トーキング・マイノリティ

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音楽は宇宙からやって来る その③

2017-04-25 21:40:23 | 読書/ノンフィクション

その①その②の続き
 インド伝統音楽の根幹をなすラーガを、山田和氏はこう解説している。ラーガの基礎をなすラサと呼ばれる感情理論では、それをヴァーサナー、つまり潜在記憶または潜在印象と呼ぶのだが、この概念はユング心理学集合的無意識と同じ地平に立っている。自我を越えた潜在的な「我々」が、あなたと私を繋いでいる。あなただけではない、地上の一切の生をだ。それも時空を超え、あまねく。
 芸術はこの潜在意識に触れる営みであると、ラーガの美学は確信しているようだ。それはつまり、死を忌避することが出来ないことを知悉している生命が求める「生命の連続性」への共振であり、「生命の無限の過去」に対する絶対的肯定なのだ。

 この言葉にならぬ本質、「気」とも相通じる「普遍的感情」、それがラーガ理論の基本にある。音楽だけでなく、演劇にも文学にもラーガが求められたのは、このような根拠からなのだ。中国ではかつて夢を6つに分け、その夢が支配する感情を「安らぎ」「驚き」「想い」「嫌悪」「喜び」「恐れ」の「六夢(りくむ)」と定めたが、ラーガはこれに「官能」と「憤怒」「崇高」の3つを加え、9つの感情を定義している。
 但し、音楽におけるラーガは決して「旋律」ではない。ラーガはそれぞれに個性的な旋律を含んでいるが、それはあくまで表象でしかない。音楽家が旋律の中にラーガを見出そうとするなら、そこには求めるものが何もないだけではなく、自らを失うことになるだろう。旋律が生み出す「感情」への働きかけという能動的なベクトルこそ、ラーガの本質だというのだ。

 山田氏はB.C.デーヴァの『インド音楽序説』を引用、この中でデーヴァは、「インド思想は、精神と物質とが同じエネルギーの異なった相(すがた)であり、存在の力の別の在り方であることを深く確信していた。美は芸術作品の主題から生まれるのではなく主題の表現を通じてそこから必然的に感じられてくるものによって生まれる」と述べていたという。
 デーヴァは雨季に演奏される曲「ラーガ・メーグ・マルハール(雨雲の歌)」を例に挙げ、この曲が表現するものは屋根を打つ雨音ではなく、酷暑の後にやって来る長雨の物憂げな感情なのだ、とも述べている。この国では芸術はそのように定義され、音楽家は数百年に亘って連綿と自己と宇宙との一体化を目指してきたのだ。

 そしてラーガが生まれてくる社会的・宗教的背景を、山田氏はこう述べる。
「神々を称え、自らの裡に神を呼び込もうとする試みは、この国では数千年も前から行われていた。それは、自我を越えた自らの内奥に光を当てようという努力に他ならない。というのは、神、つまり全ての普遍的事実、或いは真理は、我々自身の内側にしか存在しないからだ。真理は自らの裡にある。私は私でありながら、「生命史の一切の記憶」を私の深層に秘めている…」

 山田氏の解説から、「梵我一如」の思想を思い出す。キリスト教圏で教会音楽が切り離せないように、インド文化圏でも音楽と宗教は密接に結び付いている。面白いことにインドの伝統音楽においては、楽譜というものが存在しなかったという。採譜が不可能という意味からではない。それ以前に採譜は無意味であるだけでなく、本質に背反する行為だからだ。全く同じ曲は2つとして存在することが出来ない。
 だが、同じ「感情」は同じラーガである限り、無数に存在することが出来る。そういう音楽だからだ。ラーガが旋律ではないという意味もそこにある。「感情」という絶対的主題と、それを引き出すための学理的な音素と音列、それに演奏の自由さを併せ持つ音楽に楽譜は不要だ。

 何年か前、元駐日インド大使夫人へのインタビューが新聞に載ったことがある。夫人は日本滞在時に日本画を描いたことがあるそうで、自然の素材から作られる顔料を使って絵を描くと、「宇宙からのパワーを感じる」と答えていた。
 これを見た際、オーバーすぎると感じたが、高等教育を受けたインド人でもこのような考え方をするのは興味深い。一般日本人が宇宙からのパワー云々と言えば、下手すると狂人視されかねないが。

 それにしても、インド音楽の奥深さには驚く。日本のクラシックファンは西洋音楽を絶対視、東洋の音楽をやたら蔑む者が少なくないが、実は西洋音楽もキリスト教と同じくルーツは中東。インドを代表する弦楽器シタールの語源も、ペルシア語のセタール(三弦)とされているため、これもルーツは中東だったのか?
 ジミー・ペイジジョージ・ハリスン等のように、60年代半ばから英国のロックミュージャンの中にはシタールを使う者が出てくる。その結果、ラーガ・ロックという音楽が生み出されることになった。

◆関連記事:「自由な人間

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