象、参謀、馬、歩などの駒を駆使、勝敗を競う。これらの将棋はほぼ日本の王将、飛車、角行、桂馬、香車、歩兵に当たるが、一旦取った駒を持ち駒として自陣で活用することは出来ない。このチャトラングが欧州に伝わり、チェスの原型となった。チャトラングで王が詰むことを、パフラヴィー語で「シャー・マルト(王は死んだ)」と言い、これがチェスの「チェックメイト」の語源とされる。

 ネーウ・アルダフシールはインド伝来ではなく、ペルシア発祥の娯楽らしい。プレイヤーは何人でもよく、大地の女神スパンダルマドに見立てた盤上に駒を置き、星辰の運行になぞらえたサイコロの一振りで、各人の駒を進行させる。途中のマス目で各駒は様々な困難に遭遇するが、それをクリアして早くゴールに着いた者が勝ちとなる。日本すごろくと比べるのも一興だが、平安貴族もすごろくを楽しんでいた。

その他
 サーサーン朝は騎兵隊による威力で中東を制した。また大半が砂漠のイラン高原では、騎乗用の動物がない限り、オアシス都市間の移動は困難だった。そのため、ペルシア人社会で騎乗用の動物に関する鑑識眼が尊重されるのは当然で、これも基礎的な教養とされた。パフラヴィー語文献に、騎乗用動物として馬の他にラバ、ラクダ、駅逓馬が望ましいと記されている。ただ、冗談なのか男の本音なのか、どんな駿馬にもまして素晴らしい騎乗の動物とは後宮の美姫と解説されている。馬乗り遊びのスラングも、ペルシアがルーツなのか。

 以上から、この時代のペルシアでは帝国内の階級制度を乱さず、ゾロアスター教神官の宗教法を遵守して聖火を拝んでさえいれば、音楽を奏で、絵画を鑑賞、洗練された肉料理やワインを楽しめた。女性と馬に関する批評は共通の関心事であり、余暇にはペルシア風将棋やすごろくに興じる。
 このようなサーサーン朝文化が熟成した背景は、やはりゾロアスター教があったからだろう。この宗教は生産活動に従事して各人の義務を果たした後で、人生を存分に楽しむことを奨励した。それが教徒の考える「善」なのである。歌舞音楽や絵画、飲酒はご法度、女性にチャドルを強制したイスラムと比べれば、2つの宗教が社会に与えた影響の違いは、非常なものがある。

 青木氏はイスラムとゾロアスター教を比べ、こう述べられているが、私も全く同感だ。
決してゾロアスター教の階級制度に対するイスラムの平等主義の長所を認めない訳ではないのだが、サーサーン王朝文化の優雅さ、洗練された趣味、前向きの人生観、享楽的な嗜好は、イスラムに改宗してあっさりと棄て去るには惜しかったように思う
■参考:『ゾロアスター教』青木健著、講談社選書メチエ408

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2 コメント

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適度な大きさの「マルメロ」が好き(汗) (Mars)
2008-09-12 20:51:22
こんばんは、mugiさん。

現代の私から見ても、サーサーン朝は現在のイ○ラム諸国やキ○スト諸国よりも、住み安そうに思えます。
(イ○ラムやキ○スト信者からすれば、邪と考えるかもしれませんが、そう考える事すら、硬直した思考の表れと、捉えられますが)

そんな、サーサーン朝が亡んだのも、訳があっての事でしょうね。
栄枯盛衰、盛者必衰が人の世の常かもしれませんが、儚いものですね。
(人は、口で自由を欲しても、束縛されたい生き物なのでしょうか??)
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ザクロ好きな私 (mugi)
2008-09-12 22:15:23
>こんばんは、Marsさん。

下層階級なら楽ではないでしょうが、中流以上ならば私もサーサーン朝の方が住み安そうに感じます。
何といっても酒に寛容なゾロアスター教なので、美味いワインが飲めるし、戒律も喧しくない。やれ何をするな…尽くめの禁欲宗教は願い下げです。

イ○ラムやキ○スト信者は、ゾロアスター教を含め多神教は階級制度があると非難します。しかし、一神教も教義と違って平等社会に程遠い。まして異教徒には非寛容。カースト制のあるヒンドゥーも問題はあるにせよ、寛容さは一神教と段違いです。
現代も一神教が世界を支配しているので、まだ古代の方が寛容だったのかも。
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